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祝☆ドロテア・プリュール

さて、今年もやってまいりました。2016年設立という比較的あたらしいコンペにして思わずそんな言葉が飛び出してしまうほど、すっかり浸透した感のあるロエベ財団 クラフトプライズ。2026年のファイナリストが発表されました。

卓越性と革新性とを備えた現代工芸作品を讃えるこのコンペ。コンテンポラリージュエリーの作り手からも、わりあい若い層からベテランまで、例年のように誰かしらファイナリスト入りをはたしており、その知らせが出るやSNS を駆け巡り、タイムラインを華々しく彩ります。日本人作家もたびたびそこに名を連ね、最近では 田口史樹浅井美樹 らが選出されています。

先日発表された今年のファイナリストのうち、ジュエリーの世界でも活躍する作り手からは、ドロテア・プリュールココ・スングラツィアーノ・ビジンティンジウン・パク が選ばれました。お目にかかったことのない皆様方ですが、心からのお祝いを申し上げます。ここではそのなかからドロテア・プリュールを取り上げます。ドイツを拠点に活動し、半世紀超ものキャリアを誇るプリュール。その仕事を長く知る者にとって今回の選出は、するべくしてと言えましょう。

ところで私はいま、ドイツ東部のザクセン=アンハルト州のハレという町にある、ギービッヒェンシュタイン城 芸術デザイン大学というところで先生をしており、ジュエリー科の学生たちにコンテンポラリージュエリーの歴史について教えています(オンライン授業のため行ったことはありません)。名前に「城」とある通り、かつてのお城が校舎になっている学校です。日本に置き換えれば、大阪城や小田原城で美術や工芸のイロハが教えられているといったところでしょうか。私の乏しい想像力では、置き換えてみたところでまるでイメージができません。

話が逸れました。このギービッヒェンシュタイン城 芸術デザイン大学は、プリュールが学び、そののち長く教鞭をとった学校です。そうした背景を鑑み、私も授業でプリュールについて触れる機会がありました。ここでは、そのとき調べたり考えたりした内容を少し補足して、おすそわけしたいと思います。

作品をいくつか見てみましょう。ひとつめは《渡り鳥》と題されたチタンとゴールドのネックレス(2025)。

↓ いつ見ても木彫にしか見えない、本物のキノコとダイヤモンドで作られたネックレス(1987)。

↓ 白鳥の動きや舞いを模したという2005年のネックレス。

コンテンポラリージュエリーにはいくつかの主要な流れがあり、そのひとつが彫刻的なフォルムの追求です。プリュールの仕事はそれに類します。主に金属と木材を使った素朴で力強いその作風は、具象と抽象の中間だと評されることもあります。ちょっとむずかしいですね。ここでは辞書的な定義はひとまず置いておいて、なにかを抽象化するということを、動物や植物などの具体的なモチーフを、時に元が何なのかわからなくなるまで削ぎ落としていくこと、くらいに思っておけばOKです。プリュールは自然物を対象に、長期間にわたる観察や試作を通じてこれをやります。完成作だけを見ると、何をかたどっているのかわからないことがほとんどです。でも、タイトルを見ると納得できる。この作家の仕事を具象と抽象の中間だと言う人は、そういう性質のことを指していると考えられます(たぶん)。

ドロテア・プリュールは1937年にポーランドに生まれます。子供時代は一時期を難民として過ごし、若くしてドイツ東部のブランデンブルク州に移住しました。その後、19歳から先にも挙げたギービッヒェンシュタイン城 芸術デザイン大学で学び、いまの作風からはちょっと想像がつきづらいですが、一時はデザイナーとして働いたあと、1966年に同校の教職に就きます。以降、作家と先生の二足のわらじで活動を続け、2002年に大学を退任します。ほんとうは作家としての足跡をもう少し詳しく追いたいところですが、残念なことに、本人の口から語られた資料が手元にありません。そのため、ここでは作品の話にフォーカスさせてください。

ジュエリー作家のなかには、特定のアイテム(指輪かブレスレットかブローチかなど)を得意とする人がいます。プリュールにとってのそれは間違いなくネックレスで、ドイツ語でネックレスを意味する『Colliers』というタイトルの作品集も出しています。実作品をほぼ原寸大で印刷したこの大判の本は、プリュールのネックレスがもつ、とりわけ造形物としての魅力をぜいたくに伝えてくれます。しかし、それらのネックレスがその本領を発揮するのは間違いなく、だれかによって身につけられたときです。

百聞は一見にしかず。つけた様子がわかる写真を Instagram からいくつか拾いました。スマホでお読みいただいている場合、全体像が見えないかもしれません。行ったり来たりでちょっと面倒をおかけしますが、ここは大事なところですので、ぜひともリンク先に飛んでご覧いただきたいところです。

ほら!

わかります?

もうひとつ!


