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40代独身、外資系で10年働いてきた私が「このまま働き続けるのしんどい」と思ったときに整理したこと

外では普通に働いているのに、家に帰ると何もできない。
ちゃんとしているように見られるのに、心の中ではずっと息苦しい。
頑張っているはずなのに、なぜかいつも疲れている。

もしそんな感覚に覚えがあるなら、このnoteには少しだけ重なる部分があるかもしれません。

私は、転職4回・昇進3回落選・外資系10年目の40代独身です。
ここまで働いてきましたが、その裏ではずっと
「消耗しやすい自分」と付き合い続けてきました。

このnoteでは、そんな私が、なぜここまで疲れてきたのか。
どうしてそれでも働き続けてきたのか。
そしてこれからは、もう少し自分に正直に
自分にやさしく生きていきたいと思うようになった過程を書いています。

はじめに

このnoteを開いてくださって、ありがとうございます。

私は、転職4回・昇進3回落選・外資系10年目のHSP/INFJです。
40代独身で、一人っ子。
ずっと迷いながらも自分なりに進んできました。

外から見ると、普通にしっかりした人に見えるのだと思います。

でも実際は、
家に帰るとぐったりして何もできないし
人に囲まれる環境にいるだけで気づかないうちに疲れていたり、ずっとどこかに息苦しさを抱えてきました。

周りからは真面目とかしっかりしていると
言われても、自分の中では
頑張っているのに報われた感じがしない。
それなのに長い間、そのしんどさを
「私が弱いからなんだろう」と
片づけてきた気がします。

そんな中でHSPという言葉を知って、
やっと自分の疲れやすさや消耗のしやすさに
少し説明がついた気がしました。
さらに40代になって、老後やお金のことを
現実的に考え始めたとき、私は初めて、
「このまま今の働き方の延長で生きていく前提」で
未来を考えていたことにも気づきました。

このnoteは、そんな私が

  • なぜこんなに消耗していたのか

  • なぜそれでも働き続けてきたのか

  • そして、どうやって少しずつ「消耗しない生き方」の方へ考え方を変えてきたのか

を、ひとつの流れとしてまとめたものです。

キラキラした成功談ではありませんし、
劇的に人生が変わった話でもありません。
むしろその逆で、遠回りしたり、立ち止まったり、
羨ましくなったり、自分にがっかりしたり
しながら、それでも少しずつ、
自分に合う方向を探してきた記録です。

このnoteは、特にこんな方に読んでいただけたら嬉しいです。

  • 外では普通に働いているのに、なぜかいつも疲れ切ってしまう方

  • HSPやINFJという言葉が気になっている方

  • 40代に入って、働き方や老後を急に現実的に考え始めた方

  • 頑張ってきたはずなのに、「このままでいいのかな」と感じている方

  • 本当はもっと自分に正直に、もう少し生きやすく生きたいと思っている方

前半では、私がどう消耗してきたのか、
HSPを知って何が変わったのかを書き、
後半では、外資系10年で身につけた
「消耗しないための工夫」や、
老後・働き方の見直し、そして20代の頃から
ぼんやり思い描いていた理想に、
今どう近づこうとしているのかを書いていきます。

もし今、言葉にしにくい疲れや生きづらさ、
将来への漠然とした不安を抱えているなら、
このnoteのどこかに、
あなたと重なる部分があるかもしれません。

自分なりに迷って、考えて、選んできた過程を
できるだけ正直に書いてみようと思います。

第1章 消耗しながらも、それでも続けてきた理由

1-1 「今日1日、楽しく過ごせますように」と唱えてから出社していた日々

外資系で働き始めてからしばらくの間、
私には小さな習慣がありました。

出社前に、心の中でそっと
「今日1日、楽しく過ごせますように」
と唱えることです。

仕事で成果を出せますように、ではなく
楽しく過ごせますように。
今思うと少し不思議な言葉ですが
当時の私には必要なおまじないのようなものでした。

その頃の私は、外では普通に働いていました。
仕事はちゃんとやってしっかりもの
その場に必要な振る舞いもできる。
周りから見れば、むしろきちんとしている側だったと思います。

