見出し画像

サッカーが好きでよかった① ~カズと謎Tシャツとドーハの悲劇~


息子と一緒にワールドカップを観ていた。

「そういえば、俺もサッカーばっかりやってたな」

そんなことを思い出したら、いろんな記憶が一気によみがえってきた。忘れないうちに書いておこうと思う。

サッカーが好きでよかったな、と。


私は小学生から高校生までサッカーを続けた。振り返ると、本当に楽しかった。

私の世代は、ちょうどJリーグが発足した頃の子どもたちだ。

「日本にプロサッカーができるらしい」

そんな話を大人たちがしていた。今みたいにサッカー中継なんてほとんどない。テレビで観られるのは元旦の天皇杯と高校サッカー選手権くらいだった気がする。

そんな時代に現れたヒーローがいた。

カズこと三浦知良だ。

派手なまたぎフェイント。ブラジル仕込みのプレー。そしてカズダンス。あの頃の小学生が真似しないわけがない。


Jリーグが始まると、毎週水曜日と週末にテレビ中継があった。

今の子どもたちは、スマホ一つで世界中のスーパープレーが見られる。本当にうらやましい環境だと思う。でも当時のJリーグ中継は特別だった。放送を楽しみに待って、翌日の練習で真似する。みんなそれで上手くなっていった。

Jリーグチップを買って、おまけのカードを集める。友達と交換する。チップを食べる。練習する。帰りにまた駄菓子屋へ行ってチップを買う。サッカーの話ばかりしていた。

生活の中心に、サッカーがあった。


そして迎えた1993年。アメリカワールドカップアジア最終予選。いわゆる「ドーハの悲劇」だ。

初めてのワールドカップ出場まで、あと数分だった。あと数分、守り切るだけでよかった。

でも——。

イラクのセンタリング。中央で合わせたヘディング。キーパーが見送る中、ボールはゆっくりとゴールへ吸い込まれていった。

不思議なことに、本当にショックな瞬間はスローモーションに感じる。あの時、初めてそう思った。

私はゴン中山と同じように泣きながら、布団にゴロゴロ転がった。親に冷ややかな眼で見られていたのは、いうまでもない。


もちろん、代表の青いユニフォームが欲しかった。

でも高かった。とても買える値段じゃなかった。それでも「欲しいなぁ」と言ってみたら、親が買ってきてくれた。

なぜか。

明らかにデザインがおかしい。どう見ても本物ではない。たぶん近所のしまむ〇あたりで買った謎の青いTシャツだった。

正直、「着たくねぇ……」と思った。でも親に悪い気がして、恐る恐る学校へ着ていった。

すると。

同じ謎Tシャツを着た友達がいた。

お互い顔を見合わせて、「お前もか」となった。二人で着ていれば怖くない。むしろドヤ顔で登校した。


サッカークラブの仲間たちも、次々と謎Tシャツを着始めた。気付けばみんな青かった。もはやユニフォームだった。

今なら「偽物じゃん」で終わるかもしれない。でも当時はそんなことどうでもよかった。みんな同じ色を着て、同じ夢を見ていた。それだけで十分だった。

ちなみに小学生時代のぼくらは、県大会の常連となっていく…


こんなたわいもない思い出話だけど、まだまだ続きがある。

サッカーがあるから今の自分がいる。そう言っても大げさではない。

次回も、あの頃のサッカーの話を書いてみようと思う⚽


いいなと思ったら応援しよう!