キャッチイメージー菅野文友

菅野 文友さんのこと

≣概要

2019年5月13日に「菅野 文友様が、2019年5月5日午前11時11分にご逝去されました(享年91)。」という訃報が届きました。

「日本の品質管理の父」と言われた石川 馨先生は平成元年に73歳でご逝去されましたが、「ソフトウェア品質管理の父」と思っていた菅野 文友先生は令和元年に他界されたのか……と妙な因縁を感じました。
私よりも故人の思い出について語るべき人はたくさんいらっしゃるのですが、今後、学会誌その他で語ると思いますので、(僭越ながら)一足先に思い出話などを書こうと思います。

≣菅野 文友氏?

そもそも、「菅野 文友って誰?」という方がいらっしゃると思います。特に1980年以降に生まれた(私から見たら若い)人は、たとえソフトウェア品質関係の仕事をしていたとしても、(世代的な意味で)ご存じなくても無理からぬことのように思います。かくいう私も「(私の名前を菅野先生には)覚えてもらっていなかったかも」というレベルです。33歳も離れていますし。
私は、菅野先生のことを「日本的ソフトウェア品質管理の父(レジェンド)」と仰ぎ見ていました。

まずは、書籍の【著者紹介】から情報をピックアップして、菅野 文友(かんの あやとも)先生のプロフィールをご紹介します。

昭和4(1929)年4月1日、陸前国(旧奥州仙台藩。岩手県気仙郡)に生まれる。1952年に旧制東北大学理学部地球物理学教室卒業。1963年に技術士試験合格(生産管理部門品質管理)。1968年に工学博士(東北大学)。1945年から逓信省・電気通信省・日本電信電話公社(電気通信研究所)。1950年に(株)日立製作所に入社(ソフトウェア工場のオンライン・プログラム部長、検査部長を務め、副技師長を最後に退社)。1975年から岩手大学(工学部情報工学科)、1981年から東京理科大学(工学部経営工学科)、1994年から帝京技術科学大学(大学院情報学研究科)の各教授を務める。その間、一関工業高専および東京商船大学で非常勤講師。1997年から(有)系統技術研究所代表取締役。宇宙開発事業団委員や内閣宇宙開発委員会専門委員。(財)日本科学技術連盟参与、デミング賞委員会委員。(株)三陸情報サービス取締役技師長。陸前高田市ふるさと大使。IEC(International Electrotechnical Commission: 国際電気標準会議)委員などの要職を歴任。「デミング賞本賞」(1995年)、「日経品質管理文献賞」(1976年、91年、93年、95年、97年)などを受賞。著作には、『日本的デザインレビューの実際 ―先進的事例からの体系化―』日科技連出版社、など、およそ60冊の著訳書がある。ソフトウェア製品に係る信頼性、品質保証、安全性、品質管理、デザインレビュー、プロジェクト管理等を研究し数多くの成果を実用化。
信頼性工学とソフトウェア工学の融合とも称されるソフトウェア信頼性技術の創始者的存在。関係官・学協会を通じての調査研究、標準化、普及・啓蒙活動にも精力的に参画。

一人の人間が成し遂げた業績として思いを馳せると、とても、圧倒されます。
ソフトウェアテストに関連する話としては、1980年にSQiPの前身組織である「ソフトウェア生産管理研究委員会」(SPC, Software Production Control)を設立され、初代委員長(2代目は飯塚 悦功先生で、3代目は野中 誠先生)を務められました。
当時のSPC委員としては、水野 幸男(日本電気)、石井 康雄(富士通)、大野 侚郎(協同システム開発)、大島 義一(通商産業省)、片岡 雅憲(日立製作所)、狩野 紀昭(電気通信大学)、花田 収悦(日本電信電話公社)などなど(敬称略)が名を連ねていました。そして、菅野先生はその先頭に立ち、「ソフトウェア工学と日本的品質管理の融合」という視点で、調査・研究・普及をリーディングされました。

なお、菅野先生は引退後、気仙沼のご自宅に戻っていらしたのですが、2011年3月11日に発生した東日本大震災で、津波の被害に遭い、関東に避難されました。津波の際には地下室にあった、「菅野コレクション」とも呼ばれる膨大な蔵書(や論文)はすべて失われたそうです。とてもお辛かったことと思います。

