Hayato Sumino - ALL Chopin Program @アプリコの感想 (2021.8.25)
今夕は蒲田駅から徒歩5分の距離にある太田区民ホール アプリコ 大ホールに角野隼斗さんのFC限定のオールショパンプログラムのコンサートに友人と一緒に行ってきた(ヘッダーはショパンピアノ協奏曲第1番の楽譜の1ページ目の上部(管楽器パート));Wikimedia Commonsより)。以下の写真は開演前にホールの左手後方から撮影したもの。座席はコ口ナ対策として1席置きとなっており、ほぼ埋まっていた。

今回の席はFC会員抽選で決まった(前から7列目右から4番目)。18時半の開演時間が過ぎて暫くしてダークスーツに白いシャツ、黒い蝶ネクタイの姿の角野さんが颯爽と登場した。髪を少し切って整えた感じに見えた。
ノクターン第13番 ハ短調 Op.48-1
角野さんがピアノの前に静かに座ると、ピアノだけにスポットライトが当てられ、ステージが暗くなる。事前に場内放送で流れた通りプログラムに記載されている順番が変わり、ノクターンから始まる。ステージの壁が森の中のように見える装飾照明に切り替えられる。角野さんは、一歩一歩ゆっくり歩むかのように一音一音を丁寧に刻んでいく。程よい緊張感を持って、美しい旋律を充分に歌って、気品のある雰囲気の中でコラールを力強く奏でる。荘厳なオクターヴをはさみ、コラールの旋律が何度か繰り返されるが、ここが教会の鐘の音が幾重にも重なって聞こえてくるようで、教会にいるかのような神聖な気持ちになる。再現部は教会での祈りの時間のように控えめに歌われて余韻を残して静かに終わった。今まで聞いたノクターンで群を抜いて素晴らしかった。角野さんは座ったまま首を垂れ、暫く余韻に浸る間、ホールも静寂に包まれる。
華麗なる大円舞曲 変ホ長調 Op.18
しばらく間をおいた後、角野さんは顔を上げ、冒頭の変ロ音の同音連打のところから軽やかにそして華やかに弾き始める。装飾照明が変わり、ステージ全体に明るくなる。最初はくるくると回って踊っている感じで、角野さんも上半身でリズムを取って楽し気に弾いている。優雅なステップ、跳躍のある踊りなど次々とワルツが現れるが、角野さんはテンポよく、でも優雅に弾いていて、終始楽しそうな表情だったのが印象的。
私が座る前方右側はグランドピアノの屋根が開いている方向だからか、聞こえてくる音がとてもクリアな気がする。弾き終えた角野さんは再び間を置く。
スケルツォ第1番 ロ短調 Op.20
紀尾井ホールのオールショパンプログラムの時にはスケルツォは3番だったが、今日は私が角野さんを知って購入し愛聴してやまないPassionに収録されている1番(この1番の背景等については拙note「フランツ・リストが感銘(衝撃)を受けたショパンの作品」で紹介)。冒頭の2つの不協和音を力強く鳴らした角野さんの表情は気迫に満ちている。ショパンが表現した不安や焦燥、怒りの感情の強烈な主題を力強いタッチで弾く。角野さんの演奏は、まるで画家が大きな白いキャンパスに黒い線を描き続けて人間が制御できない激情を表現しているかのようでその迫力に圧倒させられる。
中間部は平穏になり、ポーランドの「コレンダ」(クリスマス・キャロル)の「眠れ幼子イエスよ」を引用した旋律になる。先程の感情を爆発させたような険しい表情の角野さんが、今度は穏やかな表情に変わりコレンダを歌っていく。マズルカのリズムにも聞こえてくる、何となく懐かしい旋律をそれはそれは優雅に歌っている角野さんが(私のイメージする)ショパンに見えてきて、目を閉じて音色に聞き惚れていると、例の不協和音のパッセージが戻ってきて現実に引き戻される。再び白いキャンバスに黒い線を重ねて描いていく角野さんの瞳が絶望に打ちひしがれるショパンを想うものに見えた。今日のスケルツォ1番、ため息が出るほどカッコよかった(まとめの言葉が何ともチープになってしまう・・・)。
弾き終えた角野さんはゆっくり立ち上がって深々とお辞儀する。盛大な拍手が送られ、カーテンコールが続く。しばらくしてマイクを持って登場して今コンサート初の挨拶、来場者へのお礼を述べる。暫くして鈴木マエストロも登場され、早速、舞台袖では角野さんのソロに聞き惚れていたと話す。2人の出会いやこのコンサート開催の経緯などのエピソードが語られる。題名のない音楽会のスペシャル番組の収録現場みたいな光景に心が躍る。
鈴木マエストロとのトーク
全てを記憶していないが、私の頭に残っている会話を残しておきたい。
角野:「鈴木さんとは題名のない音楽会でご一緒させて頂き、何か一緒にやりましょうという話になって、僕はそれを真に受けてショパンのピアノ協奏曲1番をお願いしました」
鈴木:「この話は題名のない音楽会の楽屋で決まりましたね」
