見出し画像

【#創作大賞2024】蒼に溶ける 第4章 ⑥ 交流

←  前の話・4ー⑤ 電話


『突然電話してごめんなさい。お仕事中よね、きっと』
「大丈夫です。ちょうど今日は午後から休みだったんで」

もちろん大嘘である。晴天の霹靂のような電話に驚いた結依が、目の前にいた木下に頼み込んでその場で早退を申請する力技に出たというだけのことだ。

『本当にごめんなさいね。びっくりしたでしょう』
「いえ、えーと……はい。あの今までお会いしたことなかったと思うんで……あの、伯母さんと」

純江はくすりと控えめに笑った。

『伯母さん、ね。そう呼んでもらうのは初めてだわ。でも実は遠い昔に一度だけあなたに会ったことがあるの。と言っても結依ちゃんが生まれたばかりの頃だから、もちろんあなたは覚えてないと思う。私の記憶が正しければ、結依ちゃんは今年28歳のはずだと思うけど、違ってたかしら?』
「いえ、そのとおりです」

母の姉である以上、声が似ているのは当然かもしれない。だがまるで亡くなったはずの母と話しているようで、結依の頭はいささか混乱していた。画像をオンにしようかとも思ったが、今はそこまでの勇気は出なかった。
だが突然の電話に驚きつつも、次第に疑念が湧き上がってくる。三十年近くも交流のなかった伯母が、いきなり結依に連絡してくる理由が思い当たらない。

「あの、どうして私に……」

思い切って切り出すと、電話から流れてくる純江の声はにわかに固くなった。

『いろいろ説明しなきゃいけないんだけど、その前に単刀直入に質問させてもらっていいかしら――妹に、沙和子に何かあったの?』

遠慮のない直球の質問に、結依はぎくりとして黙り込んだ。

――そうか、本来ならば母方の親族にも連絡がいくはずだ。だが母の父、結依の祖父の吾郎は十年前に亡くなっている。姉の純江とは音信不通のはずだった。いや……。

「あの、父からは何も……?」

電話の向こうから苦笑のようなものが洩れる。

『お父さん……晃雄さんのことね。あなたのお父さんということは判ってるけど、ごめんなさい、私たちはあの人からまともに親族扱いされたことがないの。亡くなった父も、私もね。だから妹の嫁ぎ先を自由に訪ねることはできなかった。だからあなたにもほとんど会ったことがないの』
「…………」

結依はくうを見つめたまま、言葉を失った。またしても父か。だがそんな話は今まで聞いたことがない。父はもちろん、母の沙和子からも。

「私は今まで、お祖父ちゃんや伯母さんとは音信不通って聞かされてたんです。母本人からも。でも実際には違ったっていうことですか? 父や私たちとは交流がなかったけど、母とは……」

『仰るとおりよ、結依ちゃん。ああ、沙和子の言うとおりね。自分の考えをしっかり話せる子って。有態に言うとね。沙和子はあなたのお父さんから、自分の実家との交流を一切禁じられてたの。特にあなたたちが生まれてからはなおさら』

