【デジタル巡礼】物語の地層:京都・碁盤の目

メンテナンスのためクリニックのベッドに横たわる。
人工腎臓(ダイアライザー)の液晶モニターには、残り時間を刻む無慈悲なデジタル数字。血液はポンプに吸い出され、体外という名の荒野を旅して、また熱を失って戻ってくる。週に三回、四時間の調律。これだけは、どれほど高性能な中古PCでも代わりは務まらない。
瞼の裏で、劇場版第21作『から紅の恋歌(ラブレター)』を再生する。大阪と京都を舞台にした、百人一首と爆破の連鎖。フィルタリングを終えた血液を全身に巡らせ、僕はフラつく足で渡月橋へと向かった。

渡月橋。
この橋は、千年の時を跨ぐ物理的なグリッドの一部だ。映画の中で、人々は札の速度を競い、計算されたグリッドの上で情念をぶつけ合った。
「百人一首の大会見れるかな?」
橋の上から川面を見下ろす。この街のすべては「百人一首」という名の、何百年も前に完成した古いOSの上で動いている。そこに現代の僕たちが、観光という名のパケットを流し込んでいるのだ。僕のような透析患者にとって、京都の街はあまりに情報密度が高い。どこへ行っても歴史という名のキャッシュが積み重なり、僕の演算能力を圧迫する。

嵐山の茶屋から、みたらし団子の焦げる匂いが漂ってくる。
京都の団子は最高だよな♪
……なんて、脳内の理性が警告を鳴らす。小麦粉と砂糖のシロップ。それは僕の調律を即座に破綻させる黒いコマンドだ。もしここで爆破に巻き込まれたら、誰が僕の透析スケジュールをリセットしてくれるだろうか。今の僕に、爆破から逃げ切る機動力はない。僕に残されているのは、自分の血中リン濃度を推測する、地味な計算だけだ。
古都の演算域。
数字だらけの血液データ。

それでも、燃えるような朱色を網膜に焼き付け、肺の奥まで古都の湿った風を吸い込んでいるうちは、まだ、僕というアカウントを強制終了せずに済む。
不自由なくらいじゃないと、人はちゃんと地面を踏めない。西の探偵の幼馴染の子のボケ突っ込みも見られない。
……なんて、また格好をつけすぎた。
渡月橋を去る頃には、夏物コートは秋の気配と人混みの熱を吸って、ずっしりと肩に食い込んでいた。
最寄り駅へ向かいながら、制限内の水を一口だけ喉に流し込む。ぬるいけれど、渇いたシステムに静かに染み込んでいく、無菌の味。
大ふべん者。
……だが、それがいい。
楽しんだやつが、持っていく。

