野球選手は、多少わがままでもいい
野球という競技は、はっきりしている。
上手いか、下手か。
勝ったか、負けたか。
レギュラーか、控えか。
残酷なほど差が明白になる。
努力の量や、真面目さだけでは評価されない。
自分や自分のチームが、「他よりも上回った」と認められたときだけ、結果として表に出る。
だから野球は、自分の地力を高め続けなければならない競技だ。
上を目指すなら、勝気じゃないとやっていけない
野球で上を目指す選手には、勝気な性格の選手が多い。
負けず嫌い
わがまま
生意気
自分のポジションに強いこだわりがある
「このポジションは誰にも譲らない」
「俺が一番打つ」
「力でねじ伏せる」
こういう気持ちは、野球という競技では、むしろ自然な感情だ。
誰よりも上に行こうとするなら、他人と同じ温度感では足りない。
負けをすぐ受け入れてしまう性格では、競争の中で埋もれていく。
勝気であることは、野球選手にとって、大きな武器だ。
大人は、多少のわがままをちゃんと見ている
多くの大人は、選手の多少のわがままを、意外とほほえましく見守っている。
口が悪くなる日もある。
態度が荒れる日もある。
悔しさが表に出ることもある。
それが「うまくなりたい」という気持ちから来ていると分かれば、大人はちゃんと切り分けて見ている。
「今は悔しいんだな」
「もがいてる最中なんだな」
そうやって、一歩引いた目で見ていることがほとんどだ。
行き過ぎた言動は、当然注意される
ただし、何でも許されるわけではない。
言動が行き過ぎて、
チームの和を乱す
周囲を萎縮させる
雰囲気を壊す
誰かを傷つける
こうした影響が出始めたら、指導者は注意する。
それは、性格を否定するためではない。
勝気な気持ちを潰すためでもない。
チームとして野球を続けるために、必要な線引きだ。
人格攻撃は、勝気とは別物だ
特に、人格攻撃は話がまったく違う。
他人を貶める。
仲間を見下す。
失敗した選手を笑う。
それは、勝気でも、負けず嫌いでもない。
ただの攻撃だ。
人格攻撃をする選手を、かわいいと思う大人はいない。
どれだけ野球が上手くても、それは同じだ。
「かわいさ」とは何か
ここで言う「かわいさ」とは、愛想の良さでも、素直さでもない。
うまくなりたいと本気で思っている
失敗しながらも野球に向き合っている
感情と折り合いをつけようとしている
その姿そのものだ。
野球はチームスポーツだが、選手一人ひとりの役割や評価が、はっきり可視化される競技でもある。
だからこそ、周囲のサポートがあって初めて、伸びていける。
勘違いしてほしくないこと
ここで、ひとつはっきりさせておきたい。
かわいいと思われるように振る舞え、という話ではない。
大人に気に入られろ、
空気を読め、
いい子でいろ、
という話でもない。
大人は、「うまくなりたい」と思って、本気で野球に向き合っているかどうかを、想像以上によく見ている。
取り繕った態度よりも、必死さや向き合い方の方が、ずっと伝わる。
勝気であれ。ただし、越えてはいけない線がある
勝気であること。
負けず嫌いであること。
わがままであること。
それ自体は、野球選手として、何も悪くない。
ただし、そのエネルギーを人を傷つける方向に使い始めた瞬間、自分の可能性を、自分で削ることになる。
本気でうまくなりたいなら、本気で野球と向き合っている姿を、そのままぶつければいい。
それは、大人の目には、ちゃんと伝わる。
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