鈴木「ショパコンの予選通過おめでとうございます(会場から拍手)予選では緊張していましたね。今日はどうでしたか」
角野「予選は緊張していました。今日はその時の10分の1倍です。でも緊張することによって研ぎ澄まされる感性が」
鈴木「そうですね、緊張は必要ですよね」
鈴木「ショパンのピアノ協奏曲1番は情熱的でロマンチック。リハの時から楽しかった。第2楽章はロマンスだから、角野くんがショパンになりきってラブレターを書いているみたい」
角野「第2楽章は、ショパンになったつもりでラブレターを書きますよ」(会場から期待の拍手)
今回私の心に一番残った角野語録は「緊張することによって感性が研ぎ澄まされる」だ。ショパコンの予選では角野さん、確かに相当緊張されていたと思うが、集中して真剣にショパンに向き合っていたからこそ出せた音色、迫真の演奏に動画越しにも心を打たれた人は私含め多かったと思っている。
トークの最後で準備する旨話があり、2人が舞台袖に姿を隠した後で、左右からオケの皆さんが登場される(感染対策のため全員がマスクを着用)。オケは京都の時より若干規模が小さいように見える。右端に座る私の斜め前にチェロではなくビオラの皆さんが座る。京都と異なりビオラの内側にチェロが入る配置。鈴木マエストロは鍵盤楽器奏者であり、バッハ(ドイツ)が代名詞でいらっしゃるからか、今回のドイツ式配置を好まれているのか、ショパンの1番のオケの響きを考慮されてか。
ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11
3日前に京都で聴いた角野さんの1番、指揮者もオケ(の規模)もホールも違うから比較は難しいが、ショパン好きの素人からみて角野さんのピアノの音色も表現力も更に磨きがかかったように感じる。
今日は鈴木マエストロと角野さんのトークに加え、昨夜読み返していたショパンの手紙(*)の影響を大きく受け、第1番はショパンが想いを寄せていた(片思いの)女性を想って作曲されたと解釈して聴き入った。8月22日の文化パルク城陽のコンサートの感想とは異なり、私はショパンの淡い恋心が描かれた絵巻を観る、それを音で感じるモードになっていた。
(*)
【エピソード1】19歳のショパンは、音楽学校で知ったソプラノのコンスタンツヤ・グワドコフスカに恋焦がれている。1829年ショパンはそれを親友ティトゥスに手紙で打ち明けている(以下の別文献を参照)。
翌年10月ウィーンに旅立つ前の演奏会ではコンスタンツヤとも共演している。やがてショパンが大切に持ち歩いている「アルバム」にコンスタンツヤが詩を書き入れた。「悲しい運命。あなたが決めたのだから受け入れましょう。忘れないで。ポーランドにはあなたを愛している人がいることを。」コンスタンツヤもショパンと同じ思いとなったのだろう。しかし出発の日は迫っている。11月2日、ショパンはウィーンに向かった。
(引用文献:p.81、小坂裕子著、新装版フリデリックショパン全仕事、ARTES、2019年)
【エピソード2】ティトゥス・ウォイチェホフスキーに 1829年10月3日より一部抜粋
理想の女性があるのだ。僕は彼女を夢見る。僕の協奏曲のアダージョは彼女への夢想に属し、君に送る今朝書いた小さなワルツも、その思いが霊感を与えたのだ。ここで一つ注意して貰いたいのは、このことは君以外誰もまだ知らないということだ。
(引用文献:フリデリック・ショパン著、原田光子訳、「ショパンの手紙 - 天才ショパンの心」、古典教養文庫、2018年9月))
第1楽章 アレグロ・マエストーソ ホ短調 4分の3拍子
鈴木マエストロの情熱的な指揮で、オケが哀愁に満ちた旋律を堂々と奏でて曲が始まる。見た目にも京都の時より少し規模の小さいオケだったが、ホールの音響が良かったのか、美しい弦楽器と管楽器のハーモニーにしばし身を委ねて聴き入る。右端に座っていても低音が際立つ訳ではなく、音響のバランスがとても良いのはチェロが内側に入っているからだろうか。
角野さんは少しうつむいた姿勢でオケのハーモニーを全身で感じている。マエストロとのアイコンタクトで、角野さんが哀愁のある美しい旋律(第1主題)を弾き始める。弾き始めの音色の美しいこと!京都より音色の透明感が増しているような気がする(ホールの音響や私の座っている席にもよるかもしれない)。角野さんの物憂げな表情はコンスタンツヤに恋焦がれるショパンに寄り添っているように見える。私にはラブレター(2楽章)を書く前のショパンの心の葛藤を全身で表現しているように見えてしまう。
