[初投稿]パン屋行ってみた(おふざけ)
「パンor白米の本質に迫る」
2024.6.9
「下剋上」
あなたはこの言葉を知っているだろうか。
下位に位置するものが上位に位置するものを倒し、権力を手中にするという意味である。
遠い昔、戦国時代に生まれたこの言葉は今日、スポーツの試合結果を報せる場面でよく使われる。
そんな下剋上が今日、私の心の中で起こったのである。これは、私が心の中で描く白米とパンに対するランク付けが変わったと言い換えられる。結論から述べると、それは一時的なものであり、本日限りのことである。しかし、本日私の中で起こったパンが白米を捲るという革命は、今後の自分史で語られ続ける出来事となるだろう。
7400
これは、私が午前中だけで歩いた歩数である。
日本の成人男性が1日に歩く距離は平均で、6793歩らしい。このデータから考えると、1時間半ほどの外出で7400歩を歩いた私は、かなりの体力を消費したとも言える。
しかし私は、この7400歩という一見すると、重労働である歩数に全くの苦痛を感じなかった。むしろ、「コスパの良さ」すら感じていた。そして、その理由は紛れもなく、口にした「パン」の美味しさによるものだ。
本日私は、とあるパン屋に足を運んだ。
大前提、私は朝昼晩問わず白米派である。幼い時から白米派であり、これを譲ることはできない。たけのこorきのこ、犬or猫など世の中には永遠に議論となるような究極の二択が存在する。これまで、私はこれらの二択を迫られた際、冷めた態度を取ってきた。というのも、本心で「どっちも好きである」と感じていたからだ。しかし、白米orパン。この二択を迫られた際に、「白米派である私の正当さ」を譲ることはどうしてもできない。それくらい白米を愛し、よく食べているからである。
ではそんな私が、なぜ今日だけはパン屋に7400歩も歩いて向かったのか。
そう、「下剋上」が起こったからである。
年に数回パンor白米を問われた時に揺らぐ日が訪れる。それは、私にとって絶対的存在である白米を否定する日である。通常これは私にとっては、あり得ない行為であり、天に唾を吐きかけるような愚行である。例えるなら、ムスリムがラマダン期間の日中に食事をするといった事と比較できるレベルであろう。
そんな下剋上を巻き起こしたパンは言わずもがな、「ベーコンエピ」である。幼少期から私は、このパン屋さんのベーコンエピをこよなく愛してきた。味、食感どれをとっても一級品なのである。このパンの美味しさを形容する言葉を探すことは極めて難しく、メイウェザーのパンチを避けることより難しいと言える。
そんなワクワクの気持ちと共に私は入店し、ベーコンエピの存在を確認する。迷う暇もなく、2つをトレーに乗せる。何かに操られたかのように足早にレジに向かい購入し、店を出る。
その時私は、戦国時代に無名の武士が総大将の首を剣に突き刺し、天に向かって勝利の雄叫びをあげる時の気持ちがわかったような気がした。
今日私がパン派に傾いたのは、天に唾を吐きかけるような愚行ではない。ラマダン期間の日中に食事を摂るような行為ではない。
「常識を壊し、新しい自分に歓喜する」そんな素晴らしい行為であり、下剋上なのである。
7400歩のおよそ半分を歩き、私は家に着く。
念願のベーコンエピを口に運んだ時、これまで私が白米に執着していたことをバカバカしく思った。ベーコンエピの良さを形容する言葉はないと先述したが、その言葉を見つけた。白米に対する私の気持ちを嘲笑する事で、ベーコンエピの良さを説明できる。それほど私にとっては美味しかったのである。
10分もせずに、私はベーコンエピ二つを平らげた。とても私は満足していた。大好きなコナンを相棒に食べるベーコンエピは至高だった。私は、若干の空腹を感じていた。まだ食べられる。意識の9割はコナンに向きながら追加で何かを食べようと私は動いていた。その「何か」を食べる用意ができ、「何か」を口に運んだ時に気づいた。
私は白米を食べていた。
