作り手に思いを馳せる|映画感想 「ルックバック」
映画「ルックバック」が、Amazonプライムに登場した。劇場公開された時、すぐに映画館へ足を運んだ作品だ。
上映開始直後から何度もハンカチを出す私に、
チェーンソーマン好きの友人は
「そんなに泣く…?」と引いていた。
同じ作品でこんなに感想が違うのかと驚いた記憶がある。
この作品は、創作をしてきた人にダイレクトに刺さると思う。
周りに「上手」「プロになれる」と褒められていたのに、ある日、自分の実力を思い知ったり、努力を重ねても追いつけない存在に絶望したり。葛藤する藤野に、いつかの自分が重なる。
私もそのうちの一人だけれど、涙が出たのは、それだけが理由ではない。あの時、映画館で感じたのは「きっと、それを乗り越えた沢山のプロが、この映画を作っている」ということだった。
自宅でコーヒーを淹れ、再鑑賞しながらもう一度、思い出してみた。
作品概要
ルックバックはチェーンソーマンの作者、藤本タツキさんの同名コミックを原作とした劇場アニメーション作品。
原作は「このマンガがすごい!2022」オトコ編第1位を獲得している。
描く姿に詰まったこだわり
OPはぐるぐるとアングルが変化していき、
広い動きのある映像から、主人公の背中へ。
背後からの定点。
そこにあるのは、描き、頭を抱え、
貧乏ゆすりをしながら
アイデアを作品にする背中。
静かに、淡々と描いている姿がリアルに描き出される。
この作品でまず圧倒されたのは「音」だった。
鉛筆や液タブの音が「効果音」ではなく
自分の手元で出ているように生っぽい。
背中越しのときは「静かに鉛筆の音だけが響いている」感じ。
動きは少ないのに、同じ部屋にいるように、空気まで伝わるようで、息を呑む。
描く姿は予告編にもなっている。
全部、見落としたくない
突然、映像を離れて、シーンは藤野のマンガの中へ。
イラストは小学生らしいけれど、ここのアニメ、ものすごくクオリティが高い…?この車の飛び方、ルパンみたいじゃない?声優さんが本気すぎない?!と、なんだか盛り上がってしまう。(坂本真綾さんと森川智之さんだった。)
その後、完成した作品を「5分で描いた」と嘯き、皆に称賛されていた藤野は、京本の絵の上手さに打ちひしがれる。
「井の中の蛙だった」と自覚する瞬間を、こんな表現にするのかと痺れた。
グン!と急に客観視されるように、画面の藤野はどんどん小さくなっていく。教室が何十倍も大きく感じるほどに世界が広がり、自分がちっぽけな存在になっていった。
この映画、きっとすごく沢山のプロがものすごい技術で作っている。
当たり前かもしれないけれど、改めてそんな風に思った。私にわからないような、こだわりや工夫も詰まっているだろう。全部、見落としたくなくて、開始数分で、集中して見入っていた。
「上手くなる」道が険しすぎる
ここから、藤野が本気になるシーンが印象的で胸を突く。デッサンの本を買い、自分を叱咤し、ルートを定めて、ひたすらに描く。どんどんスケッチが溜まっていく、本が増えて、確実に上手くなっているけれど、ゴールはない。
そうしている間に時は流れる、周りには「もう、そろそろ絵描くの卒業したほうがいいよ。オタクだと思われてキモがられちゃうよ。」と言われる。家族も応援よりも心配をしている。
このシーンもリアルだ。このまま好きなことを追っていて良いのかと、周りが圧力になる瞬間。それでも、全てを絵に注ぎ込む藤野に迷いはない。
そんな時、京本のマンガが、自分の作品と一緒に学年新聞に載る。
「やーめた。」
圧倒的な画力の差。努力をしても埋まっていなかった。きっと、追いつかない。
それを自覚するシーンだけれど、隣に並ぶ藤野のマンガは確実に上達している。話も絵も目に見えてレベルアップしているからこそ、今までの努力を見たからこそ、このシーンが悲しい。
周囲がなにを言ってもやめなかった藤野の心を折ったのは、京本の圧倒的な才能だった。
二人の出会い
卒業式。藤野は京本に卒業証書を渡すため家に向かう。
そこで見たのは、廊下に積まれたスケッチブック。自分の何倍だろう。その間を縫ってドアの前に立つ。出来心で4コマを書く。
