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あいをしるひと⑥

あなたからの手紙を握りしめる
きっともう、どこにもない
そのまなざしは遠くを目指す
あぁ、
泣いちゃいそうよ、バカみたいね

この恋は、果てまで行ってしまった
見つけて、手放して
わたしの知らないところを目指す
あぁ、
泣いちゃいそうよ、バカみたいね


 あのときふざけて作った曲が、違う声で歌われる。マイクに向かうよるを、マキは見つめていた。よるがみゆの友だちで、ゴトウの事務所のアルバイトだと知ったのは、ついさっきだった。
 学園祭で一度だけ歌われたその曲。その映像をどこからか発掘してきて、聴きたい、歌ってよとみゆにせがまれた。けれどマキは、恥ずかしくて断った。
 みゆは残念そうな顔をして少し考え込んだあと、じゃあ友だちに歌わせてもいいかと聞いてきたのだ。いいよとマキが承諾したとき、みゆはすごく喜んだ。なにがそんなに刺さったのかは分からないままだけれど。
 歌を聴いていて、マキはふと思う。泣いてしまえばよかったのかもしれない。納得のいく別れなんて、そうそうないんだから。 
 ゴトウに誘われたあと、みゆにも誘われて訪れたライブバーは、マキにとっては冒険の延長だった。普段、行かない場所。だけどここは、みゆの特別な場所。自分の大切な場所を教えてくれたんだ。そう考えるとマキの心はじんわりとした。
 どんどん大きくなる。あの子は逞しくて、気高い。マキはそれを知っている。傷つけられて裏切られても、ちゃんと見つける。みゆは、いるところをちゃんと選べる。誇らしさが胸を掠めて、なんだか泣きたくなった。
 恋しさでも切なさでも、悲しいわけでもなく、ただ、目の前の情景が涙を誘う。体から出ていく涙と、体に溜まっていく涙は、どちらが悲しいのだろうか。傷んだ心に滲みるのは、どちらなのだろうか。
    なんだか、また曲ができそうだと、マキはステージに目を向けたまま小さく笑った。あの懐かしい歌は、もう終わっていた。

「マキ」

 呼ばれた気がした。ずっと、会いたかった声に。だけど振り向いたら、消えてしまわないだろうか。マキの怖がりが、また顔を覗かせる。
    もしもはたくさん考えた。再会できたらどうしようか、なにから話せばいいのか、いなくなった理由は、教えてくれるのだろうか。
 もし、改めてさよならを言われたら。受け入れる準備はしたつもりだった。聞きたかった声が、ただただ怖かった。ごめんもさよならも、もう聞きたくない。

「そのままでいいから、聞いて。本当に、ぼくは情けない。情けないんだけど、戻ってもいいかな。きみとサンがいるところに、ぼくは戻りたい」
「あなたは、わたしを置いていった。あの手紙は、あなたを守ってくれた?」
「確かにあれは、自分を守るためだった。だけど間違ってた。ただ、惨めで逃げてしまった」

 マキは、振り向かなかった。きっとショウは泣いている。そう、思ったから。それに、自分の泣き顔を見せるのも、なんだか悔しかった。

『あぁ、泣いちゃいそうよ、バカみたいね』

 いつの間にかアンコールされていたあの曲に、我慢できなくなって、マキは振り向いた。

「たぶんわたしは、なにも言わないあなたを責めていた」
「うん」
「言えないこともある、それは分かるの。分かるけど、やっぱり言ってほしかった」
「うん」

    ショウの口から語られる当時の出来事は、マキをも不安にさせた。暗い、重い、言えなかった感情をショウは吐露していく。

「君を巻き込みたくなかった。だけど、巻き込んでおけばよかった」

 あの、置き手紙。ごめんと書いた置き手紙をショウは、別れの手紙にするつもりはなかった。だけど、待っていてとも書けなかった。戻るとも書けなかった。ただ、無言で去ることもできなかった。
 押しつぶされた心を、丁寧に回復してきた。その過程を知らされたマキは、なにも言えなかった。あんなに好きだった仕事が、ショウを追い詰めていったのだから。
 なにができただろう。迷いを抱えたショウに、なにを言えただろう。支えになるなんて、そんなこと言えない。あのまま一緒にいたらきっと、共倒れだった。
 晒されたあのときの理由は、マキを惑わせる。ショウはそれを避けたかったのかもしれない。

「会いたかった、ものすごく」
「ぼくも」

 手に触れた温かいものに、マキは顔を上げた。指に嵌められたそれを、じっと見つめる。いつの間に用意したのだろうか。
    ショウを見ると、それを買っているところをみゆに見られたことを話してくれた。そうか、じゃあ、だいぶ前から用意されていたのか。
    それからお互いの近況を話していくと、どうやらこの今は仕組まれたことなのだということが分かった。もちろん、二人が今日ここへ来るかどうかは賭けだったのだろうけど。
 サンはどうしてるかとショウが聞くのでマキは、一緒に迎えに行こうかと言った。お礼は後日、伝えよう。ここから抜け出して、久しぶりに二人と一匹で夜の散歩をしよう。その魅力的な誘いを、ショウは受ける。
 二度とないかもしれないと思っていた時間。これからもどうなるかなんて、分からないけれど、もう手放したくはない。握った手を、もう一度握り直して、一歩を踏み出す。その一歩がどういうものなのか、今度はしっかりと二人ともに分かっていた。



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