【文学フリマ東京42①】文芸アンソロジー『汀心 vol.3 復讐について』
こんにちは。汀心出版の代表、水飼心です。新刊のご紹介です。
・文芸アンソロジー「汀心」
・新刊『汀心 vol.3 復讐について』
・作品紹介
・メンバー紹介
文芸アンソロジー「汀心」
「汀心」は、心の縁を揺らすアンソロジーです。毎回、一つのテーマに関連する小説・エッセイ・詩・短歌・評論などの様々な作品をお届けし、あなたの心の縁をあなたらしく揺らします。
これまでに、多くの方々から好評いただいております。
随風、汀心、詩あ、三種の神器。 pic.twitter.com/9QNW6AieSQ
— 機械書房 きしなみ(岸波) (@kishinami8) May 13, 2025
文学アンソロジー『汀心 Vol.1 恐怖について』および『汀心 Vol.2 生命について』が入荷しました。これからが注目の作家陣による小説やエッセイ、作品批評や詩などさまざまな作品を収録しています。いち早くおもしろい作家に出会いたいという方にはぜひ手に取っていただきたいです。 pic.twitter.com/x3W2N31mNd
— 裂け目 (@sakemebooks) January 4, 2026
新刊『汀心 vol.3 復讐について』


今回は第三弾として「復讐」をテーマとする『汀心 vol.3 復讐について』を刊行します。15人のメンバーが創り上げた小説8作、詩1作、エッセイ3作、書評2作、映画評1作、そして特別な往復書簡をお届けします。
文学フリマ東京42(2026/5/4)を皮切りに、その他イベントや各書店などで販売させていただく予定です。お楽しみに。
作品紹介
『汀心 vol.3 復讐について』に掲載する作品の一部を引用紹介します。
【小説】
長澤沙也加「ゆずさんの横顔」
その日、ベランダでは、もくもくとした煙の中、アメリカで起こった同時多発テロの話で持ち切りでした。みんな興奮していました。日本でかつて起こった戦争は、おばあさんおじいさんの世代で終わった、遠い日のできごとでした。
タバコのフィルターを吸い、はしゃいでいるクラスメイトの向こうにいるゆずさんを見ていました。ゆずさんは、正面にある山手線のホームをじっと見つめていました。大切な人でも立っているのだろうか、そこにいるのかもしれない、ゆずさんの大切な人を探しました。たくさんの人たちが全員、ゆずさんにとっては大切な人のような気もしてきました。中身がなくなったタバコの箱を、左手の中でゆっくりと潰しました。
笛宮ヱリ子「KIOSK」
ことん、と小銭が置かれる音がしたから、十糸子は積もり積もった習わしを働かせて、スンと背すじを伸ばした。目の高さちょうどに灰色のカウンターが見えて、さっきまで、じぶんが半ばうたた寝しようとしていたことに気づく。椅子の高さは、座ったときにちょうど足が地面にくっつくように調整しているが、背が低いから結局はいつでもカウンターの奥へ没してしまう。十糸子がうつむいていた頭を上げたのを見て、見知ったお客さんは軽く頷き、踵を返して駅舎の改札口へ歩いていった。後ろ姿でも、ぐりりとした肘の動きで、購入したマスクのビニル封を割いたのがわかった。あのお客さんは月曜の朝だけ、電車に乗ってどこかへゆく。
染水翔太「空転」
公園のベンチに座って紅葉を見ながら本を読んでいたら、煙草のにおいがした。顔を上げると中年の男が煙草を吸いながら犬の散歩をしていた。犬種は分からないが、小さいのでたぶんチワワだと思われた。男は吸い終わった煙草を先ほどまで子供らが遊んでいた砂場に投げ捨て、犬とともに去っていった。煙草のにおいが消えたころ、私はまた本を読み始めた。