その漫画を見て、京本は部屋を出て追いかけてくる。「藤野先生!」裸足のまま外に出て「私、藤野先生のファンです。サインください」という京本。サインの間も褒め続け「私、確信しました。藤野先生はマンガの天才です」と叫ぶ京本。「なんでもない」顔をしながら、帰りの足取りが軽くなっていく藤野はやがて踊るように翔ける。喜びが溢れる。一人のファンの声に動かされる作り手がそこにいた。
音楽も、動きも、迫りくるような喜びの波に、「この映画は、2人を追っているんじゃない。藤野の個人的な経験を彼女の視点で描いているんだ。」と感じる。
ここからは共同制作が始まる。窓の外では1年が過ぎた。書き続ける2人。
最低でも佳作はいく。と編集者に言われたマンガは見事に入賞した。
結果が発表された雑誌を2人で見るシーンの沈黙が心地よい。セリフがないのに、緊張も喜びも伝わってくる。
振り込まれた賞金10万円で街に出る。キラキラしていて、2人が笑っていて、ピアノの旋律が流れていって。思いっきり楽しんだのがわかる。「じゃんじゃん使ったのに5000円しか使わなかったな。」が中学生らしい。
人が怖くなって引きこもったという京本の「楽しかった。藤野ちゃん、部屋から出してくれてありがとう。」が染みた。
別々の選択
同じ景色を見ている。手を繋いでいると思った2人に連載の提案があるのは17歳。美大にいくため連載を断る京本。
「私についてくればさあ。全部うまくいくんだよ。」
「でも、もっと絵、上手くなりたいもん。」
ここまで来てもさらに「上手くなりたい」という
京本の絵に対する気持ちの純粋さに、ハッとする。
この後、一人で漫画を書き続ける藤野。
悩みも浮き沈みもありながら、出版冊数が伸びていく。貧乏ゆすりをしながら電話で新しいアシスタントの相談をするシーン、リアリティに驚愕した。同じ部屋で描いているようなペン先の音。映画館で聞いたこの音を私は忘れない。
音に関しては、劇場で鳥肌が立ったシーンが何度もあった。
映画館に足を運んで、本当に良かったと思っている。
事件の後
京本の死からは、静かに時が流れる。
沢山の時を過ごした中から、藤野が思い出したのは
「私みたいに、もっとうまくなるんだな。」と話すワンシーンだった。
タイトルの「ルックバック」につながる後半の展開は切ない。
「京本を部屋から出さなければ、死ななかったのに。」と思ってしまう藤野が口にした
「なんで書いたんだろう。描いても何にもならないのに。」
このセリフは、創作をする多くの人に刺さっただろう。
事件を描くこと
そこからは、もしも、2人が出会っていなかったらという世界が描かれる。
あの時、京本が部屋から出なくても、きっと、二人はどこかで交わる運命だったんだと。こんな世界線もあったのかもしれないというストーリーは暖かいけれど、はじめて視点が藤野から京本に移ることで、彼女が命を落とした事件を描くことになる。
記憶に新しいあの事件で、どれだけの方が、どれだけの努力や時間で積み上げられた才能が、犠牲になったのだろうと苦しくなった。
作中で、犯人や事件に対する思いなどのセリフはない。ただ、「これによって、京本が居なくなった事実」に藤野が向かい合っている姿が描かれている。
作り手に思いを馳せる
この映画は、感情が溢れ出して押し寄せるようなシーンも、じっと留まる沈黙も、絵が、音が、声が。全てがプロのこだわりでできていると感じた。
きっと沢山の藤野や京本が、この作品に関わっている。誰かが時間をかけて培ってきた技術が、この作品を作っている。そうやって、アニメーションになっている。
はじめて、そこまで作り手に思いを馳せながら映画を見た。
顔は見えないけれど、少しの線の違いが、音の違いが、作品を変えることを知っている人たちが、この世界を極限まで表現するために集っているのだろう。
そんな人たちの手で、あの事件を描く。
なんて残酷なんだろう。悲しくて、悔しい。
そう思って、また泣いた。
最後に
二度目の鑑賞でも、感情が込み上げてしまった。
もっと冷静に感想を綴る予定だったのに。
これからもう一度、原作を読んでみようと思う。
今なら、また違った発見があるかもしれない。

