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あの頃の私は、40代をまったく想像していなかった。

先日、長年使っていたバッグを、修理に出しました。

革の角がすり減って、金具も少しくたびれてきて。

お店の人に「いつ頃買われたものですか」と聞かれて、ふと考えました。

「これ、20年以上前に買ったものです」

そう答えたとき、自分でも少し驚いてしまったのです。

20年以上経っても、まだ大切に使い続けているもの。

修理に出すという選択を、迷いなくできるもの。

そのバッグを見ながら、ふと「あの頃の私」が浮かんできました。

20代の、まだ何も知らなかった私。

「あのとき、40代の自分をどんなふうに想像していたんだろう」

そう思って、記憶をたどってみました。

でも、たどってみて、少し意外なことに気づいてしまいました。

私は20代の頃、40代の自分を、ほとんど思い描いていなかったのです。

未来というより、目の前のことでいっぱいいっぱいだった気がします。

「いつか、好きな人と一緒にいるのかな。」

そんなことを、ぼんやり考えたことはあります。

でも、それ以上の未来は、うまく想像できませんでした。

結婚している自分も、何かを積み上げている自分も、どこか他人の人生のように、現実味がありませんでした。

ただ、一つだけ。

あの頃から、ずっと変わらず心の中にあったものがあります。

好きなことをして過ごしたい。

それだけは、あの頃も、今も、揺るがない願いでした。


未来よりも、今日を生きていた。

思い返すと、20代の私は「将来」よりも「今」を大切にしていました。

特に好きだったのは、セレクトショップでの買い物です。

洋服やバッグ、靴。

お店に並ぶ一つひとつに、海外のデザインや、他にはない空気感が漂っていて。

「これ、どこにもないかもしれない」

そう思うと、心が躍りました。

デザイナーさんのストーリーを聞くのも、好きでした。

どんな想いでこの形になったのか。

どんな景色を見て、この色を選んだのか。

そんな話を聞きながら選ぶ時間が、何よりも好きだったのです。

懐に余裕があったわけではありません。

カードの12回分割は、もうお馴染みでした。

それでも、欲しいと思ったものを前にすると、「今しか出会えない」という気持ちのほうが、いつも先に立ってしまうのです。

損得とか、将来への影響とか。

そんなことを、深く考えずにいられた時間がありました。


現実という言葉を知った、あの年。

そんな毎日が、少しずつ変わり始めたのは、20代の終わりに近づいた頃でした。

仕事に慣れてきて、任されることが増えて、お金のことを「現実」として考えなければいけなくなりました。

好きという気持ちだけでは、生きていけない。

そんな場面が、少しずつ増えていったのです。

正直に言うと、あの頃の私は、お金の使い方が上手ではありませんでした。

交際費も、毎月のようにかさんでいました。

友達と新しいお店を開拓するのが楽しくて、仕事で疲れた日は、そのまま飲んで帰ることも多かったように思います。

「これはストレス発散だから」

そう自分に言い聞かせながら、食費にもかなり使っていました。

欲しかったもの。

行きたかった場所。

「今しか出会えない」と思ったもの。

無理をしてでも、それを選んでしまうことが何度もありました。

今の私が見れば、「もう少し計画的に」と思います。

でも、あの頃の私には、「好き」を諦めるという選択肢が、そもそもなかったのです。

余裕なんて、ほとんどありませんでした。

給料日が近づくと、お財布の小銭まで数えていた日もあります。

今思えば、笑ってしまうような必死さですが、あの頃は真剣そのものでした。

それでも、誰かに頼ることなく、自分なりに何とかやりくりしながら、毎日を過ごしていました。


あの頃の「好き」は、本物だった。

もちろん、誰かにすすめられるような生き方ではなかったと思います。

でも、不思議と、後悔はしていないのです。

その理由が、最初にお話ししたバッグなのかもしれません。

20年以上経った今も、あの頃選んだバッグは、私の手元にあります。

色褪せても、形が少し変わっても、捨てようと思ったことは一度もありませんでした。

むしろ、修理に出して、これからも使い続けたいと思っている。

それは、あの頃の私が、本当に心を動かされて選んだものだったからだと思うのです。

一時の流行りや、誰かに見せるためではなく。

「これが好き。」

そう思えたものだけが、20年経っても、私のそばに残っている。

それは、自分の気持ちが動いたものは、何年経っても変わらないという、何よりの証明だったのかもしれません。

ものは、私を豊かにしてくれました。

あの時間があったからこそ、今の私の価値観があります。

だから、無駄だったとは、どうしても思えないのです。


変わったのは、夢ではなく、叶え方。

40代になった今、私は20代の頃とは、たしかに違います。

将来のために、貯金や投資をするようになりました。

節約できるところを見極めて、自分にとって必要なものか、不必要なものかを考えられるようになりました。

欲しいものがあるときも、すぐには手を伸ばしません。

金額よりも、「これを持っている自分は、本当にワクワクするだろうか」と、感情の部分から考えるようになりました。

それと同時に、「数年後も、これを使っている自分が想像できるか」も、必ず考えるようにしています。

その場の気持ちだけでなく、少し先の自分をイメージしてみる。

そうすることで、不思議と現実的な判断ができるようになる気がしています。

ほしいものリストを作って、写真と金額を一旦保存しておく。

そして、少し時間を置いてから、もう一度自分に聞いてみるのです。

そうすることで、衝動買いと、本当に欲しいものの違いが、少しずつわかるようになりました。

ずいぶん、地に足がついたと思います。

でも、変わらなかったものもあります。

好きなものに囲まれて、暮らしたい。

心地いい空間で、過ごしたい。

その気持ちは、20代の頃から、何一つ変わっていませんでした。

変わったのは、夢ではなく、その「叶え方」だったのです。


本来の自分は、ずっとそこにいた。

最近、こんなことを思います。

人は年齢を重ねると、新しい自分になるのではなく、本来の自分を少しずつ思い出していくのかもしれません。

20代に戻りたいわけではありません。

あの頃の、無鉄砲な選び方を、もう一度したいとも思いません。

でも、「好き」という気持ちに、素直だった自分だけは。

これからも、大切にしていきたいと思っています。

あの修理に出したバッグが戻ってくる日が、少し楽しみです。

きっと、また何年も、私のそばにいてくれるのだろうと思います。


この一年は、私にとって「動く年」。

一人っ子HSPの私が、本来の自分を思い出しながら、人生を少しずつ再設計していく実験記録です。

同じように立ち止まっている誰かの、小さなきっかけになれたら嬉しいです。

📚 「一人っ子HSP、『動く年』の実験記録」
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