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愛少女ポリアンナ物語

愛少女あいしょうじょポリアンナ物語ストーリー』は、1986年1月5日から12月28日まで、フジテレビ系列で毎週日曜19:30 - 20:00(JST)に全51話が放送された、日本アニメーション制作のテレビアニメ。『世界名作劇場(ハウス世界名作劇場)』の第12作目に当たる。タイトルの『物語』には『ストーリー』というルビがふってあることから、『愛少女ポリアンナストーリー』とも呼称される。昭和61年度文化庁こども向けテレビ用優秀映画作品賞、および1987年日本アニメフェスティバル・アトム賞を受賞。

概要

原作はエレナ・ホグマン・ポーターの『少女パレアナ(少女ポリアンナ)』(Pollyanna)および『パレアナの青春(ポリアンナの青春)』(Pollyanna Grows Up)。父を亡くして孤児となったパレアナ(ポリアンナ)が、貧しさや不幸に負けずにがんばっていくという物語で、どれだけ苦しい状況でも、牧師である父親の遺言の「よかった探し」をするポリアンナが印象的で、前年の『小公女セーラ』に続くヒット作となった。

本作品では『少女パレアナ』を元にした第1部、『パレアナの青春』を元にした第2部からなる二部構成が採られている。ただし後述の通り、本作品でも原作からの改変・相違点が複数存在し、特に第2部は原作と年齢設定が異なるだけでなく、原作と比べて大幅に希望のあるストーリー展開となっている。最大の違いは、シリーズ後半(第2作目の小説を原作とする部分)において、ポリアンナが成長せず、その結果ジミーとの恋愛が省かれている点である。『私のあしながおじさん』や『トラップ一家物語』など「世界名作劇場」の他作品と同様に、主人公の年齢も引き下げられている。原作では11歳から20歳まで描かれているのに対し、本作では8歳から9歳までとなっている。また、物語の時代設定も原作(1913年および1915年に発表)より少なくとも7年後に移され、シリーズは1920年から始まる。

本作品では上記の通り「よかった探し」という言葉が創作され、視聴者の間でも定着したが、原作が出版された際も、主人公の名前であるPollyannaは「極めて前向きな楽観主義者」の意味として使われ、その後心理学分野での用語「ポリアンナ効果」「ポリアンナ症候群」が生まれた。

放映年の1986年は、プロ野球中継や特別番組などによる休止がほとんどなかったこともあり、全51話と多い話数で終了した。

少女パレアナ パレアナの青春

あらすじ

時代は1920年〜1921年のアメリカ。西部、架空の街ベルディングスビル、ボストンを舞台にした家族愛の物語が描かれる。

第1部

第1部では、父の突然の死により、ベルディングスビルに住む叔母のパレーに引き取られた主人公のポリアンナが、徐々に周囲の人間たちを感化していくエピソードから、自動車事故により足が動かなくなったポリアンナが、危険な手術に耐え、再び自分の足で立ち上がれるようになるまでの話を描いている。
西部編
主人公ポリアンナは、西部で牧師の父ジョンと二人で生活している。父ジョンは第2話ではやくも他界。孤児になったポリアンナは、叔母パレーに引き取られることとなった。
ベルディングスビル編
叔母のパレーに引き取られ、ベルディングスビルにやってきたポリアンナ。叔母のひどい仕打ちにもめげず、前向きに明るく「よかった探し」をする。ひたむきなポリアンナの姿に、周囲の人々は心引かれていく。
街一番の大富豪で変わり者のペンデルトン、子供ながら浮浪者のような生活をするジミー、病気で塞込んで愚痴ばかり言っているスノー夫人など、癖のある様々な人物が登場する。
街の人々の心を明るく変化させたポリアンナだったが、自動車事故が原因で神経を痛めて、二度と立ちあがることができない体になったと医師に宣告される。ポリアンナは、得意の「よかった探し」もできなくなってしまう。絶望的と思われたが、ボストンで手術を受ければ、再び立ちあがることができるようになるかもしれないとわかる。手術のために、叔母パレーとボストンへ旅立つ。
ボストン編
足の手術を受けるため、ボストンにやってきたポリアンナ。ポリアンナの足の手術は、当初の予測よりずっと成功率が低く、命の危険もあるという。戸惑うパレーだったが、ポリアンナの決心は固く、高いリスクの手術に挑戦することになった。ポリアンナは、長時間に及ぶ手術に耐え、手術はみごと成功する。
リハビリ中のポリアンナは、長年にわたり仲違いしていたパレーとチルトンが、今でも好きどうしであることを知る。ポリアンナは、ジミーの協力を借りて二人を仲直りさせようと試みる。

