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【下書き再生工場】溶けない雪だるまと、夏の憂鬱

「5900円、かあ……」

先月の電気料金徴収票を見ながら、俺はため息をついた。

一人暮らしの夏場の平均電気料金は約6700円だという。それに較べればかなり安い。本来なら喜ぶべきことだ。
だが今の俺にあるのはただ、北極海の氷山クラスの後悔ばかりだった。

「っくしょー、あんな約束しなきゃ……」

俺は自分の浅はかさを呪って、ぺらぺらの徴収票をぐしゃりと握りつぶした。

***

事の起こりは昨年の夏まで遡る。

「18900円!?」

ポストに入っていた電気料金徴収票を見るや、俺は文字どおりのけぞった。

いやいや、待て待て。去年の夏はこんなに高くなかった。そりゃ10000円はちょっとばかり超えてたかもしれないが、ここまでじゃなかったはずだ。絶対に。

年々上がる気温、増えるテレワーク……一生懸命理由を探す俺を、もう一人の俺が冷ややかに眺める。
そう、もっと歴然たる理由があるのだ。

――美羽と別れたからだ。

三年付き合っていた彼女と破局したのは、去年のクリスマスの直前だった。

「ごめん、他に好きな人できた」

それまで半同棲のような形で美羽の家に転がり込んでいたから、結果的に自宅での光熱費が節約されていたわけだ。
もっとも、その状況でもろくに食費や生活費を渡していなかったからこそ、フラれたとも言えるわけだが。

そうして俺は、一人寂しい冬を送ることになった。
そして春になり、夏を迎えて電気料金爆上がり、と来たわけだ。

その衝撃の電気料金を払った夏が終わり、また今年も一人きりの冬がやってきた。
一人きりのクリスマス。一人きりの正月。一人きりの誕生日。
そんな時、俺は奴に逢ったのだ。

「あなた、ずいぶん寂しそうな顔してますねえ。よければ私が話し相手になってあげましょうか?」

そう話しかけてきたのは、ある家の前に立っていた雪だるまだった。
折しもその日は2月14日。街中が厭味ったらしいハートのオブジェに溢れ返っていた日だ。

最初は、俺が狂ったのかと思った。
だが雪だるまはその適当に埋め込まれた石っころの目で、じっと俺を見つめてくる。

「な、なんで雪だるまがしゃべんだよ……」

「おやおや、これは失礼。驚かせましたかね――実は私も、ちょっと切羽詰まってまして。何とかしてお力を借りたいと」

「ふん、そんなことだと思った。要するにギブアンドテイクってやつか」

「ふふ、察しのいい方だ。その方が話も早くて助かります。あんまり時間がないんでね」

雪だるまは、こほんと咳ばらいをした。

「見てのとおり、私はこの家の住人――つまりここの子供たちによって作られました。ですが数日経つと、きっとこの身も溶けてしまうでしょう」

「まあ、それはそうだよね。気の毒だとは思うけどさ」

「いや、溶けるのはしょうがない、しょせんは雪だるまですから。でも私が嫌なのはね、ぐずぐずと見苦しく溶け崩れていくことなんですよ。今はこんなに美しいというのに! いっそのこと、ひと思いにすぱっと消えればまだいいんですけど」

「うーん、気持ちは判らなくないけど……でもしょうがなくない? 壊されるのも嫌だろうし」

雪だるまは大袈裟に身を震わせた。雪がぱらぱらとあたりに舞い落ちる。

「壊す! そうです、あなた。ここんちの子供たちときたら乱暴で、作るだけ作ると翌日にはぶっ壊そうとするんです。それも迷惑極まりない――そこで相談なんですが」

嫌な予感がする。

「その顔、どうやらお見通しのようですね。本当に察しのいい方だ。そうです、私をある場所へ匿っていただきたいのです」

「ある場所?」

「ええ。この町の外れにある氷室神社をご存じですか?」

「ああ、それなら知ってる。確か境内の奧に氷穴があるんだよな?」

「そのとおりです。そこへ私を運んでいただきたい。むろん、相応のお礼はします。決して悪くない話だと思うんですが――ちょっとお耳を拝借」

そうして雪だるまは俺の耳元でひそひそと囁いた。

***

その年の7月。

「こんばんは、お久しぶりですね」

じわりと暑くなり始めたある日の夜、俺の部屋を訪ねてきたのはあの雪だるまだった。

「おや、お忘れですか? まだ寒いさなかの2月14日に、氷室神社の氷穴へ……」

「いや、覚えてるよ、もちろん。ただ……」

「ほんとに来るとは思わなかった、ですか?」

図星を指された俺は、思わず口ごもった。

「だから言いましたでしょう? あの神社の氷穴には特別な力がある。あそこでひと冬を過ごせた雪だるまは、溶けない力を手に入れられるんです。それは雪だるまにとっての至高の夢だ、とご説明したはずですが」

