思考の迷宮に迷い込んだら、いちごを食べて、お肉を焼こう
ふと気がつくと、頭の中が「思考の迷宮」になっていることがある。
「もし、こうだったらどうしよう」
「あの時、あんなふうに言わなければよかったのではないか」
一度迷い込むと、思考は出口のないループをぐるぐると回り続ける。特に、どうしても叶えたい「願い」を抱えている時はなおさらだ。答えの出ない問いを握りしめ、自分を追い詰め、気づけば心はカチコチに凍りついている。
そんな時、私は昔からよくやっていた。
自分一人で抱え込んで泥沼にはまりそうな時、ふらりと誰かに声をかけて、言葉の風を通してもらう。誰かの思考や、誰かのエネルギーを借りて、自分の脳内の空気を入れ替えるのだ。
振り返ってみれば、それは私の「生存本能」であり、「幸せの引き寄せ方」だったのかもしれない。一人で悩むくらいなら、誰かの力を借りて、笑い合って、そうやって出口を探す。そんな図太くも、温かいやり方を私はずっと知っていたのだ。
そうして少しだけ呼吸が深くなったあと、私はキッチンへ向かう。
ちょうど届いたばかりの「お肉セット」が、箱の中で出番を待っている。箱を開けた瞬間の、あのひんやりとした重みと、これから美味しい料理に変わるという期待感。それだけで、私の脳内には「幸せ」のスイッチが入る。
食卓には、瑞々しいいちごもある。
真っ赤な果実を口に含むと、甘酸っぱい果汁がじわりと広がって、凝り固まっていた心がふわりと解けていくのを感じる。
思考は「過去」や「未来」にしか存在できないけれど、いちごの甘さや、焼けるお肉の香ばしい匂いは、「今、ここ」にしかない。
「今回でお願い」という、切実で真っ直ぐな願い。
その願いを抱きしめながらも、私は今の自分を一番の味方にしてあげたいと思う。だから、思考が迷宮に入りそうになったら、また私は美味しいものを食べるだろう。自分を甘やかし、自分を慈しみ、そうやって「お迎え」の準備をするのだ。
もし今、あなたも思考の迷宮で迷子になっているのなら、一度立ち止まって、誰かに声をかけてみてほしい。そして、何か美味しいものを食べてほしい。
いちごを一粒、口に入れてみて。
届いたばかりのお肉を、じっくりと焼いてみて。
美味しいと感じるその感覚こそが、あなたが「生きている」という確かな証拠であり、迷宮から抜け出すための、一番あたたかな灯りになるはずだから。
