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信州戸隠五社参拝 #1 「紅葉狩」の鬼女

戸隠神社は、信州戸隠連峰の麓に位置します。


1.戸隠といえば「紅葉狩」(個人的に)

戸隠神社、戸隠忍者、戸隠蕎麦(美味しい!)などありますが・・・。
個人的には能楽や歌舞伎の人気演目「紅葉狩」を思い出します。
その物語は、秋も深まり紅葉が鮮やかに色づく信州戸隠山が舞台なのです。

月岡芳年
《平維茂戸隠山鬼女退治之図》

2.歌舞伎「紅葉狩」のあらすじ

1)紅葉狩の宴
高貴な身なりの美しい女性、更科姫さらしなひめが侍女たちと、紅葉を愛でながら酒宴を開いています。
そこへ平維茂たいらのこれもちとその一行が通りかかります。
更科姫に誘われ、維茂は酒を酌み交わします。
更科姫は優美な舞と美酒に酔いしれて維茂一行は眠り込んでしまいます。
維茂が熟睡すると、更科姫と侍女たちは怪しい気配を漂わせながら姿を消します。

2)夢の中で山神様が現れる
維茂の夢の中に山神様(石清水八幡宮の末社の神様とも)が現れ、更科姫の正体が戸隠山に棲む鬼女であること、そしてこのままでは命が危ないことを告げ、神剣(小烏丸とも)を授けます。

3)鬼女との対決
山神が去り、目を覚ました維茂の目の前には、更科姫の姿はなく、恐ろしい鬼女が本性を現し襲いかかります。
維茂は鬼女と激しい戦いを繰り広げ、壮絶な立廻りの末、維茂は見事に鬼女を退治します。
 
⚫︎見どころ
「紅葉狩」の見どころは、その劇的な変化と華やかな演出にあります。
義太夫、長唄、常磐津という三つの異なる音楽が交互に、あるいは同時に演奏される「三方掛合」で上演され、とても華やかで贅沢な響きです。
前半の、更科姫と侍女たちの華やかで優雅な舞と、後半の、本性を現した鬼女の凄まじい迫力で維茂に襲いかかる場面への劇的な変化が見どころです。
 

⚫︎作者は…
歌舞伎「紅葉狩」の作者は河竹黙阿弥かわたけもくあみです。
明治20年(1887年)に九代目市川團十郎によって初演されました。
室町時代の人、観世信光かんぜのぶみつ作、能「紅葉狩」を歌舞伎舞踊としたものです。

奥社へ向かう参道
貴人の姫が宴を開いていたら怪しさしかないかも

3.戸隠の由来

戸隠山の名前の由来は、日本神話「天の岩戸隠れ」伝説にあります。
天照大神あまてらすおおみかみが天の岩戸に隠れた際、天手力雄命あめのたぢからおのみことがその岩戸を開き、岩戸を隠した場所が信濃国(現在の長野県)、戸隠山になったと伝えられています。
この伝説から、戸隠神社は天手力雄命をはじめ、天の岩戸開きの神事に関わった神々を祀っています。

奥社の創建は、孝元天皇5年(紀元前210年)に天手力雄命を祀ったのが始まりととされ、嘉祥2年(849年)には学問行者がくもんぎょうじゃが入山し、戸隠山を修験道の道場として開いた戸隠寺(後の顕光寺)が起源であるとされています。

⚫︎天岩戸(宮崎県高千穂)の記事はコチラ

4.戸隠神社の神様

五社それぞれの神さまです。

・奥社
天手力雄命 天岩戸を開いた力自慢の神様です。
・九頭龍社九頭龍大神くずりゅうのおおかみ 古くからの地主神様です。
・中社天八意思兼命あめのやごころおもいかねのみこと 思慮深い知恵の神様です。
・火之御子社天鈿女命あめのうずめのみこと 岩戸の前で桶を踏み鳴らし舞踊した女神様です。
・宝光社天表春命あめのうわはるのみこと おもいかねの御子神様です。

戸隠山の険しい稜線

5.戸隠の歴史

戸隠は、もともと雨乞いの霊験あらたかな修験道・山岳信仰の聖地でした。
室町時代に能「紅葉狩」が成立したように、それ以前の古い時代から「鬼が棲む」とされていたようです。

平安時代から鎌倉時代にかけては、比叡山、高野山と並ぶ「戸隠十三谷三千坊」と称されるほど栄え、多くの修験者や参詣者を集めました。
ちなみに戸隠名物の蕎麦は、修験者の携帯食として平安時代から珍重されたともいわれています。

こちらは二葉屋葉隠さんの戸隠そば
5束の「ぼっち盛り」

明治になるまではずっと神仏習合。
お寺は戸隠山勧修院顕光寺とがくしさんかんしゅういんけんこうじといい、江戸時代には「戸隠講」と呼ばれる集団での参拝が行われ、多くの講で宿坊も大いに賑わいました。
顕光寺の頃には、現在の奥社、中社、宝光社は、「奥院」「中院」「宝光院」と呼ばれていました。
奥社の参道の途中にある赤い「随神門」は、顕光寺時代には「仁王門」であり、その奥の参道の左右にも多くの子坊が存在していました。

明治になると、「廃仏毀釈」により、神仏習合であった戸隠寺は廃止され、現在の戸隠神社として神道に改められました。数多くあった僧房や宿坊は無くなり、現在はわずかにその存在の痕跡を感じさせ寂しいばかりです。

現在の戸隠神社は奥社、中社、宝光社、九頭龍社、火之御子社の五社からなり、それぞれ異なる御祭神が祀られ、様々なご利益があるとされています。
奥社参道に続く樹齢400年を超える杉並木は、戸隠の歴史と信仰の深さを象徴する景観として知られています。

戸隠神社奥の院にかつて祀られていた宇賀八臂九頭龍弁財天うがはっぴくずりゅうべんざいてんは、現在長野善光寺の宿坊蓮華院に移され祀られています。

今回は、戸隠といえば「紅葉狩」という個人の推しと、戸隠全体をまとめました。

次回は「宝光社から巡る五社参拝」です


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