おわかりいただけますでしょうか。つけている人と作品が織りなす相乗効果。それについて少しだけ、私の拙い自論にお付き合いください。

ネックレスというアイテムは一般に、穴の開いた物体に紐やチェーンを通して首から下げられるようにしたものか、パーツの連続で構成されたものとに大別できます。後者はさらに、大きくふたつに分けられます。ひとつは形やサイズのそろった小さなパーツを連続させたもの。もうひとつは、つけたときに首の後ろに来る両端から正面の胸元に来る中央に向け、少しずつパーツを大きくしていくグラデーション状のもの。これらはいわば「きほんのき」。これらのタイプのネックレスが、ムリなく体に沿ってきれいに見えるということは、ジュエリーを得意分野としない方にも、なんとなく想像がつくのではないかと思います。

プリュールが作るネックレスもまた、パーツの連なりです。とはいえ王道や基本とは言いがたい。その理由にパーツの大きさがあります。先に取り上げた作品集『Colliers』をめくってみると、多くの作品でパーツひとつの大きさが 8~10センチとなっています。

この大きさは、紐やチェーンに通していくつか首からかけるだけならそこまで問題ありませんが(それでもだいぶ大きいです)、首にぐるっと一周させるとなると話は別です。つけた時の収まりが悪く、ぎくしゃくして見えるからです。つまり、人も作品もかっこよく見えない。せっかくジュエリーをつけるのに、それでは意味がありません。

ところが、プリュールは、時折この禁じ手を使います。それでいて造形的なムリを感じさせず、人の体になじみます。あるいは少々ムリがあったとしても、つける人との相乗効果によって、それをプラスに転じさせてしまう。つける人の隠れた魅力を引き出しながら、作品自体も相手しだいで新たな顔を見せる。そういう説得力を持っています。

その説明になるかはわかりませんが、つける人とのえもいわれぬ一体感を可能にするひとつの要因は、向きによって表情を変える形にあるように思われます。たとえば、鳥をかたどったパーツできた次の作品。各パーツが真ん中でふたつに折ったような形をしています。

プリュールは、このふたつ折り、あるいはそれに準ずる構造をたびたび用います(上方ポートレートの1枚目もこれにあたります)。これにより、片方の面が体に沿ういっぽうで、もう片方の面が跳ね上がるように立ち上がり、顔周りの空間に動きを作ります。ここでミソになるのは各パーツが同じモチーフをかたどっていながら、それぞれ異なる「個体」であることです。真上の作品をもう一度見てください。基本構造はどれも同じですが、とりわけ翼の開き具合にバラつきがあるのがわかります。この個体差によって「沿い」と「跳ね」の塩梅にランダムさが加わり、つける人によって表情を変える懐の広さが生まれます。

この手法はすべての作品で見られるわけではありませんが、その他の作品においても、よく見てみると、視覚的な重みをできるだけ回避しながら、つける人に合わせて立体感や動きが出るような余白や遊びを設けるための工夫が凝らされているのがわかります。

こうした作品がもつ魅力の秘訣というものは、今のような解説を聞き、種が明かされてしまうと、かんたんなことに聞こえてしまうものです。しかし、それを実際にやるのは並大抵のことではありません。

素材の扱い方にも、きめ細かな配慮を見ることができます。たとえば、同じ銀色をした金属であっても、薄くて大きな板で用いるときは、軽量で変形に強いチタン、わずかな曲がり具合や角度がものをいう曲線美を活かした作品には、比較的柔らかく加工しやすい銀、思い切って大きめの塊でいきたいときは、視覚的にも物理的にも軽快なアルミニウム、というふうに、作る形や目的に合わせて的確に選び分けています。ちなみにチタンは、市販のジュエリーでは一般的になってきましたが、硬くて加工がたいへんなため、手作業で切ったり叩いたりして制作する作家は決して多くありません。

こちらはチタンのネックレス(1997)。

《ヒマワリ》と題されたゴールドのネックレス(1990)。

1920年代から30年代、ジュエリーは、ルネサンス以来数百年ぶりとなる、大芸術との蜜月時代を迎えました。パブロ・ピカソやサルバドール・ダリ、ジョルジュ・ブラックらの花形アーティストがこぞって競い合うように、その個性を存分に発揮したジュエリーをデザインしました。その百花繚乱のきらめきは、過去の様式のリバイバルと折衷を繰り返してきたジュエリー史において異彩を放ちます。しかし、それらの作品は、たとえ高い芸術性を見て取れたとしても、一部の例外を除いて成功例は少ないと、著書『A History of Jewels』のなかで、J. アンダーソン・ブラックは指摘します。

