「優しさは偽善? 余計なお世話?」 感情が入り混じった3つのエピソード
人を助けた筈なのに、なぜか心がモヤモヤする。
善意と自己満足、感謝と迷惑。
答えの出ない出来事。
【はじめに】
優しさとは何でしょうか?
困っている人を助ける。
重い荷物をも持ってあげる。
席を譲る。
私たちは子供の頃から、それを「良いこと」だと教わります。
しかし、大人になった今、私は時々考えることがあります。
その優しさは本当に相手のためだったのだろうか。
自分が気持ちよくなりたかっただけではないのか。
相手にとっては、余計なお世話だったのではないか。
優しさは、時には人を傷つけたり、自分を傷つけたりするのかもしれません。
私たちは子供の頃からそれを“良いこと”だと教わりました。
しかし、大人になった今、時々考えることがあります。
自分が気持ちよくなりたかっただけではないのか?
ただの自己満足なのでは?
その行為は相手にとって余計なお世話だったのではないのか?
感謝されたこともあれば、怒られたこともあります。
そして、今でも思い出しては考えます。
優しさとは何なのか?
偽善とは何なのか?
自己満足なのか?
優しさは、時には人を傷つけたり、自分を傷つけたりするのかもしれません。
これから紹介する私が体験した3つの出来事に、正解はありません。

エピソード① 双子の母親とホームレス
この話はまだ都庁ができて間もない頃で、場所は甲州街道に面した新宿南口、冷たい雨が降る冬の手前の肌寒い秋の夜の出来事です。
当時の私の勤務地は新宿区、総武線のとある駅ビルの中、住居は小田急線、世田谷区に住んでいました。
仕事が終わったら途中下車をし、新宿南口に立ち寄り、缶コーヒーを片手に一服、甲州街道の行き交う車と夜景を眺めてボーっとするのが日課でした。
冷たい雨が降り傘をさし、僅かに震えながらいつものように缶コーヒーと煙草、夜景を眺めていると、一人のホームレスに話しかけられました。
「兄ちゃん、ちょっといいか?
「あっ、はい。」
声のする方を見ると、壊れかけた傘を差したホームレスが立っていました。
「この近くにホテルないか?」
不思議に思いつつ、詳しく話を聞いてみると、双子連れのお母さんが南口周辺で泊まれるホテルを探していて、電話をかけてもどこも断られて困っているということだった。
幼稚園児の年齢、小学校低学年程度なら宿泊できるが、夜泣きのリスクのある赤ちゃんがいるから宿泊できないという説明を受けたという
「俺はこのお母さんを助けたい。でもスマホもない。お母さんは手持ちがあるらしいから泊まれる所を探してくれるだけでいい。」
ホームレスは壊れかけた傘をさしながら濡れた体で何度も私に頭を下げる。
私はスマホで調べたら東口に3件ある事を知り、直接電話をかけ、そのうちの1件が赤ちゃん連れも宿泊が可能だと聞き、少し経ったらそちらに向かう事をホテルに言って電話を切り、ホームレスに伝えました。
そして、少し離れたところにずぶ濡れになりながらも、双子用の大きなベビーカーに傘をさし、震えながら立っている若い母親に近づきました
「お母さん、東口に1つありましたよ。ここからだと30分くらいかかりますが行ってみますか?」
「はい」
場所を伝え、別れようとした時、母親は辛そうで少し震えていました。
当然です。
冷たい雨に少し風が吹いている。
体温と体力を減らすこの状況。
傘をさしながらの双子用のベビーカーを片手で押している。
「乗り掛かった舟、最後まで面倒を見なければ。」
私は決心し、「一緒に行きましょう!」と声を掛けました。
私はベビーカーを押して、母親はベビーカーと私に傘をさして移動をし、東口の先にあるホテルに向けて現地までの道を1時間以上かけて歩きました。
ホテルにつき、母親はホテルに入るのを見届け、帰ろうとした時、何故か直ぐに出てきました。
「どうしたんですか?」
「…。」
「お金が…。」
「足りませんでした…。」
「えっ?手持ちがあると聞いたはずなのに?」
実は、このホテルにたどり着くまで、母親のこれまでの経緯を聞きました。
