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リーサルマイホーム! 第2話

【本文】

 まさか刑事の俺が殺し屋の少女三人と同居することになるなんて。
 俺はジイさんから受け取った書類をただ呆然と見ていた。
 こんな話は冗談だと思いたいが、書類も本物だし、辞令となれば受け入れるしかない。
「海道。この三人が安全だとわかるよう、おまえが面倒を見るのだ」
「それって、どれくらいだよ?」
「一年はかかるだろう。だが、もし安全だとわかれば、この娘らは裏社会から離れて元の生活に戻ることができる。学校にも通えるのだ」
「…………」
 俺は深々とため息をこぼした。
 一年も殺し屋の女の子たちと一緒に暮らすのか。
「家はどうするんだよ? 俺のアパートは狭いし、ここに住むのか?」
「そんなわけがなかろう。おまえたちが住む家も用意してある」
 ジイさんは袖の下から鍵を取り出した。
「そこで一緒に生活しながら、社会常識も学んでもらう。この娘たちは殺し屋として育てられたせいで、ちと社会常識に欠けるところがあるからの」
「…………」
 俺は朱遠の方に顔を向けた。
 確かに普通の女の子は侵入者に裸のまま、拳銃を突きつけることはないし、男に下着姿を見られても平然としたままではいないだろう。
「……何?」
 朱遠が視線に気づいて睨みつけてきたので、俺は慌てて「なんでもない」と手を振る。そんな俺たちを放っておいて、〝真央〟という黒髪の少女がジイさんに質問した。
「……ねえ、シゲミチ。新しい家にはゲーム機はある?」
「ああ。もちろんじゃ。好きなだけ遊んでよいぞ」
「わーい!」
 真央が両手を上げて喜ぶと、ジイさんは柔和な笑顔でうなずく。
 裏社会に恐れられた〝鬼の重道〟は、どこに消えたのか。
 そういや、バアさんが生前にジイさんは孫娘がほしかったと言っていたし、朱遠たちを孫娘か何かだと思っているのかもしれない。
 俺がじっとジイさんを見ていると、視線に気づいたジイさんは威厳を取り戻して、わざとらしく咳払いをした。
「いつまでぼさっとしておる。さっさと朱遠と一緒に家を見てこい」
「……え? あいつと?」
 俺が朱遠に顔を向ければ、彼女は無表情のまま立ち上がった。
 そもそも元殺し屋が自由に出歩いて大丈夫なのか? そんなことを考えていると、俺の考えを察したように、レナが身を乗り出してきた。
「心配ナッシング。アタシたちの首には発信器が埋め込まれて、居場所がいつもわかるようになってるからね。このチョーカーもアタシたちが犯罪者だって証なんだって」
 どうやら三人は逃げられないように、しっかりと見張られているらしい。
 朱遠は居間の出口から俺に声をかけた。
「さっさと行くわよ」
 俺も立ち上がって部屋を出ようとすると、ジイさんが「海道」と呼び止めた。まだ何かあるのかと振り返れば、ジイさんが怖い顔をして言った。
「よく注意しろ。この三人のことは、警察のごく一部しか知っておらん。決して正体を知られるな。公になれば、普通の娘にはなれぬからな」
「……マジかよ」
 またひとつ大きな責任を背負わされて、俺は外に出たのだった。

