#創作大賞感想 『マァァァァァム!』 はそやmさん
この記事は当該作品のネタバレ・引用等がありますので、先に『マァァァァァム!』本編をお読みいただくことをお勧めいたします。
はそやmさん と言えば、何と言っても『骨皮筋衛門シリーズ』を引っ提げて帳面町を闊歩する、この界隈では有名な脱力系の書き手さんであります。そのはそやmさんが、今年の創作大賞にむけて note から出撃した作品がこちらです!
タイトルと言い、サムネの絵柄と言い。
コメディなんだろうな、と思いました。そのわりに左上に浮かぶチョウチンアンコウと思しき魚は、何とも粗暴な顔つきなのが気にかかりましたが。
その理由はすぐに判りました。「オチャカナ」だからなんですね。
え? それじゃ何も判らない?
はい、急いで『マァァァァァム!』を読みに行ってきてください(笑)
物語は「無意味な戦争が終わった後」から始まります。
世界は激変し、戦争の影響で植物は意思を持ち、人に刈られることを拒否して凶暴化。また水の中に住む魚も空を飛ぶ存在となり、やはり凶暴化。時に人をも襲う危険な存在が「オヤチャイ」「オチャカナ」なわけです。
戦争中、戦火に逃げ惑う人々は川へと飛び込んだ。しかし、戦火により川は煮えたぎり、入水した人々は次々と命を失う。魚もプカリ、プカリと浮いていた。魚の白い腹は人々の無念の表情と共にまがまがしい景色として人々の記憶にいまだ残っている。
そのうち、水が人々や魚の怨念で汚染されたという噂が立った。戦争が終わって間もなく、怨念で汚染され水に住めなくなった魚が、逃げ出しているという目撃情報が多発したのだ。
主人公である女丈夫のボンは、この凶暴化したオヤチャイやオチャカナを刈る優れたハンターの腕を持っています。何しろ戦争後の荒れた世界における重要な食糧なのですから、狩猟の腕の良し悪しは文字どおり生死を分けると言っていいでしょう。
戦争前は「女子供は男の言うことに絶対服従」という、どこかで聞いたことのあるシステムに従わざるを得なかったボンやその他の女性たちも、戦争後は我が身と子供たちを護るために強くなります。いえ、ならざるを得ない。
でもボンのように、元から卓抜した身体能力を持っていた女性には、ある意味で解放された部分もあるかもしれません。
荒れ狂うオヤチャイを難なく仕留め、4人の子供を平然と抱え上げ、時に成人の男性をも造作なく叩きのめす強靭な女性・ボン。
その豪放磊落ぶりは『天空の城ラピュタ』のドーラ船長を彷彿とさせますが、そのドーラを更にパワーアップしたような感じですね(笑)
それでいて、戦地に赴いたまま帰ってこない夫や、いたいけな4人の子供たちを心から愛する優しさに溢れた女性でもあります。
物語は、夫・アグを子供たちと探しに行く道中をメインに展開されます。
幾度となく発揮されるボンの強さや優しさ、父(ダド)のいない穴を埋めようと奮戦する長男・ユキの健気さや、やんちゃながらも母や兄を慕うゾウ・サト・ユタの微笑ましさがユーモラスに描かれます。『骨皮筋衛門』で鍛え上げられたはそやmさんの筆の面目躍如、と言ったところでしょうか。
ですがそんな笑いの根底には、物語のそもそもの原因となった戦争へのやるせない叫びと、平和への祈りが静かに流れています。
「無意味な」「異様な」「馬鹿げた」「異常な」「馬鹿らしい」
これらは物語の中で幾度となく出てくる ”戦争” というワードを形容する言葉です。殊更に戦争反対や平和を願う思いを前面に打ち出すのではなく(言うまでもなく、それがいけないという意味ではありません)、あえてユーモアとして描く。でもその奥底には凛とした意思を感じます。
「狂気をユーモアでくるむ」
それは、はそやmさんのもう一つの創作大賞応募作品である『ドシャえもん』と相通ずるものを感じます。
ただ本作品からは、思想や主義主張の押しつけがましさは一切感じられません。戦争は、あくまで物語の背景に過ぎない。にもかかわらず、読み進めるうちに物語の外、現実の世界で起きている理不尽で不条理な争いが頭に浮かんできます。たとえ平和ボケと言われようと、やはり地球上のあらゆる地に穏やかな日が訪れることを願ってやみません。
タイトルの中に” ァ ” の字がいくつあるか毎回疑問に思いつつも、数える間もなく毎日の投稿を楽しみに読み続けてきました。
完走、お疲れさまでした!!
では最後に一言!。
途中から出てくる犬のぺスが可愛すぎる!!!
TALESに掲載の『ドシャえもん』はこちら!
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