第2主題の明るい旋律を華麗な技巧で弾く角野さんはマエストロとオケに支えられ、表情豊かに演奏している。実現したら嬉しい夢を見ているような雰囲気を醸し出している。コンスタンツヤとの共演を夢見る青年ショパンの姿が透けて見えてくる。展開部も再現部もピアノのパッセージが美しく、角野さんは1つ1つのパッセージを実に丁寧に歌い上げていく。京都から3日しか経っていないのに、角野さんの演奏が何段階も洗練されてきているように感じた。私の方はショパンの夢、止まらない空想がどんどん膨らんで、曲が盛り上がって終わる。
第2楽章 ロマンチェ ラルゲット ホ長調 4分の4拍子
ラブレターの2楽章が始まる。1楽章で勝手に盛り上がった私は甘美な旋律を奏でる角野さんの表情が、恋する若き青年ショパンに見えてくる。ショパンがコンスタンツヤを想って作曲したとも言われる2楽章は、美しい月夜の下で懐かしく思い出す場所を心を込めてじっと眺めているような印象を与えるものと、親友のティトゥスに伝えている。角野さんは今夕も、彼にしか出せない特別な弱音で美しい旋律を儚げに歌っていて、それはもうピアノの詩人ショパンが表現しようとしていたラブレターそのものに思えてくる(私の表現力の限界・・・)。角野さんの煌びやかな音は、夜にしか咲かない神秘的な月下美人の花びらが静かに開き、微風に吹かれて揺れ動くさまを彷彿させる。何というか自然界から生み出される神秘を表現する音色(以下は月下美人(Epiphyllum Oxypetalum)の半開きの様子、Wikimedia Commonsより)。

第3楽章 ロンド ヴィヴァーチェ ホ長調 4分の3拍子
弦楽器に続き、角野さんは躍動感溢れるロンド主題を朗らかに奏でる。私の勝手な想像では、3楽章はラブレターがコンスタンツヤに無事届き、ショパンがポーランド舞踊のクラコヴィアクを踊って歓喜しているイメージで、同時に故郷への愛も表されている。マエストロからのアイコンタクトに応え、角野さんはオケとの対話を楽しみ、時に雄弁にリードしている。コーダの角野さんの迫力ある演奏に聴衆席は圧巻される。最後、大きく左手を上げて弾き終える姿に心を鷲掴みにされる。
アンコール
終演後大きな拍手が鳴り響く。数回のカーテンコールに応え、登場した角野さんはお辞儀しながら、もう1曲弾きますというジェスチャー(人差し指を立てる)をして、ピアノの前に座った途端、「子犬のワルツ」を弾き始める。最初こそ楽譜にほぼ沿っていたものの、その内Jazzやミュージカルやディズニーっぽいアレンジも即興でなされ、世界一お洒落な「子犬のワルツ大変奏曲」に大変身し、かてぃんさんの魅力が炸裂。途中でノクターンOp.9-2や協奏曲1番のパッセージも混ざった気がするが、あまりに速い展開でどこのパッセージが登場したかは思い出せない。オールショパンプログラムの最後に、こんなに自由すぎるアレンジを大胆に加えて即興演奏する(できる)ピアニスト、間違いなく、1830年代のショパンまで遡らないと居ないだろう。協奏曲を聴きながらショパンの恋の絵巻に浸っていた私だが、最後はCateen Worldにすっかり魂を奪われた。
最後に
ソロの3曲は紀尾井ホールで聴いた時より表現力、迫力が増していた。曲想の異なる各曲の演奏の「間」も良かった。協奏曲1番は3日前よりソロパートもオケとの対話部分もさらに洗練されていた。三国志演義の「男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ」の男子を角野隼斗に置き換えたい(TwitterでFFさんがコメントを下さり、今の角野さんにぴったりの慣用句なので借用させて頂く)。
繊細なタッチで鳴らす弱音も(京都では小さすぎるのではないかと感じたが)、今日のホールではホール全体にしっかり響いていたと思う。特に協奏曲はオケとの対話など、生で聴く醍醐味は何にも代えがたい感動がある。
今回は配布されたプログラムの下部に「角野隼斗オールショパンリサイタル」の開催のお知らせが掲載されていた。9月16日(木)19時開演、浜離宮朝日ホール。帰宅してメールを開いたら、FC会員予約、一般予約と何れも抽選とのお知らせもeplusより来ていた。曲目に幻想ポロネーズが!本大会の2次の課題曲である。日々進化を遂げている角野さんのオールショパンを是非とも拝聴したいが、抽選なので、こればかりは運命に身を委ねるしかない。現代のショパンの人気は留まるところを知らない。10月3日から始まるショパコンの本大会1次に向けて、角野さんはショパンと向き合い、感性を研ぎ澄ませ、渾身の演奏を見せて下さることと期待してやまない。
以下はホール入口に続く階段を受付を済ませて上から撮影したもの。

追記: 昨日は情熱大陸の編集スタッフさん達から立派なフラスタが届いていた。ホールの各所に複数のカメラが設置されていたのは情熱大陸の続編を期待して良いのか。

