雨は増えても、使える水は減っていく 温暖化とデータセンターが突きつける「水資源」の新しい問題
熱波によって記録的な渇水に見舞われたドナウ川から、氷河期のマンモスの骨や、第2次世界大戦中に沈められたナチス・ドイツの軍艦が姿を現した。
川底に眠っていた歴史が露出したという話だけを聞けば、珍しい発見のようにも思える。
しかし、本当に深刻なのは、マンモスや軍艦が見つかったことではない。
それほどまでに、欧州を代表する大河の水位が低下していることだ。
ドナウ川は、単なる川ではない。流域の生活用水や農業用水を供給するだけでなく、船による物流、工場の操業、原子力発電所などの冷却にも使われている。
水位が下がれば、船は十分な荷物を積めなくなり、発電所は冷却水を確保できなくなる。水不足が、物流、電力、産業、生活へと連鎖していくのである。
洪水と渇水が同時に起こる時代
日本でも、冬の少雨によって四万十川の流れが途切れ、川底が露出したことがある。
その一方で、別の地域では線状降水帯による集中豪雨が発生し、河川の氾濫や土砂災害が起きている。
同じ日本の中で、ある場所では水が多すぎて人が避難し、別の場所ではダムの貯水率低下が問題になる。
一見すると矛盾した現象だが、温暖化による水循環の変化を考えれば、両者はむしろ同じ原因から生まれている。
気温が上がると、空気はより多くの水蒸気を含めるようになる。暖かくなった大気は、海や川、土壌、植物から、それまで以上に水分を吸い上げる。
雨が降らない期間には地面や川が速く乾き、ひとたび雨雲が発達すれば、増えた水蒸気が短時間に大量の雨となって落ちる。
IPCCも、温暖化によって水循環が強まり、強い降水や洪水が増える一方、多くの地域では干ばつも深刻になると評価している。暖かい大気に集まる水蒸気量の増加は、強い降雨の際には気温1度当たりおおむね7%に近い割合で降水量を押し上げる可能性がある。
つまり、温暖化した世界では、雨が平均的に配られにくくなる。
毎週少しずつ降っていた雨が、何週間も降らなかった後に、数時間でまとめて落ちてくるようになる。
年間の降水量が同じだったとしても、水資源としての価値は同じではない。
ゆっくり降った雨なら土壌へ染み込み、地下水や河川、ダムを潤す。しかし短時間に集中した雨は、地面へ十分に浸透する前に川へ集まり、洪水となって海へ流れ出してしまう。
言い換えれば、これからの問題は単純な雨量の不足ではない。
雨は降っているのに、使える水として残らない。
これが温暖化時代の水不足である。
雪という「天然の貯水池」も小さくなる
水資源を考えるうえでは、雨だけでなく雪も重要である。
冬に山へ積もった雪は、春から夏にかけて少しずつ解け、長い時間をかけて川へ水を供給する。雪山は巨大な天然の貯水池として機能している。
しかし冬の気温が上がると、雪ではなく雨として降る割合が増える。
冬のうちに川から海へ流れてしまえば、暑くなって水需要が増える夏には残らない。積雪量の減少と融雪時期の前倒しは、川の流量や人間が利用できる水の時期を変えてしまう。IPCCも、積雪や氷の減少、高温化した干ばつが、水利用や生態系に対する脅威を強めると指摘している。
地球上から水そのものが消えているわけではない。
海にも空にも水は存在する。
しかし、人間が必要とする場所に、必要な時期に、真水として存在する量が減っているのである。
水が不安定になる一方で、データセンターは増えていく
さらに厄介なのが、利用可能な水資源が不安定になる時代に、別の巨大な水需要が生まれていることだ。
それが、AIやクラウドサービスを支えるデータセンターである。
データセンターには大量のサーバーが並び、24時間絶えず熱を発生させる。機器を正常に動かすためには冷却が必要であり、水を蒸発させて熱を逃がす冷却方式も広く使われている。
米国ローレンス・バークレー国立研究所によれば、データセンターの水使用には、施設内の冷却に使う直接的な水だけでなく、電力を作る発電所で使われる間接的な水も含まれる。
つまり、データセンターは二つの経路から水を消費する。
施設ではサーバーを冷やすために水を使い、その施設へ電気を送る発電所でも、設備の冷却や発電のために水を使う。
しかも水不足が起きやすい猛暑の日ほど、サーバーを冷やす負荷は高くなる。
住民や農業が水を必要とする時期と、データセンターが大量の冷却を必要とする時期が重なるのである。
IEAによると、データセンターの電力消費のうち、冷却や温度管理が占める割合は、効率の高い大規模施設では約7%だが、効率の低い施設では30%を超える場合もある。
AIの普及によって計算需要が増えれば、データセンターも増設される。
効率のよいサーバーや冷却装置が開発されても、それ以上の速さで計算量が増えれば、総消費量は減らない。
米国政府監査院も、生成AIの水使用量に関する企業の情報開示は限られており、正確な全体像には不確実性が残る一方、相当量のエネルギーと水を使用すると指摘している。
画面の中では、AIもクラウドも重さのない存在に見える。
しかし実際には、巨大な建物の中で大量の電気と水を飲み込みながら動いている。
クラウドという名前とは裏腹に、その正体は極めて物理的な工場なのである。
データセンターと住民が水を奪い合う可能性
今後、データセンターの立地を電気料金や土地価格だけで決めることは難しくなるだろう。
水資源に余裕のない地域へ巨大施設を建設すれば、渇水時に住民、農業、工業とデータセンターが同じ水を奪い合うことになる。