杉森仁香「相模子供部屋ファイターズ」
兄はおそらく今年で四十二歳になる。おそらく、というのは、私が今年三十七歳なのだから私たちの年齢差から考えればきっと、おそらくそうだろう、多分、確か、というどこまでも曖昧な感覚が続いているからだった。
「ねえ、さっき吉野のおばちゃんに会ったよ」
ガムテープで埋めた穴ぼこに囲まれた廊下を渡ったその先にある扉には光が当たらない。古い一軒家の、二階の構造上仕方がないのだ。ここに兄の部屋を割り当てた両親の采配は、単純に間違いだったと思う。
藤野「わたしと顔」
アーケード街にあるアンティーク店で働くことになった日、わたしはまだその仮面を知らなかった。しかしアンティーク店のことは知っていた。アンティーク店は金とか銀とかエメラルドとか、きれいなものであふれている店で、そこではたらく自分に満足していた。だって、わたしの顔はすごく可愛いと言われる類いのものだったから。そもそもアンティーク店で働けたのはわたしの顔のおかげ。面接のとき、オーナーはわたしの顔をじっと見て、それから誰かの申込書とわたしのを見比べて順番を入れ替えた。入れ替えられた申込書に貼られていた写真は恨みがましくわたしを見たが仕方がない。わたしは採用された。
不浦暖「エミリーと刺客」
復讐代行します──と赤い背景にゴシック体で無機質に記された広告がYouTubeに脈絡もなく流れてきた。日菜子はそれをスキップするつもりが間違えてクリックしてしまった。
氏名・住所・電話番号。
その三つの入力欄しか存在しないページに飛ばされた。謎めいて不親切でしかし雑味のない見た目。それに惹かれてあるいは復讐したい人はいるだろうかと暫く考えて、日菜子はいつしか涙を流し、なぜこのように泣いているのか三たび考え考えることに疲れてしまい、この疲労感にこの世の終わりを思った。この世とは彼女の疲労だった。
中原透明「アイム・イン・ザ・ドッグハウス」
妻がスマホを横にして観ている実家で飼っている柴犬のドンちゃんの動画は、横になって眠るドンちゃんは脚を、広大な土地を走り回る時のように、一定のリズムで回転させてうぁう、うぅと寝言をいう、夢を見ているとして、たとえばドンちゃんは飼い主が握るリードがぴんと張るほどに、全力で駆け抜けていた。どこまでも走り抜けられる。疲れがない。そのうち足が空を切る、底が抜けたような感覚が、布団の裾が視界に映り、差し込んでくる嗅ぎ慣れた匂いが、部屋、そのなかに自分がいる、と認識して、さっきまでその足が捉えていた土地のことを、存在しないとは思わないのではないか。
水飼心「エモーショナル・スペクトラム」
私は置いていかれてなんていない。むしろ私だけが、まだこの道を走れているんだ。
宇宙の内側で何よりも映えるほどに青みの強いふかふかの道。思うままに口にして、思うままに足を運んで。
【詩】
野葛間「水晶凝視」
幾千年の揺籃の
私はおまえの水晶体
おまえの最期に見る景色
【往復書簡】
杉森仁香 × 藤野「春への覚悟」
たまたま通りがかった書肆侃侃房のブースで『ことばと』を購入した直後、偶然藤野さんがブースに立ち寄ってくださったというできごと、そしてなにより藤野さんの朗らかで明るい雰囲気と同居するその覚悟としか言いようのない気配のことが、しばらくのあいだ強く残っていました。
覚悟と言うとやや大仰で、ともすればなにか感じ取っていたことさえ私の勘違いかもしれません。しかし、私の実感として「文章を書き切る上では、なんらかの強い気持ちがなければ達成できない」という感覚があるのです。
「文章を書ききる上では、なんらかの強い気持ちがなければ達成できない」というのは私も激しく同意です。
