もらる
イナカモンとモラル
長野県に移住して10年と少し立つが、移住した最初の頃はイナカモンに関わるコトを躊躇していた。都会に住んでいた頃のイナカモンの印象は「プラバシーの概念がなく、そこらでツバを吐き、タバコをポイ捨てし、すぐに噂を立て、すぐ近所にお野菜を配る」だった。
しかし、数日立つと確信に変わった。田舎も都会も「イナカモン」は均等にいる。
必然的に都会の方が「イナカモン」が多い。
したがって現在、私の周りには「イナカモン」が少ない。
私の定義は「イナカモン=モラルが欠如した人」だったのだ!これを確信した。
都会はヒトオオスギで個々に関わることが少ないだけだ。
私の定義でモラルの根本は「自分以外に押し付けること」つまり「自分は自分のモラルに基づいた行動は行わない」だ。例えば約束は破らないを信条としている人が禁煙を断念しても許容しているだろう。ざっくり言えばコミュニケーションにおけるアバターアイコンだ。
更に思考をDIYしてみる。
私の考える「モラル」はマイノリティーかもしれない
*店員さんがスマホを弄りながら接客する
*道で人にぶつかってもあやまらない
上記は私の考えるギリのモラル決壊ポイントだが、昨今これはマジョリティーだと思える場面にまぁまぁ遭遇する。
私がこれを行ったら生前のおばぁちゃんに確実に怒られただろう。
「礼」を基準にしたらモラルは決壊するが、全く違うベクトルである「利」を基準にしたら理にかなっている。
*副業である〇〇〇〇ですぐにコメントを返さなければならない(返さないと評価が下がる即ち収入が減る)
*あやまる行為が、かえって多くの労力や評価減衰を呼ぶ(タイパが悪い、SNSで晒されて叩かれる)
おばぁちゃんの時代では副業とはほぼほぼ内職であり、その時に気にするのは鍋の吹きこぼれぐらいだった。そして、ご近所さん以外の評価は気にする値もなかった。
「今の若人は」ではない「今の時代は」に置き換えれば良いのだ。
私の考えるモラルは今の時代必要ない、この状況で新しいコトを考えたほうが精神衛生上よい。
ギブソンだってそうだった
かつてジャズバンド内でギタリストは困っていた、アコギでは音が小さく埋もれていたからだ、練習したテクニックが目立たない!
同時代にラジオが普及し始めた、模倣してギターにコイルを付け音を増幅し、ケーブルでアンプ搭載スピーカーに繋いだ、大きな音が出た。
当時の有識者モラルには反する行為だったろう、だが結果現代に至るまで大正義になっている。
モラルからもらる
今の時代にもモラルはある、だが私が歌ったモラルとはベクトルが違うだろう。だから肩の力を抜いて自分のモノは「もらる」とする。
そして、ご近所様からいただくお野菜はとてもおいしい。
「ありがとうございます」
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