「禁じられてた!? それはどうしてですか?」

『その話をする前に、さっきの質問に答えてほしいの。沙和子に何かあったの? もしかして沙和子は……』

「――亡くなりました。交通事故で。6月上旬のことです」

伯母の声が一瞬でかき消すように喪失する。手のひらの中のブイホが一気に冷えたように感じた。

『やっぱり……最近まったく連絡がないし、こっちから何を送っても既読もつかないしで、嫌な予感はしてたんだけど……交通事故っていうのは間違いないのね?』

長い沈黙のあとに再び流れてきた声は、思ったよりしっかりした口調だった。

「はい。目撃者もたくさんいたし、示談も成立してます。ただあまりに急だったんで今でもちょっとその、バタバタはしてるんですけど」

『そう……大変だったのね、まさか事故だなんて……可哀想な子……最期までそんな……』

途切れ途切れの声がかすかに震えている。いくら覚悟はしていても、実際に確定の宣告を受けるのはさぞ辛いことだろう。だが結依は、その言葉にかすかな引っ掛かりを感じた。

「あの、最期までっていうのは、昔の火事のことを言ってるんですか?」

電話の向こうで純江が息を呑むのが判った。

『結依ちゃん、あなた知ってるの? 沙和子は話してないはずだけど。あなたにも大樹くんにも。まさか晃雄さんが……』

結依は首を振りかけて、電話の主には見えるはずがないと慌てて言葉を挟んだ。

「違います、父じゃないです。母が生前に相談していたお寺のお坊さんから聞きました。ちょっと私が個人的にそのお寺へ用事があって……」
『ああ、そういうことね。あの子がお寺に……何だか想像がつかないけれど』

納得と困惑の混じったようなため息を洩らすと、純江は再び声を改めた。

『あのね、結依ちゃん。さっきも言ったとおり、私たちは晃雄さんから交流を禁じられてた。とりわけ子供である結依ちゃんや大樹くんとの接触を禁じられてたの。その背景にあの放火事件があったのは間違いない。あなたはその事件を知ってるのね?』

「先日お坊さんから聞いて、少し調べました。判ったのは概略だけですけど」

『それは私たちも同じよ。警察の人からいろいろ聞かれたりはしたけど、結果的には動機不明・被疑者不明っていうこと以上には、何も知らされてないの。ただその事件は、当時かなり騒がれた。だからその時代に一定の年齢になっていれば、今でもうっすらと覚えている人は多いと思う』

確かに短いながらもネットのまとめ記事が存在していたことを思うと、それなりに世間の耳目を集めた事件であったことは想像がつく。

『だから晃雄さんは、自分が結婚を決めた相手とその親族が、そんな事件の関係者と知ってひどく困ったみたい。特に子供が生まれてからはね。だから私たちとの交流を禁じたの』

判るようで判らない話に、結依は訝るような声を上げた。

「遠い昔の事件の被害者っていうのがそんなに困ることなんでしょうか。父だってその頃はまだそんな歳じゃないですよね。母の四つ上のはずだから、父もリアタイでは知らなかったと思うけど」

『そのはずよ。まあよっぽど聡い子なら、新聞やニュースで見聞きして覚えてるかもしれないけどね。むしろ大人になってからその事件と沙和子のことを知って、ご自分の立場が心配になったんじゃないのかしら。お役所の中でのね。もし何かで再び事件のことが再燃して、世間で注目されるようなことがあったら……』

結依はうんざりしてため息をついた。自分の社会的地位が何より大事な父なら、充分考えられる話だった。

「私が言うのも変だけど、父って妙に自分の立場に固執するんですよ。こっちからすると異常っていうか、スジも理屈も通らないぐらい。妻が過去に放火の被害者だったとして、今さら何が関係するの?って思っちゃいます。加害者だっていうなら別だけど」

『そうよね、私たちもそう思ってた。でも結婚した以上、晃雄さんの言うことはあの子にとって絶対だった。あの時代はまだ今と違って、女性は男性の意見に従うべし、みたいな昭和イズムがしっかり残っていたから。それに沙和子は元からおっとりしてるというか、ちょっと気弱なところもあったから。過去を思えば無理もないけど……私がこういうパキパキした人間だもんだから、余計にね』

それは電話越しでも何となく判った。いつも穏やかで、時に頼りないほど優しげな母と較べて、その姉の純江は積極的で理路整然とした話し方をする女性だ。結依は何となく親近感のようなものを、電話の向こうの初めて話す伯母に感じた。


←  前の話・4ー⑤ 電話    次の話・4-⑦ 覚悟 →

最初から読む




いいなと思ったら応援しよう!

秋田柴子 お読み下さってありがとうございます。 よろしければサポート頂けると、とても励みになります! 頂いたサポートは、書籍購入費として大切に使わせて頂きます。