では「強い気持ち」はどこにあるのか、私の中。
ではどこから私の中にやって来るのか。
この「どこから」の部分には違いがあるかもしれません。
【エッセイ】
常世田美穂「誠意の拳」
怒るのは苦手。怒っても全然こわくないって言われたことあるし、そもそもおおきな声を出せない。文章を書くとき、怒りを原動力にしてるって作家さんはたくさんいるけれど、わたしは違うなぁ、と、じゃあ、自分のなかでなにが核になっているんだろう、と、たびたび思うけれども、表面がへらへらうふふとしているたちだから、中身もさほど深くない、気がする。怒るもなにも、しゃべることが得意じゃない。なのに今まで接客業をやってきた。少しはましになった気がするけれども、長年の成果は得られず、あっというまに元の自分。
戸夏光「雨の日のソリティア」
文芸同人誌『汀心』が、エッセイの公募をするという。さっそく要項に目を通し、「復讐」というテーマについて思いを巡らせるうち、けれども段々とわたしは落ちこんできてしまった。薄曇りの土曜日の午前十時、気怠くベッドにひっくり返りながらのことだ。
今井まりしてん「削り、削られ」
「復讐」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、「そんなことをしてアイツが喜ぶとでも思うのか!」などという善良な主人公界隈のやりとりでしょうか。それとも、学生時代にいじめられていた人が成り上がり、嫌がらせをしてきた奴らを見返すという類のサクセスストーリーでしょうか。或いは、現在進行形で憎しみを募らせている身近な対象が居るなら特定の人物そのものかもしれません。
私はすぐに、勤務医の性悪クソいびり女を思い出しました。
【書評】
犬山昇「毒と薬」
『復讐には天使の優しさを』
著:イサク・ディネセン
本作は一九四四年、ナチス占領の母国で、フランスの無名の男性作家のデンマーク語訳と偽って出版された。ブリクセンが母国語から書き始めた初の小説であり、自身が著者であることを明らかにしたのは一九五六年、パリス・レビューのインタビュー。それによると、本作は占領のなかの退屈で、自分を楽しませるために速記者の口述筆記で書かれた「私生児」だという。
長谷川萌「ひかりを見つづけること」
『八月のセノーテ』
著:大原鉄平
「復讐」と聞いたとき、わたしたちは傷つけた側がより不幸になるように、なんらかの手をくだす、という手段を想定するのではないだろうか。
三十何年生きてきたわたしも、それはあんまりだ、と思ういくつかの出来事を経験している。その相手を許しているか、と問われれば、忘れる努力をしている、とあいまいに答えるだろう。
大原鉄平『八月のセノーテ』を、「復讐」を題材にした小説だと定義づけるのは難しいかもしれない。なぜなら登場人物である中学生、仁寡(ひとか)もりょうも、相手を恨んだり憎んだりといった感情とは切り離されているからである。
【映画評】
継堀雪見「復讐の儀、蛇の道」
『蛇の道』
監督:黒沢清
モニターが再生され、少女の動画が流れる。「俺の娘だ。」と反復する男の声が響き渡る。『蛇の道』(1998)は、映像の呪物だ。
「娘を殺された宮下(香川照之)と、素性不明の協力者である新島(哀川翔)が、ともに進めていく極道の復讐モノ」だと予想して観る者を、ことごとく裏切る展開と異様なギミックに幻惑されてほしい。「殺された娘のために、男が復讐を果たす」といった単純明快な図式が崩落し、嘘と裏切りが繰り返される地獄巡りに引きずりまわされ、やがて恐るべき虚無に至る。監督・脚本・主演の運命的な組み合わせが、この禍々しい「ビデオ映画」には必要であった。
メンバー紹介

