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『猫うた 千年の物語』淡交社

長いこと教員をやっていると、いろんな職業に就く学生を指導する。
文学部の専門知識が直接活かせる職業として出版社の編集があるが、なかなか希望通りに就職できる人はそれほど多くない。

そんな中、YBMTさんは京大の大学院に進学し、編集者になった人である。
知る人ぞ知る、敏腕編集者である。
不肖ワタクシも、ご一緒したことがある。

この本は、岡山大学関係者で作った本である。
教え子に著書の編集をしてもらうなど、多くの大学教員の中でも経験した人は少ない希有な僥倖なのではないかと思う。

YBMTさんは、くろしお出版を退職されて淡交社で引き続き出版業に携わっておられる。
で、淡交社で初めて出版されたのが上の本。

古典で、猫がどのように扱われてきたかを詳らかにする内容。
一般書としてとても優れていて、楽しく読み進めることができる。

2章は源氏物語に登場する猫の話。
女一宮の話が印象的。

3章は、猫はほとんど平安時代の和歌に出てこないという話。

4章は鎌倉時代、室町時代の話。猫+恋=雅というように、猫が読まれるようになっていった。ただし、やはり源氏物語に引っかけないと、雅感は出なかった。

個人的に気に入った歌は源仲正という人の次の歌。

真葛原 下這い歩く(ありく) 野良猫の 夏毛かたきは 妹が心か

p.76

葛の原を歩く野良猫の夏の毛のような、あなたの心よ

くらいの意味で、「夏毛かたきは」は「懐き難き」にかかっているという。
あなたはなかなか私に心を開かない。その心の固さは、葛の野原を歩く野良猫の夏毛のようであることよ。
洒落ている。

5章。江戸時代に入ると、俳諧という遊びが登場して、猫が頻繁に登場するようになる。ここへきて、猫と恋みたいな結びつきがなくなり、猫は魚が好きとか、そういういろんなことが読まれるようになる。そして、4章までは、猫の恋とはすなわち人間の恋だったのですが、江戸時代になると、本当に猫の恋みたいなものを詠むようになる。

6章。猫の恋を引き続き。そして猫がただただかわいいというものが詠まれるようになる。

かくこそあれ身を唐猫の妻問ひに騒ぐ心の恋の姿は
                    香川景樹

p.180

唐猫が妻のところへ行きたいと騒いでいる。恋する人のすがたはきっとこんなふうなのだろう。(引用)

なかなかおもしろい。

7章。明治という時代は、それまでの日本の伝統をすべて捨てて、西洋文学に新たな突破口を求めた時代。ボードレールの退廃的な文学を参考にした北原白秋などが、退廃の中の美を見いだし、そこに猫を詠むという。

この本全体で、猫大好きみたいな構成になっているのですが、同時に、和歌を中心とした日本文学史の一般向け読み物としてまとまっている。

さすがYBMT氏、優れた学者を発掘し、わかりやすい一般向け書物を作った。

自分で一般向け書物を書いたことがある者として、一般書をわかりやすく書くのって想像以上に難しい。そのためには伴走してくれる編集者の腕がかなり影響すると思うのです。YBMT氏と一緒に走ることができた著者をうらやましく思います。

というわけで、よろしければご一読あれ。

……と、YBMT氏から本をいただいていたので、書評を書いてみました。
栞に「乞御書評」とあったので。でも、本当は書評を書くのってすごく難しいのよね。


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