実家は茨城、双子が生まれ、しばらくして父親にDVを受け、荷物を最小限持って、今日逃げてきたので十分な手持ちは少ないが足りると思う。
親戚は府中にいるからとりあえず新宿に来た。
連絡はしていないが何とかなるだろう。
明日親戚に連絡をして“かくまってくれ“とお願いするので今日凌げば何とかなる。
私は最後まで面倒を見ると決心していたので外で母親と双子の赤ちゃんを待たせてホテルに入り、フロントで足りない金額を立て替え、足りない分は母親が払ってもらうということなら大丈夫と確認を取りました。
足りない分の7000円を立て替え、外で待つ母親に建て替えたことを言わず、「交渉したから泊まれますよ。」とだけ伝えました。
母親に名前と連絡先を聞かれたのですが、あえて言いませんでした。
この時、僅かではありますが、
“良いことをしたらいつか自分に返ってくるかも”
“良いことをした自分ってかかっこいい”
そう自分に酔っていたのかもしれません。
そして次の日も仕事終わりに新宿駅南口に行き、缶コーヒーを飲みながら煙草をふかしつつ、行き交う車と夜景を眺めていたら、少し離れたところに、昨日の話しかけてきたホームレスが仲間と談笑しているのが見えました。
しばらく眺めていると、そのホームレスが近づいてきた。
「おうっ!兄ちゃん!昨日のお母さん、大丈夫だったんか?」
「もちろん大丈夫です。最後まで見届けましたよ。」
「そりゃよかった!兄ちゃんに頼んで悪かったな!すまん!」
「いえいえ、あんなずぶ濡れになっていたし、役に立てて嬉しいですよ!」
それを切っ掛けに、毎日のようにそのホームレスと話をするようになり、いつもの時間が少し楽しく思えるようになりました。
ホームレスの名前は“シンさん”
建設業に携わり、都庁建設の話が来た時、他の現場で腰と足を痛め、仕事を辞め、今は細々と日雇いで食いつないでいるらしいということだった。
幾日が過ぎ、“シンさん”は私と同郷だったと知り、以前にも増して会話が弾みました。
“シンさん”と出会ってから半年が過ぎようとした頃、予め聞いておいた“誕生日が近づき、いつものように、仕事終わりに、“シンさん”に誕生日プレゼントを渡すという名目で、煙草、ライター、缶ビールを2本買い新宿南口に向かいました。
そして、いつものように“シンさん”と会い、いつもの会話を始めました。
暫くたった頃、私は切り出しました。
「シンさん、そろそろ誕生日でしたよね。これ、気持ちです」
リュックの中から煙草とライター、1本のビールを“シンさん”に渡し、私がもう1本のビールを手に持ちビールのタグを開けようと指をかけた瞬間、“シンさん”の顔色がみるみるうちに真っ赤になるのが分かった。
「兄ちゃん!俺はな、こんな物を恵んで貰う程落ちぶれちゃいねえんだよ!バカにすんな!」
“シンさん”はそう言い残し、中央公園の方角に早歩きで歩き始めました。
私は茫然とし、“シンさん”の後ろ姿を目で追うしかありませんでした。
勿論後を追うことはできました。
でも、その1歩が踏み出せません。
「何故あんな事をしたのか?」
「いや、何故してしまったのか?」
「これは余計なお世話だったのか?」
私が思っていた“優しさ”の結果“がシンさん”を傷つけてしまった。
「いや、あの双子の母親でも、近くに親戚が住んでいたし、放っておいても何とかなった?」
結局いいかっこをした自分に酔った結果、7000円を失いました。
でも、「神様、俺、良い事をしましたよ!いつか返してくださいね!」
なんて思っていたのかもしれません。
そして、その母親の出来事の延長で“シンさん”にも心のどこかで“優しい自分のアピール”をして”優しい自分”に対して優越感に浸っていたのかもしれない。
その結果、“シンさん”とは二度と会うことはありませんでした。
それこそ、私は優しさを盾にした“偽善者”だったのかもしれません。

エピソード② 神社参拝前の出来事。
私は以前、週1回のペースで神社参拝に出かけていました。
先ず、神様に挨拶に行くので、心を清らかにして行くのが当然と今も思っています。
そして現在。
