見出し画像

ゲラディエーターになった話

「フッ、フッ、フッ、シュー……」

 ラピッドスクワットを終えた俺は立ち上がり、トイレの鏡に映っている自分を見た。これで一式のパンプアップは完了だ。シャツの下に筋肉が強張り、窮屈している。これで女子に会いに行っても失礼はないだろう。スーツの上着に袖を通し、俺は会社を出た。

 12分後、客足が少ないのになぜか一向潰れないデパート。

 ここの八階に今回の目的があると事前で調べた。エスカレーターに乗り、目的地のトーイショップに近づくにつれて、ある種の緊張感を覚えた。初めて美容院に行った時と似た、未知の領域に首を突っ込む際の不安な感じだ。腰抜けの俺が「おい、おい……今日はもう帰ろうぜ?ゲーム機は逃げないし、明日でも……」とぼやいているが、心の中で片羽絞めでそいつを黙らせた。パンプアップしてまでここに来たんだ、今更帰れるかよ。

 八階に上がり、フロアの向こうにトーイショップの看板がある、マスコットがキリンの奴だ。あと少し。足を促す。にしてももう退社時間なのに人が少ないな、月曜日だからか?正直ここが混んでいるところ一同も見たことないが、潰れずにいられることはそれなりの収入があるってことだろう。どうでもいいことを考えているうちに、目的地にたどり着いた。

 四台のアーケードゲーム機が並んでいる。右からムシキング(そう、日本でサービス終了になったムシキングは海外に放流された)、ロボットのやつ、ポケモンガオーレ、アイカツだ。ポケモンガオーレには三人が並んでいる、皆いい年した男だ。俺はブリーフケースから財布を取り出し、アイカツの台へ向かった。背もたれの無いプラスチック椅子にバックバッグが置いてある、たぶん今ポケモンガオーレやっている奴の物だろう。俺はできるだけ平静かつ穏やかにそいつに話しかけた。

「遊戯の邪魔だ。退かせろ(すみません、これは貴方のものですか?)」

 ゲームが邪魔された男は横目で俺をみ、そして無言でバッグを移動した。彼のうしろに並んでいる年上のおっさんたちが俺に怪訝な視線を投じたが、睨み返すとすぐ目を逸らした。それでいい、筋肉という俺が持つ抑止力がよく働いている。椅子に座った俺はまず台を眺めた、過剰な装飾マシンにコイン三枚を入れた。ここからは本番だ。さあ、アイカツ初体験だ。

『遊ぶモードを選んでね!』

 ここら辺は公式サイトで予習済みだ。緑のボタンを押しひとりであそぶを選んだ。

『ICカードを置いてね!』

 なに?ICカードはこのマシンから買えるのではなかったのか?今度は俺が訝しんだ。てっきりICカードもマシンから提供される物だと思っていた。幸いカードの有無はゲームの進行に支障がない。スキップする。

『ガードが一枚で出てくるよ。忘れずにとってね』

 俺は排出口に手を伸ばし、記念すべき人生初のアイカツカードを手に取った。これだ。

 ようやくゲームが始まる。左のオーディションの上に「初めてはこれがおすすめ」と表示している、実際初めてなのでこれを選んだ。次はキャラを選ぶ画面、迷いなく紅林朱里に決めた。俺はどんな作品でもまず赤髪の女の子をチェックしておく習慣があるのだ。

『カードをスキャンしてね!』

 真ん中の溝にさっき手に入れたカードのバーコードを当てるのか、どれ……おお、朱里がくるっと一回転すると、アーミーグリーンの短パンが水色のスカートになったぞ。ワクワクを覚えるつつ、俺はここで重大のことに気づいた。

 俺が持っているカードはこの一枚しかない。

 それはつまり、朱里はTシャツ、水色スカート、スニーカー姿というアイドルとしてみずぼらし極まりない格好で舞台に上がることになる。俺の脳裏に腰に布一枚しか纏っておらずの新人グラディエーターが錆びつきの短剣とバッグラーを渡され、いきなり兜と胸当てで装備を固めたチャンピオンを戦わせる画面が浮かんだ。DEAD IN ROME……むごい、これはもはや試合ではない、殺戮ショーだ。ESCボタンがあれば今すぐ押してデスクトップに戻りたい。でもご存知の通り、アイカツの台にはボタンが三つしかない。決死の覚悟でチャンピオンに挑むか、腰抜けみたいに剣とバックラー捨てて、ブーイングと下に向けた親指の屈辱を耐えながら時間切れという処刑が来るまで待つか。

 当然、俺に腰抜けに甘んじるという選択肢が存在しない。

(すまぬ、朱里よ。不甲斐ない俺だが、最後まで付き合ってくれ)赤いボタンを叩き、ステージスタートだ。リズムゲーム自体は簡単、譜面は一列、矢印は丸い奴、長押しする奴、ドーナツって奴の三種類、この間Muse Dashの洗礼を受けた俺にとってベイビー・サブミッションのごとく余裕があった。唯一歯がゆいのは俺のせいでアイドルとふさわしくない服装を着せられた朱里はあまりにも不憫と思ったが、彼女は始終、笑顔を崩さず、華麗な踊りを決めた。そのプロ意識とアイドルとしての矜持に感服した。

 ステージが終了し、席から立ちあがると、いつの間に隣のおっさんたちが居なくなった。額に汗が浮かんでいると気付いた俺はハンカチで顔を拭った。まるで初めてキャバクラに踏み入れた若者だなと内心に自分を揶揄した。キャバクラなんて行ったことないが。初めてのアイカツ体験、ミスしまくったが、良い刺激になった。これは続ける価値がある。俺はトーイショップのカウンターへ向かい、店員に尋ねた。

「すみません、AikatsuのICカードがありますか?」「あい……?すみません、なんですか?」「あー、偶像学園のICカードです」「ああ、ありますよ。こちらへ」

 俺は店員について生き、ロックされたガラスの棚の前に来た。

「基本セットとバインダー付きの、どちらにします?」「えーと、基本のでいいです」「では、この19年式がおすすめですよ。結構売れています。」

 店員が見せたのはシックな服装を着たツインテールの女子を飾ったブランドドレスセットであった(見出しに参照な)。なかなかいい。

「これをください」「わかりました。娘さんは喜ばれますよ」

 ムスメ?どうやら俺がアイカツしていたところが店員に見られなかっらようだ。ここは昔ポケモンゲームのCMに出たおじさんみたいにドヤ顔で「自分用です」と言い返すべきか?いや、いまはよそう。

「はは、そうですね」

 もちろん俺に娘はいない。

(スターライトスクール、入籍の章につづく)

 

いいなと思ったら応援しよう!

灰汁詰めさn 当アカウントは軽率送金をお勧めします。