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肌感覚


エビデンス

コトを考える時に、又は岐路を選ぶ時に「論より証拠」として「エビデンス」を持ち出す方が大勢いる。研究、命、金銭のいずれかが関わる場合特に用いられるだろう。強力な武器になっている。だが、私はエビデンスを否定はしないが(積極的に)採用はしない。「気持ちが悪い」からだ。私自信の研究、命、金銭にも「エビデンス」を適応させるつもりもない。やたらとしっかりした数値や証拠は腑に落ちにくい。

証拠より論

私が大切にしているのは、結論に至るまでの思考、試行、志向、つまり経験だ。
タイパやコスパやスペパは悪い、断言できるがおすすめしない。
1.音を聞く、感動する、作りたくなる、試行錯誤する、指から血が出る、我慢する、血が出る、少しできるようになる、叩き込む。繰り返し。その先に演奏作曲
2.音を聞く、感動する、作りたくなる、そのバージョンのもしくは、某のプラットフォームのDTMの操作を覚える、

その先に作曲演奏
この行間と順番の違いが「気持ち悪い」のだ。
音楽の理論を学んでいるか?が焦点ではない、寧ろ学んでいるだろう。学んでいなければ現在のJ-popに多く見られる曲間のツボは無いはずだ。
DTM畑からしか収穫できない実りも理解はできる。
現在のヒット曲、証拠は揃っている。
私は、音楽の理論は全く理解できていない、王道のロックンロールコードはA,D,Eです!ぐらいしか理解できていない。
だが作曲してきた、逆説的だが論のみで自分への証拠を作ってしまった。
当然自分が作った曲なので「気持ちが良い」。
チャック・ベリーからビートルズからニルヴァーナからファイブフィンガーデスパンチ
肌感覚でわかる、ちゃんと進化しているコピペだ。限界はまだまだ先だろう。
ハチからじんから米津玄師(ハチだけど)から夜系からミセスグリーンアップル
肌感覚でわかる、これもちゃんとコピペだけど進化を感じない。切磋琢磨は感じています。
件の行間と順番のせいだろう。
もちろんボイトレをされているのだろうが、ものすごい高音又はガナリでツボを突く、
バブル期男性用シェーバーの刃数の様に増していく。どこかで限界が来るはずだ。

肌感覚は論であり証拠は無いというエビデンス

エビデンスは「動かない」も含めて能動的意味合いで使われる。
何事にもエビデンスを追求しすぎて無理してないだろうか?
考えるより先に動いていた
考えすぎて動かない
これはどちらも重要なことだと私は思う。

当然、私の与太話に「エビデンス」は無い。

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