その神社は都内屈指のパワースポットとして数多くのYouTubeに紹介され、 参拝者が爆発的に増え、平日でも参拝者で溢れかえっています。
この話は、その神社参拝に行く途中に出会った足の不自由なお爺さんと、たくさんの荷物を持ったおばあさんと出会った時の体験談です。
当時は猛暑続きの暑い真夏、神社の最寄り駅から参拝までの道。
滝のように噴き出る汗を拭きながら目的の神社へ行く途中、1度横断歩道を渡らなければなりません。
その横断歩道の近くにバス停があり、渡る前にそのバス停にある3人掛けの椅子に一旦腰を下ろし、休むのがわたしの神社参拝前のルーティーンでした。
そして、汗をかきつつ、近くの自販機で買ったアイスコーヒーを飲んでいたら、横断歩道を渡ろうとしているお爺さんが目に入りました。
お爺さんは杖を突いているものの、かなり足が悪く、1歩ずつが小刻みで、青信号のうちに渡り切るのが到底無理と思える程の歩幅でした。
幸い、中央には渡りきれなかった場合の待機場所があり、そのお爺さんは赤点滅でその中央の待機場所にたどり着きました。
そこで私は青信号に変わった瞬間、缶コーヒーを一気飲みし、お爺さんに駆け寄り、声を掛けました。
「お手伝いしましょうか?」
信号が青に変わってもお爺さんは動こうとしません。
「えっ?睨んでいるし、何か言っている?」
何故か怒っているし、声があまりにも小さくて聞き取れない。
しばらくして青信号に変わり、声をかけつつ無事に渡り切った瞬間、私の足を踏み続けている。
そして、私を睨みながら足を踏み続け、聞き取れないにしろ、もごもごと何かを言っている。
この時点で察しがつきました。
“余計なことはするな”
たぶん、“これ”だと思う。
週1回、ここの神社に参拝に来ると言いましたが、このお爺さんを見かけたのはこの1度だけではなく、度々目にすることがありました。
そこで不思議の思ったのが、ここまで重症で、買い物目的でも介護の人が付いていない。
憶測で言ってはいけないのですが ,思い通りに動かない身体に対して自暴自棄になっているのでは?
「余計なことをしてすみませんでした。」
そう一言言い残し、モヤモヤした感情で神社参拝に向かいました。・
そんな出来事があった数日後、前回ではモヤモヤした感情で参拝に行ってしまい、神様に申し訳ないと思いから、心をリセットし、参拝に出かけました。
そして、いつものバス停での一休み。
あの横断歩道の手前、スーパーで買い出しをしたと思われるお婆さんの姿が目に入りました。
その袋は合計3つ、たくさんの食材や日用品がたくさん入ったスーパーの袋を持って、汗を流しながら信号待ちをしている。
やはり放っておけず、声を掛けました。
「迷惑でなかったら、その荷物、自分が持ちますよ。」
「あらご親切に。ありがとね。」
お婆さんは目が無くなる位の笑顔を向けてくれました。
「あの、こんなに大荷物、大変でしょう。ご自宅の近くまで持っていきますよ。」
またまた笑顔がこぼれています。
色々と話をしましたが、訛りもあり、所々聞き取れません。
それでも私は話を聞く。
私は話を聞きながら繰り返しうなずく。
結局、自宅前まで来てしまったので、荷物を玄関まで運ぶことにしました。
目的地の神社までは目と鼻の先の距離。
「熱中症は大丈夫ですか?荷物はここに置きますね。」
「じゃあ自分は神社に行きますから。」
玄関先で立っている私に言いかける。
「こんな暑いのにありがとね。ジュース用意するから飲むけ?」
「お菓子もあるから食べていくけ?」
少し訛りの混ざった言い方で引き留める。
私が思うに、相当嬉しかったのだと思う。
「いいえ、ご迷惑になるので、お暇します。」
この時、何故か「あっ、ひょっとして面倒臭いかも。」と思ってしまった。
「そうけ…。じゃ気いつけてな。」
お婆さんの顔がなんか悲しそうに見えた。
神社に向かっている途中、親切心で行動した結果、お爺さんに睨まれ、足を踏まれた時のような“モヤモヤ“ではなく、後ろ髪を引かれるような、反省のような、なんとも言い難いモヤモヤした感情が沸き出ていました。
優しさとは偽善で自分に酔っているもなのか?
