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蜘蛛ですが、なにか?

スキルやステータスといった「システム」に支配された異世界……。勇者と魔王が放った魔法は、彼ら自身を消滅させてなお次元の壁をも突き抜け、日本のとある高校の教室で炸裂してしまう。
そこにいた生徒と教師は全員死亡。彼らの魂は「異世界」へと逆流し、そこで前世の記憶を持ったまま転生することになる。
「私」視点:
蜘蛛の魔物に転生してしまった「私」は、世界最大の迷宮『エルロー大迷宮』で目覚める。当初は何もわからないまま、がむしゃらに外敵を倒しては食料を得るだけの生活に順応していく。
大迷宮内部での数々の強敵たちとの戦いを経て、レベルアップしていく過程で、世界の鍵を握る「支配者スキル」とスキル「禁忌」を手に入れたことをきっかけに、世界の裏側に潜む管理者「邪神 D」の介入を受け、その存在に気付く。
そして、因縁の相手である地龍アラバとの一対一の戦いを制した「私」は、巣を焼き払っていた帝国の魔法使いロナントらを撃退して迷宮から脱出し、外界へと乗り出していく。
         ーウィキペディアより抜粋ー

この作品は、ひとりの少女(?)が異世界で「蜘蛛」として転生し、底知れぬ闇の迷宮から己の道を切り開く物語。軽妙な語り口とギャグめいた独白の裏には、死と隣り合わせの生存闘争、そして「存在とは何か」という根源的な問いが潜む。
クモ子は、最弱の魔物として生を受け、無数の捕食者が跋扈する迷宮で、食うか食われるかの連鎖の中に放り込まれる。飢えと恐怖に怯えながらも、彼女は己の知恵と機転で一戦一戦を勝ち抜き、技能を磨き、ついには進化の階梯を登っていく。その過程は、単なるレベル上げではなく、「生き延びるために己を変化させ続ける」という進化の意志そのもの。
やがて彼女が目指すのは、人間と蜘蛛の両面を併せ持つ存在――アラクネ。この形態への到達は、単なる強さの証明ではなく、人間としての記憶を持ちつつ、蜘蛛として生きてきた彼女にとって、アラクネとは「ふたつの自分」を統合し、新たなアイデンティティを獲得する象徴的な到達点。人間に戻るのではなく、「人であり蜘蛛でもある」存在へと変わることで、彼女は生物としての本能と理性、獣性と人性、その両立を果たそうと願う。そこには「生、とは何か」「わたしとは誰か」という問いに対する一つの答えがある。
生存とは、単に命をつなぐ行為ではなく、苦痛も孤独も受け入れ、それを糧として変化し続ける意思。クモ子はその実践者であり、彼女の歩みは、生命というものが本来持つ「しぶとさ」と「柔軟さ」を体現する。転生という非日常的な設定の中で、彼女はむしろ最も現実的な「生」を生きている。
この作品は、異世界転生という枠を超えて、存在の境界を問う寓話。クモ子がアラクネを目指す姿は、進化の果てに見出した「人間性の再定義」であり、彼女はこう叫んでいるように思える――
「私は人でも蜘蛛でもないけど、生きてるんだよ~」と。

てな感じで語っちゃいましたけど、「なろう」連載当初からのファンで結構期待してみてたんですね、時系列がWEB版から、小説版に代わるときに少し編集されましたけれど、個人的には、時系列がわかりにくいWEB版のほうが好みです。

オープニングは・・・・歌えません( ノД`)シクシク…
でも1stシーズンエンディングの「がんばれ!蜘蛛子さんのテーマ」歌:悠木碧は「どうして!??!?!????蜘蛛なんだよ~~~~~~!!!」は実感がこもって思わず熱唱してしまします。(⌒∇⌒)/


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