第2部

第2部では、手術後のリハビリのためボストンのカリウ家で暮らすことになったポリアンナが、カリウの甥で行方不明のジェミーを探し出そうと奮闘するストーリーが中心に展開する。ボストン編では、お隣のお嬢様サディや、スラムで暮らすミッキーといった個性的なキャラクターも登場する。怪我から回復したポリアンナがベルディングスビルに戻った直後に悲劇が起こり、ポリアンナ一番の親友であるジミーの過去と正体が明らかになる。
ボストン編
リハビリのため、ボストンの大富豪カリウ家で暮らすことになったポリアンナ。カリウは、身内につぎつぎに先立たれ、最愛の甥ジェミー・ケントが行方不明になり、ひとり不幸な毎日を送っていた。カリウは行方不明になった甥のジェミー・ケントを探し出そうとしていた。
ボストンについた翌日、ポリアンナは、リスのチップマックがいなくなっていることに気づいた。見知らぬ大都会ボストンで必死にチップマックを探すうちに、ポリアンナは迷子になってしまう。途方にくれるポリアンナの前に、ミッキーと名乗る新聞売りの少年が現れる。
チップマックを探し続けるポリアンナ。チップマックは、公園にいた車椅子の少年に保護されていた。しかし、車椅子の少年は、このリスはチップマックではなく、騎士ランスロットという名前で、自分のリスだと言う。
公園で出会った車椅子の少年、若君ジェームスことジェミーが、行方不明のジェミー・ケントなのではないかと思ったポリアンナは、このジェミーを引き取るようにカリウにすすめる。
ベルディングスビル編
リハビリを終え、ベルディングスビルに戻ったポリアンナ。ポリアンナの快気祝いの席を中座し、患者のもとに向かったチルトンは、帰り道で崖から転落し、帰らぬ人に。
悲しみに暮れるパレーを励まそうと努力するポリアンナだったが、なかなかうまくゆかない。パレーの気持ちを引き立てるため、ポリアンナは、パレーと仲のよいカリウ夫人と、ジェミーをベルディングスビルに招く。
ジミーは、カリウ夫人に挨拶するため、義父ペンデルトンと一緒にハリントン家を訪れる。ジミーの顔を見たカリウ夫人は、ジミーに見覚えがあると言い出す。

ーウィキペディアより抜粋ー

1986年に放送された世界名作劇場『愛少女ポリアンナ物語』。この作品を思い出す時、小生の心に最も強く刻まれていたのは、主人公ポリアンナが振りまく「よかったさがし」という名の魔法。

原作であるエレナ・ホグマン・ポーターの『少女パレアナ』を基にした本作は、単なる子供向けのアニメーションの枠を超え、困難な状況下で如何にして心の豊かさを保つかという、人生の普遍的なテーマを真っ向から描きます。此処では、ポリアンナが「よかったさがし」を通じて周囲の人々を、そして自分自身をも救っていく軌跡を辿りつつ、その精神の深淵について想いを巡らせて行きたいと思います。

「よかったさがし」という名の魔法の源泉

物語の冒頭、ポリアンナは最愛の父ジョンを亡くし、孤独な身となります。彼女に残されたのは、父から教わった「よかったさがし(Being Glad Game)」という習慣だけでした。これは、どんなに辛いコトや悲しいコトがあっても、その中から一つでも「よかった」と思えることを見つけ出し、喜びに変えるという魔法の言葉です。

例えば、慈善団体からの寄付の中に、欲しかった人形ではなく松葉杖が入っていたという絶望的な場面で、父はポリアンナに言います。「松葉杖を使わなくて済む体が健康であることに感謝しよう、それがよかったことなんだよ」と。この一見こじつけにも思える思考の転換こそが、ポリアンナを支える最強の武器となったのです。彼女にとって「よかったさがし」は単なる気休めではなく、過酷な現実を生き抜く為の切実な「魔法」でした。

凍てついた心を溶かすポリアンナの光

ポリアンナが引き取られた先は、厳格で冷厳に心を閉ざした叔母パレーの屋敷。パレーは且つての失恋や家族との確執から、感情を封殺して息を殺して生きていました。でも、ポリアンナの無邪気で、常に前向きな言葉と行動は、少しずつ屋敷の空気を変えます。

彼女の影響はパレーにとどまらず・・・。町で恐れられていた孤独な大富豪ペンデルトン、病気で寝たきりになり世を恨んでいたスノー夫人、そして身寄りのない少年ジミー。ポリアンナは、彼らの頑なな心に土足で踏み込むのではなく、ただ「よかった」という光を照らし出します。

スノー夫人に対しては「動かない手足のことではなく、動く指があることの喜び」を教え、ペンデルトンに対しては「一人でいる自由ではなく、誰かを必要とする心の温もり」を思い出させ・・・ポリアンナの魔法は、相手を説得するのではではなく、相手自身が自分の人生の中にある「小さな幸福」に気付く切っ掛けを与えることでした。