親切は余計なお世話なのか?
それで傷つく人もいるのかもしれない…。

エピソード➂ 席を譲る行為と譲られる側の本音と建て前
これは私が帰省から帰ってきた時の新幹線での出来事です。
その時は時間に余裕があったため、東京駅でも自由席で構わないと決めており、ホームでは2本か3本後に乗車しようと決めていました。
私の降車駅は新横浜でしたので2駅でしたが意外と荷物が多かったこともあり、1号車から乗車し、4号車まで歩いて空席の有無を確認しました。
やはりどの車両も2人席は空いておらず、たまたま運よく空いていた車両の一番端の3人席が空いていた。
手土産や着替えなどの入ったバック1つを中央の席、スーツ(洋服)と大き目の荷物やPCなどを席の上にある専用のキャビネットに置きました。
新幹線が動き始めて5分位過ぎた頃、小学生低学年位の男の子を連れた親子が沢山の荷物を抱え、こちらに歩いてきた。
自分も新潟からの帰省と大荷物で疲れていた事もあり、席を譲る事は考えていませんでした。
それから5分経った頃、先ほどの親子が折り返して席を探しながら歩いてきました。
子供が座りたいと叫ぶ。
その子供を宥める母親と父親。
その手には多くの荷物。
そろそろ品川に到着する頃です。
「品川を過ぎたら一駅で降りるし…。我慢もできるし…。1駅分ならいいか。」
その親子が近くに来た時、「自分は新横浜で降りるので、良かったら席を譲りますよ。」
「子供が疲れたと騒いでいたので助かります。ありがとうございます。」
私はキャビネットと中央の席の荷物を抱え、車両の出入り口にあるデッキに移動しました。
私がデッキで荷物を端に寄せ、外を眺め、一瞬席に通じるドアの窓から大量の荷物が置かれているのが見えた。
その直後、疲れていると母親が言っていた子供が小走りで目の前を横切る。
「えっ?なんで?疲れているんじゃないの?」
デッキから車両につながる自動ドアの窓から確認すると、目を瞑り座って爆睡している父親と母親の姿が見えた。
3人席なのでもう1席は子供が座っているはず。
でも、その席は荷物が置かれている。
「自分も荷物あるし、疲れているし、せっかく席を譲ったのに…。」
「そもそも混んでいるのが分かりきっているなら指定席を買うのが常識では?」
「自分たちが座りたいという思いから子供をダシにしたのか?」
自分の意志で席を譲ったことを認めてはいるものの、モヤモヤが止まらない。
そんな事を考えていたら、到着まで意外と長かった新横浜にようやく着いて荷物を抱えて降車した時、信じられない光景に目を疑いました。
正直、かなり驚きました。
発車のアナウンス、発車ベルが鳴っているにも関わらず、先ほどの子供がキャッキャとはしゃぎながら乗車と降車を繰り返し遊んでいた。
当然親は注意どころか爆睡している。
一応子供はドアが閉まる直前に乗り込みましたが、ここから先の停車駅でも同じ事を繰り返し乗り遅れることもあるかもしれません。
「子供が乗り遅れたら?いや、注意をしない親が悪いし、この先のホームで子供が遊んで乗り遅れたとしても、自業自得だし。自分には関係ない。」
ただ、私が席を譲らなかったら少なくとも親の目の届く範囲で子供を監視できたのかもしれません。
そう思うと、変なモヤモヤがしばらく止まりませんでした。
この話とは性質が少し違いますが、お年寄りに席を譲っても断られる時もありますし、そういう時に限って子供が割り込む時もありました。
勿論、感謝され、快く座ってもらった事の方が多い事も事実ですが。
これについて多分ですが、多くの人がこのモヤモヤを共感できる部分があると思います。
最後に──私なりに思ったこと
3つのエピソードを紹介しましたが、優しさとは偽善なのか?余計なお世話なのか?
ひょっとしたら“偽善”とか“余計なお世話”とか、色々な感情を持たない“何も考えていないただの天然”なら”優しさ“は成立する事もあるのかもしれません。
それも1つの答えなのかもしれない。。
そして、それぞれの感じ方の違いはあるかもしれません。
その優しさは、本当に優しさだったのか。
それとも、お節介だったのか。
実は、その答えはないのかもしれません。

