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ヴァン・ダイク・パークス "ディスカヴァー・アメリカ"を勉強する〜Jack Palance (1)

俺が求めてるのは若さなんだ
経験じゃなくて

週末ぶっとおしで
どんちゃん騒ぎしようぜ、と
マブダチがやってきた
俺たちはナイトクラブで
酒をかっ喰らってた
で、振り返ってみたら
いったい誰がいたと思う?
俺の家族のひとりだったんだよ

「なんてこった!」俺は叫んだ
「ママ・ジェイコブ、いったい全体、何しにこんなとこにいるんだ?」

ちょうどその瞬間
ロックンロールが流れ始める
彼女はアメリカ男を捕まえて踊りだしたんだ

あんたに言っておくが
おばさんったら
60歳を軽く越してるよ
俺のバアちゃんと言ってもいい年齢なんだ

それでも彼女は堂々とした
ジャック・パランスみたいな顔つきで
夜の街を闊歩する
邪魔すんじゃない!
さっさとどっか行け!
若い女にチャンスをやれよ!

わかってんだろ?
俺が求めてるのは若さなんだ
経験じゃなくて

Mighty Sparrow "Jack Palance"(水本訳)

平成元年、宇田川町にて

 平成元年(1989年)の日本は奇妙な熱病に浮かされていた。株価や地価は天井知らずに上昇し、誰もが現実感を失っていた。狂騒の只中で栄華は永遠に続くのだとみなが錯覚していた。いわゆるバブル景気の絶頂。街全体から醸し出されていた得体のしれない浮遊感や万能感───ほんとうに不思議な時代だった。

 人々は「大きな物語」*1 など、もはや信じていなかった。世界を二分していたイデオロギーの対立はすっかり色褪せ、あれほど激しかった政治の時代の残響も、遠い過去のノイズとなり果てていた。かつての闘士たちはヘルメットを脱ぎ、DCブランドの洋服に身を包み、物わかりよく、朗らかだった。そのかわりに巷にあふれていたのは、フランス現代思想の断片をポップに読み替えた「ポストモダン」という言葉の戯れだ。あらゆる価値は相対化され、歴史や文脈から切り離された記号となって、「おいしい生活」を彩る商品と化し、軽やかに消費されていた。それは知的な遊戯であると同時に、拠りどころを失った虚無感がたどり着いた、ひとつの諦念でもあったのかもしれない。

*1───フランスの哲学者ジャン=フランソワ・リオタールが、著書『ポスト・モダンの条件』(1979年)で提唱した概念。キリスト教の「救済」や近代の「進歩」のように、社会全体を統合し人々に生きる意味を与える包括的な理念を指す。1980年代は、こうした物語が力を失い、イデオロギーの代わりに個人の価値観といった無数の「小さな物語」が併存し始めた時代だった。あらゆる価値の相対化は、その象徴と言える。

 ぼくが美大進学のために愛媛から上京し、八王子で一人暮らしを始めたのは、ちょうどその頃だった。地方都市の画一的な風景から解き放たれたぼくにとって、東京は魅惑的な迷宮だった。どんなビルや路地に分け入っても、そこには刺激しか見つからなかった。なかでもぼくを惹きつけたのは、百花繚乱の様相を呈していたミニシアター系の映画館である。それまで映画といえば、ハリウッドのブロックバスターか予定調和の邦画ばかりだったぼくにとって、都心に点在するこうした小さな映画館は、新しい世界への扉だった。とりわけ渋谷には、個性豊かなふたつの映画館があった。ステンレス製の外観が個性的なスペイン坂のシネマライズ、先鋭的でセンセーショナルな映画を果敢に上映し続けた桜丘のユーロスペース───それらの劇場では、ハリウッドが量産するポップコーン・ムーヴィーとは一線を画す作品が、静かな熱気のなかで上映されていた。

 ジム・ジャームッシュは、スロウボールで強打者を打ち取る技巧派投手のように、飄々としていて格好良かった。ヴィム・ヴェンダースはアリフレックスを携えて、アメリカの荒野を彷徨いながら、登場人物たちの癒やされぬ魂のありかを映し出した。レオス・カラックスとはパリの街を手を取り合って疾走し、激しい恋の痛みを分け合った。アッバス・キアロスタミとは、彼の車に同乗して、イランの丘を越えた。ジグザグ道の先に答えはなく、窓の外に広がる長閑な風景と乾いたエンジン音だけが、ぼくのささやかな人生を肯定してくれた。

