見出し画像

“平凡”な自分がイヤだった私。でも、それはただ、“バランス”を整えていただけ。

私は子どもの頃からずっと
“平凡”な自分が、イヤだった。

だから、周りからは変わってる、天然、て何度も言われてきたけれど、
不思議とイヤな気はしなかった。

何かが違う。でもそれが何かは、よく分からないし、言葉にできないけれど、どこか違和感がある。そんな感覚だった。


“平凡”な自分がイヤで、何者かになりたかった。
何者かにならないと、価値がないように感じてた。

学校の勉強が特別できる。
運動神経抜群。
歌が上手。楽器が得意。絵が上手。
人前で堂々と話せる。
外向的で、誰とでもすぐに打ち解ける。
ネットに詳しい。
容姿端麗。
思いやりがある。
誰にでも優しい。
親しみがあって、子どもの中にすーっと溶ける。

私の周りには
特別にすごいなと感じる人がたくさんいる。

そんな、自分の周りの人たちが眩しかった。
眩しすぎて、私は陰をまとった。

私は何をやっても平均前後。
なんてつまらないんだって思ってきた。

自分にも、自分にだって何かある。
そう思いたかったけど、思いつかなかった。

私は、自分の事を周りに語るタイプじゃなかったから、誰も私の中身には気づかなかった。

それは、家族や仲良しの友だちでさえも。

いや、仲良しの友だちなんていなかったかもしれない。

どう頑張っても同級生と分かり合えなかった。
同じノリやテンションにはついていけなかった。
会話をしても、心から面白いって感じられなかった。
頑張ってもどうにもできないから、諦めた。

この時の私は、全部自分のせいにしていた。
私自身の能力不足、努力不足のせいにした。
自分を責めた。

私の弟は勉強がよくできた。
愛想もよくて、運動もできて、ピアノも習ってた。
生徒会長もしてたし、高校、大学、就職まで、挫折なく、とんとん拍子で進んでいった。

今は、とある病院でお医者さんをしている。
自称“優秀”だそうで笑
患者さんからも感謝されているとのこと。
いつも自信満々な、私の自慢の弟。

こんな弟が年子でいるもんだから

私は自分の力のなさ、平凡さをひしひしと感じて苦しかった。

その感覚は、ずっと居座り、自分の可能性まで抑えこんでいた。

だから、自己嫌悪。煮え切らない。

なんだかずーっと憂鬱で、なんで生きてるのか分からなかった。

かと言って、いなくなってしまいたいと感じたことはなかった。

自分では頑張っているつもりなのに、なぜか空回り。

これまで自分一人でもがいてきたけれど、
約2年半前、ついに限界を感じて、
やっと誰かに頼ろうと心に決めた。

そんなときアメブロで突然飛び込んできたこの言葉。

「自分の良さが分からず“平凡”だと感じている、会社員/フリーランス/主婦の方へ。」

これが、ストレングスコーチのエリーさんとの出会いだった。

私はすぐに“ピン”ときて、LPに飛んで、そこからDMをした。
LINE登録をして、ある無料講座に参加した。

でも、思っていたのとはちょっと違ってた。
畑が違うって感じ。
それでも、この人だってことは感じてたから
またまた連絡をした。

そしたら、たぶん本来はなかった“名もなきセッション”をつくってくれた。

そこから、私の人生が“RE:スタート”した。

エリーさんとのセッションでは、
自分だけの強みの使い方を教えてもらった。
苦手の克服ではなく、強みにフォーカスして
強みを活かす。
活かすというより、強みを満たす感覚で。


日常生活の中で、強みを意識的に使うことで、アウトプットした。

違和感を見つけたら、とことん内省し、深掘りをした。

深掘りしたことを共有したり、

noteに綴ったりした。

コメントや、日常での対話を通して、自分を客観的に見られるようになった。

そしたら、自分のことが分かってきた。

前提条件を「私、そもそも人間じゃないからさ」としたことで、他者との比較やHSS型HSPだから…を言い訳にすることがなくなった。

自分のことが分かってきたら、生きづらくなくなって、楽に軽やかに生きられるようになった。

だから、自分のことを好きになれた。

能力としては、対して変わってないのだけれど笑

そんな、ありのままの自分も愛せるようになった。

自分をありのままに愛せるから、周りの大切な人のことも、心から愛せるようになった。

そしたら、見える世界が変わった。

私は私のまま生きたらいい。

そう思えて、カラダの力を抜いたら

色んなことが閃くようになった。

これは、いいぞ!と思い、
意識的に頭が思考することをゆるめた。

頭を休ませつつ、
心を使って感じることを意識した。

頭と心のバランスをとると、うまくいく。

これは、私が体感したこと。

頭の余白と心の余白をバランスよくとるために
調整をする。


たとえば、華やかな花束にごちゃごちゃした装飾は必要ない。
代わりに、シンプルだけど余白のあるラッピングやリボンを。

たとえば、感情がすでに詰まっている文章に、余計な説明や押し付けを重ねない。
代わりに、行間で終わらせる。

たとえば、
特徴的な声や曲調が魅力のアーティストに、難しい言葉はいらない。
代わりに、一見なんてことない言葉を置く。

朝は頭、昼は体、夜は心を使う
思考と感性の中間を意識する

バランスをとりさえすればいい。
自分の中でのバランスを。

平凡でも、全部並でも、取り柄がないでも、
つまらないでも、価値がないでもなかった。

自分の中でバランスを取るのが自然だった。
ただそれだけだった。

どこかに偏らせずにバランスをとる。
それが私にとっては自然なことだった。

意識するとでもなくいつも頭が働き、
気づき、内省し、言語化してしまう。
代わりに、“今ここ”に集中する時間をもうけることで、意識的に回転をゆるめる。

こんなふうに思考を整えるのに、言葉を使う。
使おうとするのではなく、考えようとするでもなく。


自分の感じたこと、思ったことを
バランスよく言語化して、誰かに伝えること。


これが私の強み。


あなたが教えてくれたから、
やっと
私は気づき、深め、自覚できたんだ。



ちょっとした自己紹介記事はこちら🧜‍♀️

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集