繊月
泣いたら何かが変わるのだろうか。
唐突に湧き上がってきたその考えに、ふと足が止まった。
立ち並ぶ家々から洩れる、その日の献立を容易に悟らせる匂いのせいだろうか。窓からこぼれる灯りを背中で振り切るように、また歩き出す。家へ近づけばこの匂いも薄れていくはずだ。
小綺麗だがどこか似通った戸建てがひしめく住宅街の片隅に、ひっそりと建つワンルームマンションが今の私のささやかな住処だ。アプローチこそテラコッタ調の敷石が施されていたが、味も素っ気もない金属の集合ポストが設置された狭いエントランスの片隅は、いつもごみや埃が溜まっていた。
一人暮らしの住人ばかりの住まいからは、温かな団欒の気配など微塵も漂ってこない。目にまばゆく刺さるLEDの光が、ドアノブに鍵を差す私の影をいやにくっきりと廊下へ刻み込む。
「ただいま」という言葉を口にしたのは、どれぐらい前だろう。
帰りついでに買ってきた今夜の夕食の袋をどさりとテーブルに置く。パックに入った一人分の肉じゃがと青菜のおひたし。ご飯だけは炊飯器のタイマーをセットしてあるから、辛うじて半自炊と言えるだろうか。
レンジで温めた総菜と、不釣り合いなほど熱々のご飯を取り合わせた夕食は、美味しさよりも何はともあれ一日が終わった実感を味わわせてくれる。
職場とこの家を往復する毎日。家族も恋人も、大きな声では言えないが友達と呼べる相手もほとんどいない。SNSもやらないから、職場で理不尽な事件があろうと、狭いキッチンでうっかり生卵を床へ落とそうと、全部自分の中で呑み込むしかない。
そんなの寂しいじゃん、と同僚に言われるたびに、そうだろうかと心の中で首を傾げる。セクハラ上司や非常識な顧客への真っ当な憤りが「よくあることでしょ」とあしらわれ、不要なDMをゴミ箱に放り込むような扱いを受けるのは寂しいことじゃないのだろうか。
それでもまだ実家にいた頃は、たまにせよ泣いた記憶もあるにはある。
どうやら私は「ただいま」という言葉と一緒に、涙もどこかへ置いてきたようだった。一人きりの部屋なら誰にも気兼ねなく思い切り泣けると思ったのは、一人暮らしを知らない頃の私の、可愛らしい妄想だ。
いざ住み始めてみると、テレビもなく乾いた時計の音と冷蔵庫の鈍いモーター音以外に何も聞こえない部屋は、意外なほど泣くには適していなかった。
誰にも受け止められないどころか、何かの音に紛れることすらできない泣き声は、こうも無様に己の耳へ突き刺さるものなのだと知った時、私の中の涙の壺は一瞬で干からびた。
人間なんて広い世界で生きているようで、本当は実に狭いところで暮らしているものだ。職場はもちろん、家でも泣かないとなれば、涙をこぼす場所なんてそうそうない。
きっちり一人分の食事を終えた後、立ち上がるのも億劫で記憶の波につらつら揺蕩っていると、ふと高校の同級生を思い出した。
紗乃香は、よく泣く子だった。
彼氏が冷たいと言っては泣き、壊滅的な試験の結果に留年するかもと言っては泣いた。一緒に映画を観に行けば、まだ話半ばの頃から隣の気配が怪しくなってくる。毎回ロビーで眼を真っ赤にさせているわりには、ハンカチの一枚も持ってこないのには呆れるしかなかった。
ティッシュぐらいないの、と問う私に「だって……」とまた語尾が濁る。映画への感動と非情な私への不満をごちゃ混ぜにして、果てしない涙の披露が続く。
泣いたら何かが変わるのだろうか――紗乃香を見ていると、よくそう思った。「泣くだけ泣いたらすっきりするよ」という彼女の理屈は、当時から今に至るまで理解できないままだ。寝起きに目が開かないほど涙で貼りついた睫毛も、鏡を見ずとも判る瞼の腫れぼったさも、涙の原因など記憶の彼方へ葬り去るぐらいに私を憂鬱な気分にさせるからだ。
記憶の波間を漂うことにも飽きて、小さな腰高窓から外を眺めてみる。陳腐なふるまいだろうと、誰にも咎め立てされないのはありがたい。
帰り道では気づかなかったが、空には三日月よりもずっと細い月が浮かんでいた。真っ暗な中でチェシャ猫がにっそりと口を開けているようだ。調べてみると、繊月と言うらしい。
窓を開けると、もうどこからも夕餉の匂いは漂ってこなかった。だが街はまだ眠りについてはいない。一軒の家に窓の灯りがあちこち点いているのが、妙に不思議で仕方なかった。きっと家の中は、灯りの数だけ様々な音にあふれているのだろう。その中には誰かの放つ泣き声も含まれているのかもしれない。
また紗乃香を思い出す。
あの子は今もまた泣いているのだろうか。細く鋭い鎌のような月を見ては、誰かを、何かを想って涙を流すのだろうか。
でも泣かない私は、ただ空の月を真似てうっすらと口の端を引き上げる。泣いても泣かなくても、何も変わらないのだと思う。
涙を流さない私のもとにも、美しい月の光はその薄い笑みからひとしくこぼれ落ちてくるのだから。
(了)
(1992字・ルビ抜き)
#今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか
ここ数日、noteでこんなタグを見かけまして。
実は2000字というのは、不肖・秋しばが最も苦手としている文字数なのであります(笑) (→ 公募ガイド『小説でもどうぞ』のトラウマか…)
それならそれで、逆に実験的なナニかをしてみたいと思いつきまして。
そこでいわゆる純文学的なものを書いてみようかと。とは言え、いまだに「純文学」の定義をよく知らない秋しば。なので今回は
・くっきりはっきりした起承転結がない
・登場人物の心情を説明しすぎない
の二点に絞って書いてみたものの、果たしてこれは純文学、いやそもそも小説と言えるのか……。
でも久しぶりに自由に書けて楽しかったです!
豆島さん、ありがとうございます!!
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