水飼心(みずかい・こころ)[小説]
X @Akutan340506
汀心出版代表。第三十八回太宰治賞最終候補「×没」。第六十回北日本文学賞最終候補「Bサイド」。

長澤沙也加(ながさわ・さやか)[小説]
X @naga_saya_ht
長澤沙也加です。一九八二年生まれ、さそり座のO型です。第一回氷室冴子青春文学賞準大賞。第三十七回太宰治賞最終候補。第六十七回群像新人文学賞最終候補。

笛宮ヱリ子(ふえみや・えりこ)[小説]
X @erikoapplefuem
一九八〇年生まれ、転勤族育ち。第十三回木山捷平短編小説賞、第三回ことばと新人賞受賞。毎日原稿用紙一枚以上小説を書くと、健全な生活が送れます。書肆侃々房「ことばと」に「だ」(Vol3)「白い嘘」(Vol7)「横顔」(Vol8)を寄稿など。

染水翔太(しみず・しょうた)[小説]
X @sasayakiya
ライターの傍ら、小説を書いています。第百二十六回文學界新人賞候補「蛸を縊る」、カフカショートストーリーコンテスト優秀賞「翳り」。BOOTHにて短編集「小説教室」、紀行エッセイ「なにも食えない」を販売。

杉森仁香(すぎもり・にか)[小説・往復書簡]
X @sgmrnk
静岡県出身。好きな役は三色。第三十回やまなし文学賞受賞「夏影は残る」。第八回、第十回林芙美子文学賞最終候補。

藤野(ふじの)[小説・往復書簡]
X @fujiponsai
散歩と映画とロンドンが好き。東京都在住、横浜生まれ。第五回ことばと新人賞佳作(ことばと七号 「おとむらいに誘われて」)。マイクロマガジン社よりネコとカレーライスシリーズ刊行。二〇二四年ことばと八号「路面標示」。二〇二五年十月、待ち合わせは〈本の庭〉で刊行。

不浦暖(ふうら・だん)[小説]
X @andapophantic
音楽を作ってます。小説も書いてます。第六十六回群像新人文学賞最終候補「Waltz」(『小説紊乱』収録)。

中原透明(なかはら・とうめい)[小説]
X @tohmainaka
一九九八年生まれ。熊本出身。「ことばの学校」第一期修了生。「tele-」vol.3〜vol.5に参加。

野葛間(のくずま)[詩]
X @castleincastle
山梨県生まれ。ゴシック&ロリィタを愛する。俳句、短歌、詩を横断中。句集『伽藍堂』、詩集『砂糖をまぶしながら』、超同人誌『ド腐レ変態侍』参加。詩、短歌は『文芸思潮』に掲載。

常世田美穂(とこよだ・みほ)[エッセイ]
X @tellmelinus2
一九八八年山形県生まれ。小説、エッセイ、絵本、脚本と幅広く活動。吸血鬼アンソロジー『黒の聖餐』デザインエッグ社より発売中。短編映画『透明なあした』YouTubeにて公開中。

戸夏光(となつ・ひかる)[エッセイ]
X @natsutohikari
詩、文学、宗教。ものを書くけもの。物語ではない救いを言葉のうちに模索している。元書店員。第二回ことばと新人賞最終候補作『大洪水の手前にて』。

今井まりしてん(いまい・まりしてん)[エッセイ]
X @mrstnnnn
埼玉県出身。読後に叫びたくなる小説が好き。

犬山昇(いぬやま・のぼる)[書評]
X @Raise_4096
一九九二年大阪府生まれ。二〇二五年『ロードムービー』で第四回星々短編小説コンテスト佳作。

長谷川萌(はせがわ・もえ)[書評]
X @moe_hasegawa_xx
一九八七年東京都生まれ。「いとしきみの、」で第一回永井荷風新人賞一次選考通過。個人レーベル「ホッペ書房」から短編集『いとしきみの、』を二〇二六年三月刊行。

継堀雪見(つぎほり・ゆきみ)[映画評]
X @tsugihoriyukimi
一九九二年生まれ。北九州→熊本→福岡→北九州。会社員。「汀心」第一号に書評を寄稿。

麻生誠治(あそう・せいじ)[装幀]
X @seijiaso
神奈川県川崎市生まれ、山梨の大自然が育んだ野生のデザイナー。現在「nonohaus|装丁室」を立ち上げ、いろいろ頑張っている。
最後に
新刊『汀心 vol.3 復讐について』と『Bサイド』を文学フリマ東京42で出品します。ブースは【S-79,80】です。既刊『汀心 vol.1 生命について』『汀心 vol.2 生命について』なども出品します。Webカタログはこちら。
汀心に関する情報は、私のXのアカウント(@Akutan340506)だけでなく、汀心出版のXアカウント(@teishin240519)からもたくさん発信していきます。この機会にフォローしていただけると嬉しいです。
皆様とお会いできること、とっても楽しみにしております。
もう一冊の新刊『Bサイド』の記事はこちらからどうぞ。
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