でも帰宅してからの生活は、とても静かでした。
ご飯を食べて、お笑いのYouTubeを見て、寝る。
それをほぼ毎日繰り返していました。

何か大きくメンタルが崩れたわけではありません。
ただ、明日また仕事に行くためだけに夜を使っているような時期が、気づけば長く続いていました。

今ならわかります。
あれは元気に暮らしていたというより、静かなサバイバルモードでした。

当時はそれを「仕事だから仕方ない」と思っていました。
社会人なんだから疲れるのは普通。
みんなも頑張っている。
自分だけが特別しんどいわけじゃない。
そう思いながら過ごしていましたが、毎朝おまじないのように自分を励まさないと仕事に向かえなかった時点で、やっぱり少しずつ削られていたんだと思います。

1-2 B型なのに仕事だけA型になる、完璧主義の正体

私はよく、自分のことを「B型なのに仕事だけA型になる人間」だと思っています。

普段の私は、そこまできっちりしたタイプではありません。
でも仕事になると急に細かいところが気になり始めます。
資料の言い回し、見え方、伝わり方、相手がどう受け取るか。
少しでも違和感があると、そのまま出すのが不安になる。
「まあこれでいいか」が、なかなかできませんでした。

外資系で学んだことのひとつは、スピード感です。
とりあえずやってみる。完璧じゃなくても動きながら修正していく。
その文化は、今の私にとって大きな学びでした。

でも入った当初の私は、それが本当に苦手でした。

「まずやってみよう」と言われても、その前にものすごく考えてしまう。
本当に大丈夫かな、失礼じゃないかな、足りてないと思われないかな。
上司のサポートが手厚いわけでもなかったので、余計に「自分がちゃんとしなきゃ」と抱え込みやすかったのだと思います。

たぶん私は、失敗そのものよりも、失敗したときに周りにどう見られるかを気にしていました。

ちゃんとしていないと思われたくない。
頼りないと思われたくない。
期待を下回りたくない。

だから仕事の場面では、必要以上に気を張っていました。
そのやり方は自分を守ってくれる一方で、少しずつ消耗もさせていたのだと思います。

1-3 お笑いが「言葉にできない気持ちを翻訳してくれる存在」だった6年間

そんな毎日の中で、私を静かに支えてくれていたのがお笑いでした。

帰宅して、ご飯を食べて、お笑いのYouTubeを見る。
この流れが、私にとってはかなり大事でした。

最初は、何も考えずに見られるから、という理由だったと思います。
仕事で考えすぎた頭を少し休めたかった。
夜くらいは、笑えるものを見ていたかった。

でも続けるうちに、私にとってお笑いは、ただ笑うためのものではなく、言葉にできない気持ちを翻訳してくれる存在でもあったと気づきました。

人との距離感に疲れる感じ。
場の空気を読みすぎてしまう感じ。
なんとなくモヤモヤするのに、うまく説明できない感じ。

そういうものを、お笑いは驚くほど自然に言葉にしたり、笑いに変えたりしてくれます。

ストレートな物言いだったり、人の性格をちょっと斜めから見る視点だったり、イキった行動や発言を笑い飛ばしてくれる感じだったり。
そんな切り口に、何度も救われてきました。

「ああ、あの感じってこれだったんだ」
「私だけじゃなくて、こういう気持ちはちゃんとあるんだ」

そんなふうに思える瞬間が何度もありました。

私は昔から、人の感情や空気の流れを拾いやすいところがあります。
でも、拾ったものをうまくストレートに言葉にするのは得意ではありませんでした。
だからこそ、お笑いにずいぶん助けられていたのだと思います。

