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『健康のありかを探してみた』



健康のありかを探してみた。



健康というのは、病気ではないとか弱っていないということだけでなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態のことなのだそうです。



体も心も、それから社会的なつながりも、みんなまるく穏やかに収まっている。そんな感じ。



心もカラダもね。そりゃそーだ。


健康を保つのって、簡単そうで面倒だなと、お布団の中でゴロゴロしながら他人事のように眺めてしまいます。



体も心も、周りとの関係も全部が満点だなんて、まるで絵に描いたお餅のようです。


毎日をすこやかに過ごすというのは、思っている以上に根気のいる作業です。周りを見てみると、みんなそれぞれ違った付き合い方をしていて、「へぇ、そうなんだあ」と、しみじみ思ってしまいます。



知識をしっかり持っていて、毎日コツコツと体にいいことを実践できる、本当に尊敬しちゃうくらい立派な人。


頭では「お野菜を食べなきゃ」と分かっているのに、日々の忙しさや、目の前のごちそうの誘惑にどうしても負けて後回しにしちゃう人。



それから、正しい知識に出会う機会がないまま「まあ自分は大丈夫でしょ」と本気で信じていたり、そもそも健康なんて言葉を意識せずに、自然体で暮らしている人。


本当にいろいろな人がいます。でも、どれが良い悪いなんてことは全然なくて、みんなそれぞれの毎日を、一生懸命に生きているのですよね。



私は完全に、二番目の「後回しにしちゃう人」です。
昨日はフライドポテトを食べて、気休めにトマトジュースを飲めばチャラになるのではないかと軽い気持ちで過ごしていました。



どれだけ食べるものに気を配って、早寝早起きをして、知識を完璧に集めたとしても、遺伝の病気だったり、突然の体調不良だったりを、100パーセント完全に防ぐことなんて、神様じゃないのだからできません。


それなのに、「完璧に健康でいなきゃ!」と自分をギリギリまで追い詰めてしまったら、心のほうが「もう、降参。」って悲鳴を上げて、本当にやられてしまいます。



それじゃあ、せっかくの健康のための努力が、本末転倒になってしまいます。


だから、時には「まあ、いっか」と、ある程度のところで諦めるというか、のんびり受け入れることも、すごく大事な気がするのです。



カーテンの隙間から、朝の光が部屋の中にすうっと入り込んでくるのをぼんやり眺めながら、ふと「健康って、一体どこにあるんだろうねぇ」と考えたりします。


WHOのいう健康は、ガチガチに固まったものではなくて、きっと毎日コロコロと形を変える、生き物のようなものだったりして?それはまるで、完璧ゴールのないお散歩を楽しんでいるようなものなのかもしれません。



お天気が良い日もあれば、雨が降る日もあるみたいに、私たちの体も心も、その時々で揺れ動くのは仕方のないこと。


完璧じゃなくても、ちょっと不摂生しちゃっても、「これが今の私なのだから、しょうがないじゃない」と笑って受け入れながら、今日ものらりくらり、すこやかに歩いていけたら......。




そんな「まあ、いっか」のすゝめを、心のお守りにしておけたらなと思います。








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