≡菅野先生との思い出

何度か講演を拝聴しました。特にJaSST '08 Tokyo(2008年1月30日~31日)の招待講演者として菅野先生をお招きし目黒雅叙園でお会いした際には、お話しもできました。そのときに菅野先生は、「私は来年死ぬんです。だから戒名付きの名刺をこしらえました。」と仰っていました。その名刺は今でも宝物として大切に持っています。
このときのJaSSTのエンディングは、パネルディカッションではなく、「品質談義:菅野・ジョーンズのバグらない話」として、菅野先生と基調講演を行ったCapers Jones氏によるクロストークセッション(対談)で、モデレータはNECの誉田直美氏(現SQiPの副委員長)でした。

招待講演では杖を突いての登場で、ご健康を心配したのですが、講演が始まると杖を指し棒の代わりに振り回し、迫力のある声で会場を魅了していました。『これは来年死ぬような人ではない』と思いました。実際、10年以上、震災も乗り越えて活動されました。

さて、話は少し遡ります。菅野先生をはじめてお見かけしたのは2000年9月29日のことでした。横浜で開催された2WCSQ(The Second World Congress for Software Quality:第2回世界ソフトウェア品質会議)の実行委員長の‟閉会のあいさつ”で、手品(次々と造花を出す、単純だけれど華やかなもの)を披露し、世界の言葉で来場者との再会を誓っていらしたのが印象的でした。

そもそもWCSQ自体、菅野先生が、世界に向かって提唱され、EOQ(ヨーロッパ品質機構)とASQ(アメリカ品質協会)の賛同を得て実現したものです。
菅野先生は、決してエレガンスな方法をとるタイプではなかったけれど、努力家でパワフルでソフトウェアの品質管理を世界的に切り拓いた方でした。

≣菅野先生の成果は?

プロフィールにまとめた通り、デミング賞本賞を1995年に受賞し、日経品質管理文献賞を5回も受賞し(品質管理の領域で素晴らしい著作が5冊もあるということ)、SPC(現SQiP)を設立し、WCSQという世界的なカンファレンスを初められました。(WCSQは今も続いており、7回目が2017年にペルーで開催され、8回目が2020年にマレーシアで開催予定です。)
いったい、どれだけパワフルなんだ!?  と思いますよね。

≡菅野先生の著作

60冊近くの本を執筆されています。どの本も良い本ですが、一冊を選べと言われたら、『日本的デザインレビューの実際』をお勧めします。

<<<目次>>>
第1部 日本的デザインレビューの考え方と進め方
第2部 日本的デザインレビューの実際
第3部 デザインレビューに役立つ道具・資料

です。さすがに第2部(事例)と第3部(ツール)は古くてそのままは使えないのですが、考え方は今でも参考になります。

ちなみに、エッセイもいいですよ。

≡菅野先生の教え

一番あたまに残っているのは「ABC:A(当たり前)のことを、B(ぼんやり)しないで、C(ちゃんと)やれ!」です。以下は『JaSST講演資料』の10ページ目です。

まだ見ぬ、存在すら不確かな“青い鳥”(や“銀の弾丸”)を追い求めるのではなく、「そんなことは当たり前だろう」ということを大切にすること。そして、その「当たり前のレベルを上げていけばよい」と言われていたように思います。ただ、スライドにある通り「誰だって、時にはぼんやりするよ!」と優しい目線です。

実際のところ、教科書にあるような当たり前なことをしっかりやれば、問題はほとんど発生しないものです。
テストでいえば、「同値分割して、境界値を入力としたときの結果確認(単機能テスト)と、同値クラスの組合せ(ロジックの組合せ)をデシジョンテーブルを作ってテストする」ような基本中の基本を“ちゃんとやる”ことが何より大切で、忘れてはならないことだなあと改めて心に刻まなくてはと思いました。

≣まとめ

菅野先生の訃報に接し、忘れないうちに何か書き残したいと思いました。『JaSST講演資料』はどのページも深いので、斜め読みするだけではなく、「(このページは)どういうことを言っているのだろう?」と有志で読み合わせをおこない、議論すると良いと思います。

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