ちゃんと回復した、というより、笑って過ごせる時間があることで、なんとかその日を少し楽しく終えられる。
そんなふうに思わせてくれる、小さな支えでした。

1-4 それでも外資系を辞めなかった、たった一つの理由

ここまで書くと、そんなにしんどかったなら、どうして辞めなかったのかと思われるかもしれません。

理由はいろいろあるようでいて、いちばん大きかったのは、
外資系で働くことで、自分の世界が広がっている感覚があったから
だと思います。

しんどいことは確かにありました。
でも同時に、今までの自分にはなかった考え方やスピード感に触れられたことは、本当に大きかったです。

「まずはやってみる」
「完璧じゃなくても前に進める」
「ひとりで抱え込まず、チームでなんとかする」

当時はまだ、それをうまく自分のものにできていませんでした。
それでも、こういう考え方を少しずつ身につけていけば、今より楽になれるかもしれない。
そんな感覚が、どこかにあったのだと思います。

もうひとつ正直に言うと
私は「ここでやっていける自分でいたい」
という気持ちも強かったです。
転職を4回してきた中で
新しい環境に入るたびに必死で馴染もうとしてきたからこそ、簡単に「合わないからやめよう」とは思えなかったのかもしれません。

今振り返ると、私はただ消耗していただけではなく、
消耗しながらも、自分を守る方法を少しずつ覚えていた
のだと思います。

ただその頃の私は、まだ、自分がなぜこんなに疲れやすいのかをうまく説明できませんでした。

人より少し敏感なのかもしれない。
考えすぎなのかもしれない。
ただ自分が弱いだけなのかもしれない。

そんなふうに思っていた時期に、少しずつ名前がつき始めた出来事がありました。

次の章では、私がHSPという言葉に出会って、消耗の正体にやっと説明がついた日のことを書きます。

第2章 HSPを知って、消耗に「名前」がついた日

2-1 YouTube動画で「繊細さん」に出会った夜

第1章で書いたように、私は長い間、外では普通に働いているように見えながら、内側では静かに消耗していました。

でも当時の私は、その疲れにうまく名前をつけられませんでした。

人に囲まれると疲れる。
機嫌の悪い人が近くにいるだけで落ち着かない。
頼まれると断りにくい。
人のちょっとした言い方や表情が気になる。

でも、それを「そういうものだから」と思ってやり過ごしていた気がします。

HSPという言葉を知ったのは、5年くらい前のことでした。
きっかけは、YouTube動画でした。
本の紹介動画の中で「繊細さん」という言葉が出てきて、HSPという概念が紹介されていました。

そのとき私は、思っていた以上にその内容に引っかかりました。

人の感情に反応しやすいこと。
断ることに強いストレスを感じること。
人と関わる時間が長いと、どっと疲れること。
場の空気が悪いだけで、心まで持っていかれること。

どれも、「私だけかもしれない」と思っていた感覚でした。

でも動画の中では、それが「そういう特性としてある」と説明されていました。
その瞬間、私は初めて、自分のしんどさがただの甘えや気のせいではなかったのかもしれない、と思いました。

2-2 「自分だけじゃなかった」という、妙な安心感

HSPという言葉を知ったときの気持ちを思い返すと、いちばん近いのは
「妙な安心感」でした。

感動して泣いた、というより、もっと静かで不思議な感覚です。

「ああ、自分だけじゃなかったんだ」
「こういう感じ方をする人は、ちゃんといるんだ」

その事実が、じわっと自分の中に入ってきた感じでした。

もちろん、HSPと知ったからといって、急に生きやすくなったわけではありません。
次の日から疲れなくなるわけでもないし、人の機嫌が気にならなくなるわけでもありません。

でも少なくとも、
「なんで私はこんなに疲れやすいんだろう」
「なんでこんなことが気になるんだろう」
と、自分を責める回数は少し減りました。

それまでは、自分の感覚をうまく説明できなかったから、全部を性格の弱さとして受け取っていた気がします。

でもHSPという言葉を知ってからは、
「弱い」というより、受け取り方のアンテナが細かいのかもしれない
と考えられるようになりました。

それは、自分にとってかなり大きな変化でした。
今思うとあのとき初めて、私は自分の取扱説明書の最初の1ページを手に入れたのかもしれません。

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