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平和主義という成功体験──日本のオールドメディアが守ろうとしているもの

はじめに──高市叩きの違和感が示したもの

衆議院解散を受けて、テレビや新聞といったいわゆるオールドメディアによる高市早苗首相への批判が一斉に噴き出した。だが、ネット世論の反応の多くは、首相個人への否定ではない。むしろ、多くの怒りや失望は、日本のオールドメディアそのものに向かっている。

なぜこのような逆転現象が起きているのか。高市首相の是非を超えて、いま可視化されているのは、日本の言論空間が長年抱えてきた構造的な歪みである。本稿では、オールドメディアが「何を守ろうとしているのか」、その正体と構造を整理したい。

戦後日本が享受した「奇跡の環境」

戦後日本は、極めて例外的な安全保障環境の中で生きてきた。冷戦期には米国の軍事的庇護があり、ポスト冷戦期には米国一極体制と国際秩序が機能していた。日本は、自ら血を流さずとも安全を享受できる稀有な国家であった。

この環境のもとで、いわゆる絶対平和主義は現実に「成立してしまった」。それは、国家の生存戦略として緻密に選び取られた結果というより、地政学的条件が許した一時的な成立であった。安全保障を自ら設計しなくても済む、特権的な空白期間が存在したのである。

成功体験への誤認と自己像の変質

しかしオールドメディアは、この環境依存的な結果を「必然」と誤認した。平和は努力の成果であり、護憲と軍事忌避こそが日本を守ってきたのだと信じたのである。

やがて彼らは、平和主義を報じる主体から、平和主義を体現する当事者へと自己像を変えていった。自分たちは歴史の正しい側に立ち、戦後日本を導いてきたのだという自負が形成された。この時点で、報道は分析から使命へと静かに変質していく。

世界の変化と、認められない現実

しかし世界は変わった。力による現状変更が常態化し、国際法や対話だけでは抑止が効かない局面が増えている。安全は理念ではなく、現実の能力によって左右される時代に戻ったのである。

この変化を認めることは、オールドメディアにとって容易ではない。環境が変わったと認めれば、これまで語ってきた物語は「時代依存」だったことになる。正しかったのではなく、恵まれていただけだったと認めることは、職業人生そのものの再評価を迫る。

守られているのは思想ではなく「自己」

その結果、平和主義は目的ではなく手段となり、やがて盾へと変質した。守られているのは理念そのものではない。平和主義を正義として語り続けてきた「自分たち自身」である。

高市早苗という存在が、過剰な敵意を向けられる理由はここにある。彼女は平和主義を否定していない。しかし「抑止」という現実を正面から言語化する。その姿は、オールドメディアの成功体験に「時代は変わった」と突きつける鏡のように映る。

なぜ人格攻撃はブーメランになるのか

そのため、政策論争は後景に退き、人格や動機を断定する言説が前面に出る。「危険」「怖い」「非常識」といった感情語が多用されるのは、理屈による批判というより、防衛反応に近い。

だがこの手法は、もはや有効ではない。かつて情報の門番(ゲートキーパー)であったメディアは、いまや情報の濁流の一角にすぎない。一次ソースに直接触れられる国民にとって、メディアによる「色付け」は解説ではなく、不純物として映ってしまう。啓蒙者として振る舞うほど、メディア自身が当事者として評価され、その態度そのものが問われる。

結果として批判はブーメランのように返り、被批判者ではなく、批判者自身を照らし出す。

むすびに──時代更新に失敗した言論

これは右と左の対立ではない。「平和主義か好戦主義か」という単純な二項対立でもない。問われているのは、環境変化を受け入れる現実主義か、成功体験にしがみつく理念主義かである。

国民はすでに世界が変わったことを知っている。だからこそ、吠えれば吠えるほど逆効果になる。オールドメディアが守ろうとしているものが、理念ではなく自己であることが、ますます露わになるからだ。

必要なのは、過去の成功体験を否定することではない。それを「奇跡の幸運」であったと正しく位置づけ直し、新たな現実の上に立ち直ることである。それができない言論は、やがて時代という名の淘汰に直面することになるだろう。

いま起きているのは政権批判の成否ではない。戦後日本の言論が、時代更新に失敗した瞬間が、静かに可視化されているのである。

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