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ルーツを辿る。破天荒な祖母と120歳を目指す大叔父。

瀬戸内海には私のルーツが眠っている。
そう強く感じるのは、最近のこと。
元気がなくなると、ここに戻ってきたくなるのは
大好きだった祖母を感じたいからかもしれない。


この島には、94歳になる大叔父が1人で暮らしている。祖母の弟にあたる人だ。子ども二人は難病で10代で亡くなり、妻にも先立たれ、それでもなお精力的に暮らしている。

祖母は破天荒な人だった。不倫の末に子どもを3人産み、略奪婚をした。世間から見れば、きっと褒められた人生ではなかったのだろう。

私の母は、そんな祖母が出産のために戻ったこの島で生まれた。しかし、実家には受け入れてもらえず、本家の横にあった牛小屋で産んだという。近所の人たちが食べ物を差し入れし、なんとか生き延びた。

祖母とその母は仲が悪かった。けれど不思議なことに、私の母だけは祖母の母に可愛がられ、小学校へ上がるまでこの島で育った。


大叔父は、その頃まだ10代で、祖母が帰ってきた時、一切受け入れなかったという。今思えば、多感な年頃の少年にはあまりにも衝撃的な出来事だったのだろう。

実家とは疎遠の祖母だったが、大叔父が大人になってからはずっと連絡を取り合っていたらしい。
あんなに毛嫌いしていた祖母を弟である大叔父はなぜ受け入れたのかは、聞いたことがない。



私は祖母のことが大好きだった。決して溺愛されたわけではないが、祖母の家では私は子どもでいられた。夫である祖父は働かずギャンブル三昧で、そんな家庭を支えるため必死で働いた人だった。日本人よりも外国人との付き合いが多く、手に職を持っていた祖母がカタコトの英語でやり取りをしているのを子ども心に不思議な気持ちで眺めていたのを覚えている。

その祖母が亡くなって、お葬式で会って以来、大叔父と会うようになっていった。大叔父は祖母に似て、纏っている空気が似ている。
生命力に溢れる陽の気。
大好きな祖母を失い、どこか大叔父に祖母の面影を求めていたのかもしれない。



さて、
大叔父に会いに行ったその日、
しばらくたわいもない話をした後、
唐突に

「キツそうじゃのう。暗い顔しとるぞ。」

と言われ、私は何も言えなかった。

すると大叔父は、ぽつりと続けた。

「一年前もそんな顔じゃった。」

何も説明していないのに、94年生きてきた人には、誤魔化せないものがあるのかもしれない。


私は黙っていた。すると大叔父は急に商売の話を始めた。

どうやって会社を大きくしたか。
人をどう見てきたか。
何を大切にしてきたか。

そして少年みたいな顔で言った。

「わしは120歳まで生きる予定じゃ。」

思わず笑ってしまった。

すると大叔父は真顔でこう言った。

「人間は夢と希望を持って生きにゃいけん。」

そう言って、120歳までにやりたいことを語り始めた。

94歳の人間が、まだ先の夢を話している。
壮大なビジョンを語っている。

嘘のようなその姿に私は頭を垂れた。


穏やかな瀬戸内海とは裏腹に、荒れ狂う血筋は私の中にも流れている。

この狭い島から遠い都会を目指した祖母。
難病の子どもを抱え、差別を受けながらも一代で会社を築いた大叔父。

夢と希望を持って生きろ。


94歳の大叔父の言葉は、不思議なくらい真っ直ぐ私の中に入ってきた。


瀬戸内海は今日も穏やかだ。

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