冷却方式を空冷へ変えれば水の使用量は抑えられるが、一般に電力消費が増えやすい。
水を節約すると電力が増え、電力を節約しようとすると水が増える。
どちらか一方だけを見ていては、別の場所へ負担を移すだけになりかねない。
そのため今後は、再生水の利用、冷却水の循環、外気冷却、液冷、廃熱利用などを組み合わせる必要がある。
また、施設の平均的な水使用量だけでなく、渇水時に地域の生活用水を圧迫しないかまで評価しなければならない。
重要なのは、データセンターが年間に何リットル使うかだけではない。
その水を、いつ、どこで使うのかである。
水が豊富な季節に再生水を使う施設と、干ばつ地域で真水を大量に蒸発させる施設では、同じ使用量でも社会への影響は大きく異なる。
実際、データセンターの処理内容や立地、電力源、冷却方式によって、水使用量には極端に大きな差が生じるとの研究もある。
空気から水を取り出す技術が注目される理由
こうした水資源の不安定化を背景に、注目されているのが、空気中の水蒸気から水を取り出す技術である。
代表的なのは、空気を露点以下まで冷やして結露させる方式だ。
原理としては除湿機やエアコンに近い。空気中の水蒸気を冷たい面に触れさせ、水滴として回収する。
ほかにも、乾燥剤や吸湿性素材へ水分を吸着させ、太陽熱などを使って水を放出させる方式、膜を通して水蒸気を分離する方式、霧の細かな水滴を網で捕まえる方式などが研究されている。米エネルギー省も、結露、吸湿材、膜分離などを利用する大気水生成を代替水源の一つとして紹介している。
空気採水の最大の利点は、巨大なダムや長い水道管がなくても、その場所で水を作れることである。
災害で水道が止まった避難所、離島、山間部、乾燥地、軍事拠点、観測施設などでは、大規模な水源を新設するより、小型装置を設置した方が合理的な場合がある。
太陽光発電と組み合わせれば、電力網や水道網から離れた場所でも、飲料水を少量ずつ生産できる可能性がある。
大気中から水を取り出す技術は、すでに結露方式だけでなく、吸湿材を利用する方式へ広がっている。吸着式は太陽熱を利用できる可能性があり、低湿度地域でも水を回収するための研究が進められている。
空気採水は「無限の水源」ではない
ただし、空気から水を作る技術を、魔法の蛇口のように考えるべきではない。
空気中に水蒸気が存在していても、それを液体の水へ変えるにはエネルギーが必要である。
湿度の高い地域なら比較的回収しやすいが、空気が乾燥している地域では、大量の空気を処理したり、吸湿材から水を放出させたりしなければならない。
特に従来型の結露方式では、空気を露点以下まで冷却する必要があるため、条件によっては大きな電力を消費する。
研究でも、気温や湿度が低下するほど、水を回収するためのエネルギー負担が急増することが指摘されている。
空気採水は、ダムや河川を丸ごと置き換える技術ではない。
都市全体の水道水や農業用水を空気だけから供給しようとすれば、膨大な設備とエネルギーが必要になる。
しかし、非常用水や飲料水、遠隔地の小規模需要を支える技術としては大きな意味がある。
水道インフラの主役ではなく、停電時のモバイルバッテリーに近い存在と考えた方がよいだろう。
普段の電力をすべてモバイルバッテリーで賄うことはできないが、電力網が途切れたときには役に立つ。
空気採水も同じで、巨大な水源の代替ではなく、水道網が届かない場所や、既存の水源が使えなくなったときの分散型水源として価値を持つ。
水資源も「一つの巨大設備」から分散型へ
これまでの水インフラは、大きなダムや河川から水を集め、長い水道管を通じて都市へ送る方式が中心だった。
しかし、雨の降り方が不安定になり、渇水と洪水が同時に起こる時代には、一つの巨大水源だけへ依存すること自体がリスクになる。
今後は、ダムや地下水だけでなく、
雨水の貯留、下水や工業排水の再利用、海水淡水化、海底下の低塩分地下水、空気採水など、複数の水源を組み合わせる必要があるだろう。
ただし、どの技術にも限界がある。
海水淡水化には大量のエネルギーが必要であり、濃縮された塩水の処理も問題になる。
海底下の地下水は、補給されない化石水であれば、使った分だけ失われる。
空気採水も、湿度や電力事情によって生産量が大きく変わる。
だからこそ、一つの夢の技術にすべてを任せるのではなく、地域ごとに異なる水源を組み合わせる必要がある。
AI時代に問われるのは「何を計算するか」だけではない
AIやデータセンターの拡大は、社会に多くの利便性をもたらす。
しかし、その計算能力は無限ではない。
半導体、電力、水、土地という現実の資源によって支えられている。
これまでは、より高性能なAIを作れるか、より多くのデータを処理できるかが競争の中心だった。
これからは、それに加えて、
限られた電力と水で、どれだけ価値のある計算を行えるか
が問われるようになるだろう。
温暖化によって、人間が利用しやすい水は不安定になっている。
その一方で、AIの普及によって水を必要とするデータセンターは増えていく。
そこで注目されるのが、空気や海、再生水など、これまで十分に利用されてこなかった水源である。
ドナウ川の川底から現れたマンモスや軍艦は、過去の遺物である。
しかし、その姿が示している問題は、過去ではなく未来にある。
水がなくなるのではない。
人間が使える場所とタイミングから、水が逃げ始めている。
その変化に合わせて、水の使い方と作り方の両方を変えなければならない時代が、すでに始まっているのである。