 俺と朱遠のふたりは、新居となる家を目指して歩いた。
 その道中、俺たちの間には、気まずい空気が流れていた。ただでさえ俺はこの年頃の女の子が苦手なのに、しかも元殺し屋だなんて。
 けれど、これからは一緒に生活をしなければいけない以上、少しは仲良くしようと、勇気を振り絞って声をかけてみる。
「あー、あのさ……」
 話しかけようとした矢先、朱遠が隣から無表情に答えた。
「無理に話そうとしなくていいから。あたしもあなたと仲良くなるつもりはないわ」
 けんもほろろな言いようだ。これだから、この年頃の女の子は苦手だ。けれども、諦めずにもう一度声をかけてみる。
「これからは一緒に暮らすんだし、少しは仲良くしないか?」
「他のふたりは知らないけど、あたしは他に行く場所がないからいるだけ。もし行くあてを見つけたら、とっとと出て行くわ」
「いや、発信器があるんだし、出て行くのは無理だろ」
「そんなものはどうとでもなるわ」
 全く可愛くない言い方だ。
 確かに俺が心配することではないが、それではせっかく朱遠たちを普通の娘に戻れるようにしているジイさんや親父の思いを無駄にさせてしまう。
「おまえは普通になりたくないのか? 拳銃なんていらない生活に……」
「それが余計なお世話だって言ってるの」
 ふいに朱遠が急に睨みつけてきた。鋭い眼光で俺を突き刺してくる。
「あなたたちがやってることは、野良猫を勝手に捕まえて、勝手に哀れんで首輪をつけているのと一緒。勝手な価値観を押しつけないで」
「…………」
 そんなふうに言われたら、何も言えなくなる。
 確かに親父もジイさんも俺との同居を勝手に決めたが、朱遠たちが何を望んでいるかは聞いてなかった。
「あたしは五歳の時にマフィアに誘拐されて、それからずっと殺し屋として育てられた。あたしがどこで生まれたのかも、本当の自分の名前ももう思い出せない。あたしは殺し屋として生きることしかできないの」
「…………」
 朱遠は淡々と語るが、俺にはそれはとんでもなく悲しいことに思えた。
 五歳の時に誘拐されて、それから殺し屋になるように育てられた。一流の殺し屋としての腕はあるだろうが、それしか知らない人生だなんて……。
「あたしには家族もいないし、今さら元の生活だなんて……」
 朱遠がそう言った時だった。
「パパー、ママー、待ってー!」
 ふいに幼い子どもの声が俺たちに聞こえてきた。
 その声に引き寄せられるように、朱遠が俺から声の方へと顔を向けた。それは街中の公園の風景だった。幼稚園の帰りだろうか。子どもたちが親や友達と一緒に楽しそうに遊んでいる。
「…………」
 ふと朱遠の顔を見れば、惚けたように子どもたちを見ていた。けれど、だんだんとまぶしいものでも見るように目を細めていった。
 やがて彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちていった。
 思わず俺はぎょっとして朱遠に声をかけた。
「おまえ……」
 朱遠ははっと我に返って手で目元をこすった。
「なんでもない。さっさと行くわよ」
 慌てたように朱遠は、顔を逸らして歩き出した。
 彼女の背中を見ながら、俺の中で疑問が浮かび上がった。
 朱遠は本当に殺し屋を続けたいと思っているのだろうか? 俺にはとてもそうは思えなかった。
 子どもたちを見る朱遠の目がどこか憧れを感じているように思えた。誘拐されなければ、歩めたはずの普通の子ども時代……。
 そんなことを考えていると、急に悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあー!」
 俺と朱遠がとっさにそちらを見れば、幼い子どもがふたりの覆面の男に抱えられ、無理矢理車の中に押し込められそうになっていた。
「誘拐!?」
 俺は反射的に車の元へと駆け出していた。
 急いで子どもを取り戻さなければ。けれども、子どもを乗せた車は、エンジンをかけて今まさに出発しようとしていた。俺はなんとか車の扉に飛びついて開けようとした。
「止まれ!」
 だが、誘拐犯は構わずに車を発進させた。車は扉が開いたまま俺を引きずり、発進する。それでも俺はなんとか逃がすまいと車の扉を掴んでいた。
「てめえ、下りろ!」
 誘拐犯が俺に蹴りを入れて振り下ろそうとする。先日の左肩の負傷もあって、俺が手を離しそうになった矢先、車の運転手が叫んだ。
「なんだ、あいつは!?」
 かろうじて俺も前方を見れば、公園の木々の上から朱遠が車の行き先に飛んできた。
 車が正面から突っ込んでくるのも構わず、朱遠は拳銃を構える。フロントガラスに向かって数発発砲する。ゴム弾とはいえ、実弾を浴びた前方のガラスにひびが入る。そのまま道路脇の柵にぶつかって停止した。
 誘拐犯がよろよろと外に出たところ、すでに朱遠が目の前に立っていた。
「このアマぁ!」
 誘拐犯は朱遠を殴ろうとしたが、彼女は華麗に避けると、そのまま蹴りを食らわせて、男の体に銃弾を何発も撃ち込んだ。
「ぐあっ!」
 悲鳴を上げて倒れ込む誘拐犯の額に、朱遠は銃口を突きつけた。
「もしまた誘拐したら、次は確実に殺す」
 それは殺し屋としての冷たい表情だけではなく怒りにも満ちた顔だった。そして、引き金を引いて、誘拐犯を気絶させた。
「海道、子どもは!?」
 朱遠に呼びかけられて、俺が車の中を見れば、子どもはなんとか無事だった。泣きじゃくる子どもを俺は抱き寄せて、「もう大丈夫だからな」と声をかけた。
 そんな俺たちを見て、朱遠もほっと息を吐いたのだった。

 その後、すぐに警察に連絡をして誘拐犯は逮捕された。
 朱遠は正体を知られないためにも、俺が誘拐犯を捕まえたことになった。
 ようやく二時間の取り調べを受けて、ようやく警察署から解放されたところで、朱遠が警察署の向かい側の道路で待っていた。
「……遅かったわね」
 相変わらず無感情で労いの言葉もない。
「少しは心配してくれてもよかったんじゃないか? おまえのことを隠すの大変だったんだぞ」
 俺はぼやいたが、そんなこと気にもせず、朱遠はひとつだけ質問した。
「あの子は無事だった?」
 誘拐されかけた子どもの頃を言っているのだろう。
「ああ、軽い怪我だけだった。親御さんからも感謝されたよ」
「……そう。よかった」
 朱遠はほっとしたような表情で、かすかに微笑んだ。
 無愛想な朱遠が微笑んだことに、俺はびっくりした。
(そんなに子どもが心配だったのか?) 
 そう心の中で思ってから、俺ははっと気づいた。
 もしかしたら朱遠は誘拐されかけた子どもと、誘拐された子どもの時の自分を重ねたのかもしれない。だから、誘拐犯に対しても怒りを見せたのだろう。そんな風に考えたら、急にこの元殺し屋に親しみがわいてきた。
「……何?」
 目を細めて見つめる俺に、朱遠は質問する。
「なんでもない。さあ、家を見に行くか」
 朱遠は不思議そうに首を傾げてから、俺についてきたのだった。

〈第2話 終わり〉
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