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「離婚を後悔しますか?」と聞かれたら

ゆる~く生きるMiiです。

この数日、記事の中に
元夫が登場しました。

今回は、私が離婚して
実際に感じたことを
少しだけ整理して
書いてみようと思います。

盾がなくなった。

令和の時代になっても、
シングルマザーの立場は、
決して強いとは言えません。

私自身、
母子家庭で育ちました。

高校生の頃、
母は役所の手続きを
私に任せていました。

理由は、
「子どもだと同情を得やすいから」。

社会人になってからは、
さらに重くなりました。

「娘に聞かないと、
 どうしていいかわからない」
そう言って、
あらゆる判断を私に委ね、
弱い母親を演じていました。

結婚して、
驚いたことがあります。

夫が外の対応を引き受けてくれ、
私は"主婦"として、
ご近所づきあいも含め、
無理に前に出なくて
よくなったことでした。

けれど、
シングルマザーになると、
環境はまた元に戻りました。

学校では担任に同情され、
引越し先でも、
シングルマザーだと知れると
どこか扱いが雑になる。

職場でも、
「可哀想な人」
という目で
見られることがありました。

少しでも私が
浮いた存在になると、
「だから離婚したのよ」
と陰口も言われました。

この空気は、
いつまで続くのでしょう。

娘に申し訳なかった

娘には、自分でできることを、
できるだけ教えてきました。

側転や逆上がり、縄跳び。
身体を張って、
一緒に遊びました。

平日は二人で練習し、
週末三人で出かけて
元夫に披露して
褒めてもらう。

二人でも十分でしたが、
熱が入りすぎて、
空気が張りつめることも
ありました。

そんな時、
元夫の存在は、
確かにありがたかったのです。

私が娘を肩車できたのは、
2歳まで。

それ以降は、
体力的に難しくなりました。

小さかった娘は、
小6まで、
元夫に肩車をして
もらっていました。

離婚したのは、
中学3年のとき。
体を張った遊びは
もうありません。

それでも、
三人で過ごした時間が
あったからこそ、
娘はここまで育った。

そう思う一方で、
奪ってしまったものが
あるのではないかと、
罪悪感に
押しつぶされそうに
なることもありました。

今、娘は理由も
理解しています。

会いに行く日は、
少し不機嫌になります。

それでも、
父親からの愛情を
感じていることも、
伝わってきます。

首都圏でも、田舎は同じ

緑の多い地域では、
首都圏でも、
地域の距離感は
地方と変わりません。

エレベーターで一緒になると、
さりげなく探られる会話。
本当に面倒です。

以前の私なら、
相手のペースに
飲まれていました。

でも今は、
悪意を感じる質問には、
無理に答えません。

娘を守るために。
そして、
自分が潰れないために。

最後に

「離婚を後悔しますか?」

そう聞かれたら、
私はこう答えます。

「いいえ」と。

静かで、
落ち着いた今の日常。
それが、
私にとっての幸せです。

大きな声で
誇れる人生では
ないかもしれません。

それでも、
今のこの日常を、
私は選んで
よかったと思っています🍀




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