最大の試練:自分自身の絶望との対峙

物語の中盤、ポリアンナを最大の悲劇が襲います。不慮の自動車事故により、彼女は自慢の足を負傷し、「二度と歩くことは出来ない」という残酷な宣告を受けます。

これまで多くの人々を励ましてきたポリアンナ自身が、ついに「よかった」を見つけられなくなるという展開は、視聴者に強い衝撃を与えます。他人の不幸には「よかった」を見付けられた彼女も、自らの身体的な自由を奪われ、激痛と絶望に苛まれる中で、その魔法は力を失ってしまいます。

しかし、ここで物語が真に感動的な局面を迎えるのは、これまで彼女に救われてきた町の人々が、今度はポリアンナの為に「よかったさがし」を持って集まってくる点です。「ポリアンナのおかげで、自分はこんなに幸せになれた」という感謝の声が彼女に届くとき、ポリアンナは自分が蒔いた善意の種が、大きな花を咲かせたコトに気付きました。

「歩けなくなったからこそ、みんなの優しさがこんなに身に染みて分かった。それがよかったことなんだ」。そう涙ながらに語るポリアンナの姿は、単なる楽観主義者ではなく、苦しみの底から再び立ち上がろうとする強靭な魂の象徴となります。

成長と再生の第2部:ボストンでの新たな出会い

アニメ版の大きな特徴は、ポリアンナが手術のためにボストンへ向かい、其処での生活を描く第2部が構成されている点。リハビリという苦難を乗り越えつつ、彼女は更に広い世界で「よかったさがし」を実践します。

ボストンで出会ったカリウ夫人は、行方不明の甥を探し続け、深い悲しみの中に居ました。ポリアンナは此処で、単にポジティブであるのみならず、他人の痛みに寄り添い、共に希望を模索する成熟した優しさへと変化して行きます。新しい友人であるミッキーやサディ、そして車椅子の少年ジェミーとの交流を通じ、彼女の魔法は「個人の幸福」から「社会の中での絆」へと広がっていきます。

現代に生きる私たちへのメッセージ

『愛少女ポリアンナ物語』が、放送から数十年を経た今なお色褪せないのは、小生達が生きる現代社会に於いて「よかったさがし」が且つて無い程必要とされている時代だからではないでしょうか?

小生達は往々にして、自分が持たざるモノ、喪失したモノ、他人の優れた部分ばかりに目を向けて、「隣の芝は青い」現象をおこしてしまいがちです。SNSで他人の煌びやかな生活を眺め、相対的な不幸に意気消沈することも少なくはありません。そんな現代において、ポリアンナが説く「足元にある小さな喜びを拾い上げる勇気」は、一種の救済です。

「よかったさがし」は、現実逃避ではありません。辛い現実を認め、その上で、そこから一歩踏み出すための「心のエネルギー」を生成する能動的な行為。ポリアンナが示した道しるべは、環境が自分を幸せにするのではなく、自分の心が環境を幸せに変えて行くという主体的な生き方ではないでしょうか?

幸福はすぐそばに

物語の最終回、タイトルにもある「幸福はすぐそばに」と云う言葉が強調されます。ジミーの正体が判明し、パレー叔母さんに笑顔が戻り、バラバラだったパズルが完成するように、凡てが幸福な結末へと収束して行きます。

しかし、ポリアンナが教えてくれた本当の魔法は、ハッピーエンドそのものではなく、そこに至るまでの「過程プロセス」です。喩え結果がどうあれ、その時々で「よかった」と言える心を持ち続けるコト。その心の強さこそが、本当の意味での「愛少女」の称号に相応しい。

「今日も生きていてよかった」「あなたに出会えてよかった」。
そんなシンプルな言葉の積み重ねが、氷のような現代世界の孤独を溶かして行く。ポリアンナの「よかったさがし」の魔法は、今も小生の心の中で、優しく、力強い光を放ち続けております。この物語を見終えた後、皆んなの世界は、昨日よりも少しだけ明るく見えのではないでしょうか?其れは、小生達がポリアンナから「幸福の見つけ方」という、生涯枯れるコト無き魔法を受け継いだからではないでしょうか?

オープニングテーマ

「し・あ・わ・せカーニバル」(第1話 - 第27話)
作詞 - 岩里祐穂 / 作曲 - 芹澤廣明 / 編曲 - 和泉一弥 / 歌 - 工藤夕貴
第1部オープニングテーマ。
「微笑むあなたに会いたい」(第28話 - 第51話)
作詞 - 浅見純 / 作曲 - 鈴木キサブロー /編曲 - 矢野立美 / 歌 - 工藤夕貴
第2部オープニングテーマ。

エンディングテーマ

「愛になりたい」(第1話 - 第27話)
作詞 - 岩里祐穂 / 作曲 - 芹澤廣明 / 編曲 - 和泉一弥 / 歌 - 工藤夕貴
第1部エンディングテーマ。
「幸福」(第28話 - 第51話)
作詞 - 三浦徳子 / 作曲 - 小杉保夫 / 編曲 - 矢野立美 /歌 - 工藤夕貴
第2部エンディングテーマ。

爺も大好きですぞ~!!、是非一緒に唄いましょう!!


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