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ただの移動が旅になる。新幹線でのひとときで感じたもの


緊張がゆるんだ、就職活動の帰り道


大学3年生の頃。

就職活動を終えた夕方、
張りつめていた気持ちがふっとほどけます。

ホテルのドアを閉め、品川駅へ向かう道を歩き始めると
さっきまでの自分とは少し違う空気をまとっているのが分かりました。

足取りは軽く
小さなスーツケースをガラガラと引く音さえ
どこか心地よいリズムに変わっています。

背筋を伸ばして、自分を良く見せようとする時間は終わり。

これから過ごす新幹線での4時間は
わたしだけの特別なひととき。

そう思った瞬間、移動はただの移動ではなく
ひとつの旅へ姿を変えました。

小さな贅沢を、自分へのご褒美に


品川駅に着くと、ふと目に入ったのは
当時の私にとって少し背伸びした存在だった、チョコレートショップ。

お洒落でシックな外観が
田舎育ちのわたしの目にはとても輝いて見えました。

チョコレートシェイクを注文すると
透明なカップの上には、たっぷりと盛られたホイップクリーム。

手にした瞬間、ほんのり冷たい重みが伝わってきます。

それはただの飲みではなく、小さなご褒美。

新幹線まで待ちきれず、一口味見してしまいました。

チョコレートの深みのある香りと
濃厚でコクのある甘さ。

そこにホイップクリームの柔らかな甘みが混ざって、
とても贅沢な気分にさせてくれます。

これから始まる新幹線でのひとときへの期待が
静かに膨らんで行きました。

ざわめきに包まれる駅のホーム


新幹線のホームには
人の気配が満ちていました。

行き交う足音
アナウンスの声
出発を待つ人々のざわめき

一人一人が違う場所へ向かうために
この一瞬だけ、ひとところに集まっています。

その雑多な空気の中に身を置くと
不思議と私のその一部になったような気がしました。

やがて発車の合図が鳴り響きます。

扉が閉まり、列車が静かに動き出す瞬間
こころの中で何かがふっと切り変わります。

「わたしだけの旅が始まる」

ただ移動しているのではなく
だんだんと意識が、日常から離れていくのを感じました。

動き出した、小さな旅


窓の外に目を向けると
景色はゆっくりと流れ始めます。

高層ビルの隙間を抜けて
やがて住宅街へ。

そして広がる青い空と、遠くに見える緑色の山々。

新幹線の中からでも
外の空気が澄んできたのを感じます。

表情を変えていく景色の移ろいを眺めているだけで
時間が豊かに満ちていくのが分かりました。

窓の横には、さきほど買ったチョコレートドリンク。
手元には、当時大人気だった推理小説。

ときおりドリンクの甘さを一口、口に含みながら
パラリとページをめくります。

物語に没頭して、ふと顔を上げると
窓の外にはまた違う景色が広がっています。

その繰り返しが
どこか特別なひとときに感じられました。

たった4時間の、贅沢な旅


気が付けば、車内のアナウンスが旅の終わりを告げます。

4時間という時間の中で、物語は大きく進み
私の心もすっかり軽くなっていました。

ただ座って、外を眺めていただけなのに。

そこには「旅の記憶」が残っています。

就職活動の緊張から解き放たれ
つかの間の自由を味わった、贅沢な時間。

日常から離れ
思考がほどけるひととき。

いつのまにか、体中が豊かさで満ちていました。


小さな旅が、わたしの旅の原点になった


ほんのわずかな、新幹線の移動時間。

ただの移動かもしれないけれど
意識が少し変わるだけで、それは立派な旅になります。

どこへ向かうかではなく
どう過ごすか。

移ろう景色や美味しいものをじっくりと味わう
ひとりの時間。

今思い返すと、わたしの一人旅の原点は
ここにあるのではないかと思います。

あの帰り道が教えてくれたのは
移動の中にも
豊かな旅は息づいているということでした。


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