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「亡くなったので..」と言う度に

夫が亡くなったのは2022.5 。
4年も経った。(時が経つのは早い)
夫は、亡くなる前から15年位自病を持っていたので、段々と仕事にも支障が出たし、その間
2人の息子を自立させる為に、経済的にも私は、
しっかり働いていて大変だったし、不安だった。

だから、最後に癌で亡くなった時は余命宣告をされていたこともあり、ショックとかは無く、
看取る事が出来て良かった。と、
私の中では、沢山頑張ったからあれ以上の事は出来なかったと言う、やり切った感があった。

なにしろ
その2年前に28才だった次男を突然の事故で亡くしたのだから、もう何も怖いものは無かった。

でも、60歳で亡くなった夫との思い出は、
時が経てば経つほど、元気だった頃の
良い場面ばかりを思い出すようになって来ている。


今日はパスポートの申請をして来た

近くのドラッグストアで、証明写真を撮り
公民館で戸籍謄本を取った。

その時、窓口の女性に
「おはようございます。お久しぶりですね」
と、声をかけられて、見ると、昔、合唱に来ていた面識のある人だった。
(私は合唱をかれこれ22年続けている)

個人的に会話をしたことは無く、あちらが私の事を覚えていたことに、ちょっとびっくりした。

用紙の書き方

戸籍謄本の請求用紙の「筆頭者」の欄は、私で良いのか?
わからなかったので空欄でだすと
「筆頭者を書いてください」と言われたので
主人はもう亡くなったので、私の名前?」
と、聞いたら
「筆頭者は亡くなっても、ご主人の名前ですよ」
とのこと。
ああそうなんだあ。と心の中で思って
夫の名前を記入した。

「主人はもう亡くなったので」

その一言は、手続きのために必要な説明だった。
でも、その言葉を口にしたのは私自身。

喪失を口にしたら

ああ、夫は亡くなったんだ。と
あの大変で不安な気持ちの末に看取った時の気持ちを 追体験 したみたいな感じだ。

でも

誰かに傷つけられたわけではない。
自分で口にした言葉が、自分の心を少しだけ傷つけただけ。

普段の何気ない生活の中で、
人は、皆、ちょっとずつ傷ついている。

結婚してる、してない。
子供がいる、いない。
親がいる、いない。
還暦頃になって今度は
子供が結婚した、しない。
孫がいる、いない。

もっと細かく、子供の成長過程は、本当に沢山
嫌な思いをした。

他人と比較する人達とは、なるべく絡まなかったけど、今は、資産がある、ない。
年金が多そう。 とか、
他人の懐具合を話題にする人達もいる。

若い頃、学習してこなかったのかな?
もう、いい大人なんだから、他人のプライバシーを気にするより、自分の心を育てませんか?

そんなふうに思ってる私でさえ、
ちょっとした手続きで発した、自分の言葉で
喪失を思いだしてしまう、この日常。

窓口が面識ある人だったから尚のことだった。

夫が病気になどならず、今もそこそこ元気だったら
何処に行くにも一緒の仲良し夫婦だっただろうなあ。と、もういないから、勝手にいい夫を作り出して幸せを感じている

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