放課後の小籠包はわたしを大学生にした
寄り道して帰ることに未だ抵抗がある。
わが家はスケジュールの共有が徹底している。それも、何時にどこで誰と会うのか、何をするのか、なるべく事細かに伝えること。寄り道をした際にはどこに寄って何をしたのかをちゃんと報告する。
大学生といえど自分はまだ子供で、親の援助を受けて生活しているわけだから、条件に文句はない。はずだった。
最近、そういうのがちょっと億劫になりつつある。
別に訊かれてマズいところに行っているわけではないのだけれど、なんだかなぁって思う。1から10まで、自分以外の人間に全部知られるのが少し怖い。たとえそれが両親でも。
やましいことをしたいわけではない。そのルールのおかげである程度守られているということも分かってる。でも…
鎖のようなものをほどく術は見つからず、何となく寄り道を避け、早めに家に帰って、課題なり文章の生成なりゲームなりに時間を費やすことが増えていった。
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その日は必修科目の補講日だった。
メンバーは同じ学科の人たちばかり。おはよー、休日に授業受けに来てるのエライ!がんばろうね、なんて言って、いつも通りの位置に座った。
通学の往復が長くて面倒なだけで授業自体は楽しい。本当に恵まれた環境にいるな、と考えながら必死に食らいついていく。
ひとつも漏らさずに、は難しいけれど、たくさんたくさんメモをとっていたら90分はあっという間。お疲れ自分、と大きく伸びをした。今日はライブDVDを買って帰る日。ちゃんと事前にことわってきたから大丈夫。なるべく早く帰ればいい。
「お疲れ!今日はもう帰り?」
その場にいたクラスメイトたちに挨拶する。
「楽器屋寄ろうかなって」
「私はそれについてくの」
友人ふたりはそう答えた。
楽器店。わたしの用事がある駅と同じ駅にある魔窟。そこへ行くと必要以上に長居してしまうのは自分がいちばんよくわかっている。しかも同じように音楽オタクの友人ふたりと一緒、だ。白熱しないわけがない。
「えー楽しそう、わたしも一緒にいい?」
なのに考えるより先に口が動いていた。
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帰る方向とは逆の電車に揺られて10分。楽器店に到着した。
わたしたちは専攻としている楽器も、興味のあるジャンルもそれぞれ異なる。だから同じ楽器店に行っても、飛びつくものが違う。ひとりはギター、ひとりはキーボード、わたしは楽譜コーナー、といった具合に。
お互いがお互いの知識や、レッスンでの出来事を話しあって笑ったり、試し弾きのできるキーボードで好きな曲を弾いたり。
「すごいね、弾いてって言ったらすぐに披露できる曲があって」
推しの曲を楽しそうに弾く友人に、わたしは思わずそう言った。
ピアノが弾けると言うとよく何か弾いて、と言われる。悪い気はしないけれど、披露できるレパートリーがなくていつも断ってしまうから、と言うと、
「せっかく弾いてって言ってくれてるのに、断っちゃうなんてもったいないじゃん。だから練習してるんだよ」
彼女は明るくそう言った。
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「この辺にある小籠包がめっちゃうまいんだけどさ、食わん?」
ひとしきり楽器店で過ごしたあと、もうひとりの友人が言った。
その頃にはもう17時をまわっていた。これから用事を済ませて帰るなら、家族は夕飯を食べ終えてしまっているだろう。
「食べたい。どこ?」
なんだかすごくわくわくした。子どもっぽいと笑われるかもしれないけれど、買い食いなんて多分2度目くらいのことだったから。しかも友達のおすすめの、初めて知ったお店で、夕食前に。
小籠包は熱くて、もちもちで、ちょっと食べづらくて、最高に美味しかった。家族は知らない味。わたしと、ふたりが知っている特別な味。
ふたりには気づかれないように、こっそり笑ってみる。
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ふたりと別れた頃には夕陽が沈みかけていて、欠けた月がこっちを見ていた。授業以外でこんな遅くに帰るのは久しぶりだ。
演奏家になるとかならないとか、そんなことは関係なくて、好意で言ってくれた「弾いてよ」には応えた方が自分にも相手にもきっといい。そうだ。
誰かに聴いてもらいたい、という気持ちが心のどこかにあったはずなのに、どうして忘れてしまったんだろう。
しぼんでしまった過去のあこがれが、今日少しだけ息を吹き返した。
「寄り道していました。これから帰ります」
母とのLINEにそう連絡し、スマホを閉じた。今度こそ、帰路につく。
今日、少しだけ大人になった。