なぜなら、こうしたアーティストは素材やその特性、技法にかんする知識がなく、作りを人任せにしなければならないからです。だれの手も借りることなく、針金や石ころといった素朴な素材を使い、曲げたり叩いたりといった初歩的な技だけで千点超ものジュエリーを作ったアレクサンダー・カルダーをモダンジュエリーの先駆けとする説が強いのには、そういった理由もあるのでしょう。

いまでこそ時代が変わり、制作の外注を問題視する声を聞くことはほぼなくなりましたが、コンテンポラリージュエリーの領域で長く、ひとりあるいは少人数体制での手作業が、ひとつの条件や定義といってもいいほど重視されてきた理由のひとつには、素材への理解と技術が芸術性と切り離せないという価値観があります。そういった意味で、プリュールは伝統的な作家道を行く作家のひとりと言えます。

時代を切り拓いたパイオニアとしての側面も忘れてはなりません。西ドイツでは、ゴールドを使い、表面を荒らした重厚な作品群がモダンジュエリーの主流とされていた1960年代後半、プリュールは、同じくジュエリー作家で大学の同僚でもあったレネーテ・ハインツとともに、それ自体では価値のない素材も時に交えながら、先に述べたような意味で、具象とも抽象ともつかないジュエリーを作ります。そこに強いメッセージ性や、我こそは前衛であるというような熱い主張のようなものは感じられません。しかし、それらは確かに旧時代の堅苦しさから脱却しようという意思の表出であったのです。

私にとってプリュールは、物書きの無力を思い知らされる作家のひとりです。彼女の作品がもつ最良の部分を言葉で言い表すことなど、とうていできません。語れば語るほど野暮。そういう作家です。そんなことを言うとどこからか、書き手を名乗っておきながら怠慢だというお叱りの声が聞こえてきそうです。私の力量不足も怠けグセも、甘んじて認めるところです。しかし、物書きというのはきっと、すべてを己が言葉で言い尽くさんという自負にかられてペンをとりキーを打つ者ではなく、我が言葉の限界を知ってなお、言葉をもって語らずにはいられない生き物のことをいうのです。それに、言葉ですべてを語れるならば、そもそも形で表現する必要はないでしょう。言葉やコンセプトなんて必要ないとか、大事ではないと言いたいのではありません。それらを軽々と凌駕するのが作品の持つ底力というものです。

あるインタビューで作家はこう言います。「あらゆる解釈に嫌気がさすようになった」、「自分たちが扱うのは形であり、言葉が必要になるとしたら、形がじゅうぶん良いものになっていないから」。その信念は教育方針にも貫かれています。同じインタビューでプリュールは、学生たちに教えはしても、講義をしたことはないと語ります。自分のしていることを見てもらい、その試行錯誤する姿から、物事は一度の試みで成功するものではないことを学んでほしいのだ、と。

さらには、形に重きを置きつつも、それがすべてではないとも説きます。だいじなのは態度であり、それがおのずと形をつくる。ただし、形は勝手にでてきてくれはせず、それを導き出すにはたくさんの努力が必要。その教えを何よりよく語るのが作品です。

その他の多くのジュエリー作家と同じく、プリュールもまた、日本語資料がほとんどありません。そのなかでこの作家の仕事について詳述されているものに、水野孝彦著『世界のジュエリーアーティスト 上巻』がありますので、このテキストを読んで関心を持ってくださった方は、ぜひ手に取ってみてください。

この本のプリュールについて書かれた章で著者は、ジュエリーとは「人間の精神も含めて、人体を飾るもの」と述べます。コンテンポラリージュエリーのまたの名は、こじらせジュエリー(完全な私見です。異論は認めます)。うっかりこの森に分け入った人は、知らないうちに深みにはまり「ジュエリーとは?」なんて聞かれたら、気の利いたこむずかしい答えのひとつでもひねり出したくなるものですし、そうしなければ怒られそうな気がして構えてしまうもの。

そんな陥穽にはまることなく、シンプルの極みともいえる言葉でズバリと答えられるのは、長くジュエリーを愛し、作家作品の一大コレクションをもつ著者だからこそといえましょう。同時に、この著者をしてその言葉をつむがせた背景には、心を揺さぶるプリュールの仕事の力が少なからず働いていることは言を俟ちません。著者の言葉を借りるなら、ドロテアの作品は、ジュエリーの根源的なありようのひとつを体現しているといえるのかもしれません。


参考文献:
Florian Hufnagl [ed.], 'Dorothea Prühl Colliers', Stuttgart: Arnoldsche Art Publishers, 2009
J. Anderson Black, 'A History of Jewels', London: Orbis Publishing, 1974
水野孝彦『世界のジュエリーアーティスト 上巻』美術出版社、2007年

参考ウェブサイト:
In Conversation with Dorothea Prühl by Benedikt Fischer, Art Jewelry Forum
https://artjewelryforum.org/interviews/in-conversation-with-dorothea-pra%C2%BChl/ (最終アクセス:2026年2月27日)


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