 彼らの映画には、「アメリカこそが世界の中心である」という自明の理を疑い、周縁から、辺境から、あるいは内部にできた亀裂から世界を捉え直そうとする、批評的な眼差しが通底していた。それはバブル期の終わりに、「大きな物語」の終焉を肌で感じながら、都市生活者として、東京で暮らしはじめたばかりのぼくにとっても、きわめてリアルな感覚だった。


 そんな時代に出会った映画のひとつが、ぼくの中で特別な位置を占めることになる。パーシー・アドロン監督による映画『バグダッド・カフェ』*2だ。オンライン予約など存在しない時代、シネマライズ前からスペイン坂に伸びた長蛇の列に並んだ思い出は今でも鮮明だ。待ち時間にガールフレンドと些細なことで大喧嘩をしたからでもあるが───それ以上に、映画そのものが放つ不思議な魔力に、心を鷲掴みにされたからだ。

 さびれたカフェ兼モーテルに、ドイツからの旅行者であるヤスミンが迷い込む。彼女の出現をきっかけに、文化も職業も言葉も肌の色も違う人々が次々に衝突し、互いの中にある「傷」を認め合い、ささやかな共同体(カフェの女主人とヤスミンのシスターフッドがその中心にある)が構築されていく。その過程は、ジェヴェッタ・スティールの歌う「Calling You」の物悲しくも美しいメロディに乗って、観客の心を深く揺さぶった。

*2───1987年製作の西ドイツ映画。監督はドキュメンタリー畑出身のパーシー・アドロン。原題は「Out of Rosenheim」。ジェヴェッタ・スティールが歌った主題曲「Calling You」はアカデミー歌曲賞にノミネートされたが、日本ではなぜかジュヴェッタのオリジナルより、1992年に発売されたホリー・コールのカヴァーヴァージョンの方が有名。

 この映画のテーマはアメリカ文化の神話的発信源である「ルート66」を舞台に選んでいることからも明らかだ。しかし、スタインベックやケルアックが描いた魂の自由や新時代の象徴としての "ルート66" *3ではない。新たな高速道路の完成によって、地図から消えかけようとしている、忘れ去られた風景。そこにあるのは、アメリカン・ドリームの残骸であり、時代から取り残された人々の抱く倦怠や孤独の投影だった。

*3───イリノイ州シカゴとカリフォルニア州サンタモニカを横一文字に結ぶ旧国道。1926年指定、1985年廃線。ルート66の愛称で知られ、アメリカ西部の発展を促した重要なルート。同名のドラマやナット・キング・コールの歌をはじめ、スタインベック『怒りの葡萄』、ケルアック『路上』、映画『イージーライダー』、『パリ、テキサス』、『テルマ&ルイーズ』など関連作品は枚挙に暇がない。2021年にはルート66とアメリカのポップミュージックとの関係を紐解く『ルート66を聴く アメリカン・ロードソングは何を歌っているのか』(朝日順子・著/青土社)も出版された。


Rudy Cox as Jack Palance from "Bagdad Café"

 モーテルの敷地に留め置かれたトレーラーハウスで、ひときわ異彩を放つ男が暮らしていた。ジャック・パランスが演じる、ルディ・コックスという老人だ。彼はかつてハリウッドで美術スタッフとして働いていたと語り、いつも派手なウェスタンシャツで身を固めている。その姿は、西部劇の黄金時代───ハリウッドがいちばん輝いていた時代の記憶そのものだ。しかし、映画が手描きの背景からコンピューターに表現を刷新していくなかで、彼の画才も過去の遺物となった。ルディは害のない亡霊のように、砂漠の果てのトレーラーハウスで油絵を描きながら、孤独に余生を送っていた。
 監督パーシー・アドロンがこの役にジャック・パランスを起用した慧眼には、ただ感服するしかなかった。人間として、また役者として、パランスが背負ってきた複雑な人生(それについては後に詳述する)がもたらす実在感は、映画の中で描かれたルディというキャラクターのフレームを、はるかに凌駕していた。

 映画が終わって、シネマライズを出ると、入場前の喧嘩のことなど忘れて、彼女と仲直りしていた。『バグダッド・カフェ』は、ぼくたちの関係にまで作用したのだ。しかし、この映画との出会いが、ジャック・パランスをめぐる、何十年にもわたる果てしない〈勉強〉の始まりになるとは、そのときのぼくは知る由もなかった。


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