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私は明るい心配性笑

自分で言うのもなんだが、私は「明るい心配性」だ。
語尾に「笑」がつくタイプの、ちょっと忙しくて、だいぶおめでたい性格をしている。
私の脳内には、常に最新鋭の「最悪事態シミュレーター」が内蔵されている。
「もし道で転んだら?」「もし鍵を閉め忘れていたら?」
そんな小さな火種を見つけては、瞬時にフル稼働して対策を練り始める。けれど、最後には「まあ、なんとかなるでしょ!」と笑ってシャットダウンできるのが、私の私たるゆえんだ。
そんな私のシミュレーターが、平和な昼下がりに突如として警報を鳴らすことがある。
自分のことなら笑い飛ばせるのに、大切な誰かのこととなると、スイッチの切り際が少し難しくなるのだ。
「……あの子、大丈夫かな」
お気に入りのお茶を淹れて、湯気の香りにホッとしている時。あるいは、柔らかな日差しの中を歩いている時。ふとした瞬間に、かつて友人がこぼした言葉が脳裏をかすめる。
「なんか、検査の数値が悪くてさ」
その時、彼女はさらっと言ったのかもしれない。
けれど、私の「明るい心配性」は、その一言を見逃さない。
脳内の会議室では、すぐさま緊急会議が招集される。
「あの数値、その後どうなったんだろう?」
「再検査は行ったのかな。お医者さんはなんて言ったんだろう」
「連絡してみようか。でも、せっかくゆっくり休んでいるところに、私の『心配』という名の重石を投げ込むのはどうなんだ?」
スマホを手に取っては置き、置いては手に取る。
「元気?」の一言を送るまでの、この数センチの距離が、心配性にとっては万里の長城ほどに遠い。
けれど、そんなしおらしい私だけで終わらないのが「明るい心配性」の面白いところだ。
「体調どう?」と聞くのは重いかな、と数分前まであんなに悩んでいたはずなのに、気づけば私はスマホを手に取り、自分の書いたばかりの最新記事のURLを彼女に送っていたりする。
「あ、この記事、あの子に刺さりそう。読んでほしいな!笑」
さっきまでの万里の長城のような数センチの距離はどこへやら。
「体調は?」と聞く勇気はないくせに、「私の記事、読んで!」と送りつける図太さは持ち合わせているのだ。
でも、もしかしたら。
私の書いた何気ない言葉が、数値に一喜一憂している彼女の心を、ほんの少しだけ明るくするかもしれない。
そう、これは私なりの「重くないお見舞い」……ということにしておこう。
私は今日も、明るい心配性として生きている。
淹れたての温かいお茶を飲み干して、スマホの「既読」がつくのを待ちながら、心の中で勝手に願う。
「みんな、健やかであれ! ついでに私の記事も、楽しく読んでおくれ!」
そんな、矛盾だらけの優しさと少しの図々しさを抱えながら、私はまた笑って歩き出すのだ。

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