「うん、覚えてるよ。その代わりに……」

「そうです。受けた恩は返さねばなりません。晴れて溶けない雪だるまとなれたお礼に、あなたの部屋を涼しくしてあげましょう。私がいれば冷房なんぞいりません。外がどれほど暑かろうと、いつでもお部屋を快適な温度に保って差し上げますよ」

確かにあの日もそう説明された。
なるほど、溶けない雪だるまなら確かに涼しそうだ――。
昨年のバカ高い電気料金を想い出した俺は、その雪だるまの提案に乗ったのだった。

そうして夏を迎えた今、約束どおりに俺の部屋へ雪だるまがやってきたわけだ。
さすがに神がかった力だけのことはあって、とにかく涼しい。冷房の強制的な冷風と違って、じんわりとした心地いい涼しさだ。ちょうど床暖房の逆と言えばいいだろうか。

「いやあ、快適だなあ。おかげで電気代もかからないし、最高だよ」

「お気に召していただけて嬉しいです。何しろあなたのおかげで私は危うく消えるか壊されるか、という危機を脱して、こうして永遠の美と生命を手にできたのですから。これぐらいはお安い御用ですよ」

何しろ相手は雪だるまだから、食費がいるわけでも散歩や排泄なんかの世話をする必要もない。ただいるだけで快適な住環境が約束されるのだ。

「さて、そろそろお休みになりますか? じゃあ寝室へ……」

「え? あ、うん……」

雪だるまは、ひたひたと俺の後をついてくる。

「あの、さ。寝る時はいいよ。部屋に誰かいると思うと落ち着かないし」

「何をおっしゃるんです、そんなもったいないこと! 大丈夫です、私のことなら気になさらず。大人しくじっとしておりますから。ささ、早くお休みください。明日も早いんですから」

***

そうして雪だるまは、家の中の俺が行くところすべてについて回るようになった。

「ふう、やっぱり汗を流すとさっぱりするな。さあ、風呂上がったらビール……うわあっっっ!」

浴室の扉を開けるや、すぐ目の前に雪だるまが立っていた。

「お、おい! こんなとこにまで入ってくんな! まだ何も着てないんだぞ!」

「おや、お風呂上がりは暑いでしょう? 脱衣所を涼しくしておかないと。そんな、女の子ように恥ずかしがらなくとも」

ふふふ、と雪だるまが含み笑いを洩らす。

俺は慌てて服を着ると、雪だるまを押しのけるようにしてリビングへ向かった。雪だるまは何食わぬ顔で、しずしずと後をついてくる。
確かに雪だるまがいると涼しい。そう、雪だるまのいるところだけが・・・・・・・・・・・・・
おかげで奴は家中至るところ、俺の行くあとをついてくるのだ。
寝室や脱衣所はおろか、ついには溶けないのをいいことに浴室まで……。


「だからトイレまでついてくんなーーーーっっっ!!」

「おや、こんな狭い空間、むっとしますでしょう? こういう時こそ私がいれば……」

俺は無理やり後ろから入り込んできた雪だるまに思いっきり蹴りを喰らわせた。奴がよろけた隙に急いでドアを閉めて鍵をかける。

「……ったく、夏中この調子かよ。俺のプライバシーはどこに行ったんだ。あいつ、いつまでいるんだよ……」

思わず呟くと、ドア越しに勝ち誇った声が聞こえてきた。

「無駄ですよ。私、永遠に溶けませんから。今年の夏が終わっても、また来年来ます。その次も、そのまた次の年もね。何と言っても、御恩は返さなきゃいけませんから。いやあ、お役に立てて何よりです」

ああ、これもみんなあのバカ高い電気料金のせいだ……!

俺はポケットの中に入れっぱなしだった徴収票をびりびりと破り捨てると、思い切り「大」のレバーを押し流した。

(了)


はそやmさんの記事を見て、ついふらふらと参加してしまいました。
どうぞよろしくお願いいたします!!

*この記事は、以下の企画に参加しております。


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