黒豆と蒲鉾【#紅白記事合戦】
「なんか面白そうな企画やってる……」
年末の人恋しさに、ふらふらと賑やかな灯りに寄ってきた秋しばです。
椎名ピザさん、納豆ご飯さん、コッシーさん、こーたさん、くまさん、ピリカさん。
どうぞよろしくお願いいたします!
年の瀬と言えば、やれ大掃除だの年賀状書きだのといろいろあるが、私にとっては、何と言ってもまず「おせち作り」である。
実家はずっと手製だった。その習慣か呪いかは知らぬが、結婚してより実に約四半世紀もの間、大晦日の午前はおせちを作り続けている。
ウチ(婚家)は、早くに義母が逝ってしまった。正確に言うと、義母と一緒に迎えた正月は一度きりだ。まだ五十歳の若さだった。
以来、婚家のおせちは毎年私が作り続けてきた。
食べる家族は私の夫・その弟(七歳下)、そして義父である。
私のおせち作りは、
1.家族の好きなものを入れる
2.手間がかかる(と私が判断したもの)は入れない
3.自分の嫌いなものは入れない
という三カ条を旨としている。
夫はとにかく黒豆が好きだ。
最初の頃は「丹波産」であれば喜んでいたが、そのうち「小田垣商店の黒豆サイコー」とかのたまうようになりやがった なってきた。
なかなかのお値段ではあるが、一年に一回のことだ。買うてつかわす。
ただしこの小田垣の黒豆、どの店でも必ず置いてあるとは限らない。かくして私は、年末になると小田垣の豆袋を求めて、スーパーや百貨店を彷徨う黒豆ノマドと化すのだ。
続いて、弟(義弟)である。
普段は遠方に住んでいて、年に一度正月に帰省する彼は、どうやら味の好みが私と似ているらしい。好き嫌いなく何でも食べるが、どちらかと言えば魚よりは肉、渋い味よりはっきりした味つけを好む。
そんな弟の好きなのが、伊達巻だ。なかなか手間はかかるのだが、自分自身と「だてまき~、いただき~」とほにゃらら喜ぶ弟のために作っていた。
そして父(義父)、である。
……。
………………。
この父が、ひじょーーーーーーーーに問題なのである。
まず、味のストライクゾーンが猫の額より狭い。
たとえ大谷翔平と言えども、この隙間に白球をねじ込むのは不可能であろう。よしんば初球は見事にどストレートをかましても、二球めは絶対に絶対に無理だということを、私は痛いほど知っている。
何しろ、父の好みはしょっちゅう真逆に変わるのだ。
その父がおせちで好きな素材。
数の子・牛肉。
以上。
父の好きな味つけ。
甘辛。
以上。
「なんだ、コレ。伊達巻? 俺、甘いの好かんのだ」
「なんだ、コレ。なます? 俺、酸っぱいのは好かんのだ」
「なんだ、コレ。鶏肉? こっちは豚肉か……そうか(箸が止まる)」
「なんだ、コレ。魚か? なんかうっすい味だなあ(ブリの幽庵焼き)」
あんまり毎年伊達巻を「甘い、甘い」と言うので、ある年、弟には悪いがだし巻き卵に変えてみた。さあ、これでどうだ!
「なんだ、コレ。あ、甘くないやつか。だし巻き卵? 俺、だし巻き卵は◯◯寿司(某チェーン店)の奴が好きなんだ。あそこの美味いよなぁ」
草葉の陰で、母がギリギリと唇を噛んでいるのが判る。
長年、父の傍若無人な言動を心の底から嫌悪していた母は、自分が病床にあっても、常に父の言葉から私を守るための諫言を厭わなかった。
「そういうこと言わないの! 作ってくれた人の味つけに文句言わない!」
「なんだぁ? 文句じゃないぞ。俺は思ったこと言ってるだけだろう」
「だからそれが失礼って言ってるの!!!!」
かーちゃん、ありがとね。いいよいいよ、もうだいぶ慣れたからさ。
それでも十年ぐらい前までは、それなりに私も努力した。
なかなか父の好みが判らず(さすがの父も、最初からあからさまに文句言ってたわけじゃなかったので)、毎年いろんなメニューをとっかえひっかえしたものだ。
だがその狙いは、だいたい外れた。
これまで気に入って食べてくれたのは、大好きな数の子と、甘辛くかりっと仕上がった時のたつくり、牛肉をたっぷり入れた肉じゃが(煮しめはまったく受け付けない)ぐらいだ。
だが、その父とのおせちバトルも、ある年唐突に終わりを迎えた。
コロナである。
その数年前からすでにがんを患っていた父は、コロナ禍の折、人と会うことを極度に恐れた。遠方に住んでいる弟も帰ってこられない。
さらに翌年の年末は諸事情により入院(深刻な理由ではない)。父はそのまま病院で正月を迎えた。
その後、婚家での正月の食事会はなくなった。感染を恐れた父が「来るな」と言ったからだ。そして何度かの入退院を繰り返し、すったもんだの末に介護施設へ入所した父が、その後、誰かの家庭料理を食べることはなかった。環境や病状のせいではない。その頃の父はカップラーメン偏愛主義に染まっていたからである。
そして二年が経ち、父も逝った。
最後まで俺様な父で、カップラーメン寄こせ、ガリガリ君を食わせろと日々怒鳴っていたようだ。残念ながら「もういっぺん、しばちゃんのおせちが食いたいなあ」などという殊勝な言葉は聞けなかった。当然か。
父が入院した頃から、弟も新年に帰省することはなくなった。(今は父の命日に合わせて帰ってくる)
今年も私は、夫と二人分のおせちを作る。
最盛期は十を越える品数を作ったのも、今は昔。ここ三年ほどは、せいぜい五品ほどだ。
夫がどうしても欲しいのは、黒豆。
私がどうしても欲しいのは、蒲鉾。
そこに野菜不足を補うための紅白なますとたたきごぼう。
そして、私の永遠の課題であるだし巻き卵。
(実は卵焼きが壊滅的に下手なのである)
年の瀬の人混み。相も変わらず黒豆ノマドになりながら、ふと思う。
――もう伊達巻に戻してもいいかもな……おとーちゃんもいないしな……。
そんな時に限って、なぜか思い出すのだ。
「おう、しばちゃん。このたつくり、カリカリしてて美味いなぁ。甘辛だけど、ちょっとピリッとしててな。ショウガか? うん、いい味だ」
ごめんね、とーちゃん。
もう今は、そのたつくりも作るのやめちゃったんだ。カリカリになるまで炒るのが大変でさ。喜んでくれるとーちゃんもいないし。
――いつか、一人になったら。
私はおせちを作るのだろうか。
誰も食べてくれない黒豆を、伊達巻を作るのだろうか。
それとも蒲鉾だけ、ひっそり切っては食べているのだろうか。
先のことは判らないけれど、できれば黒豆を煮ることのできる年が少しでも長く続けばいい、と切に願う。
それが今の私にとっての「佳き一年」なのだから。
長い文を読んでくださって本当にありがとうございます。
そんな優しいあなたに、どうか数多の幸せがやってきますように。
どうぞ佳いお年をお迎えくださいませ。
それでは、最後に〆のひとことを。
紅組、ふぁいとーーー!!!!
*この記事は、以下の企画に参加しております。
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