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『東西ドイツの遺産と“新興勢力” —— 伝統都市ライプツィヒに誕生した異端児』

Prologue:聖地の空腹を満たした「赤と白の翼」

「サッカーの歴史は一朝一夕には買えない。
 だが、新しい歴史の1ページ目をいまここで書き換えることはできる」

東ドイツ(旧GDR)の面影を残す重厚な街並みを抜け、旧中央スタジアムの巨大な土手に囲まれた「レッドブル・アレーナ」へ足を踏み入れると、ドイツの他スタジアムとは一線を画す光景に目を奪われます。

スタンドを埋め尽くすのは、幼い子供の首にタオルマフラーを巻き直す親たちや、ユニフォームを着た十代の若者グループ。過激な発煙筒も、殺伐とした超好戦的なウルトラス(熱狂的サポーター組織)の威嚇声もそこにはありません。響くのは、純粋なチャントと、洗練されたフットボールへの歓声です。

かつてドイツサッカー連盟(DFB)が設立された「フットボールの聖地」でありながら、東西ドイツ再統合後の産業衰退とともにトップフットボールの表舞台から消え去っていた都市、ライプツィヒ。

伝統を重んじる旧来のサッカーファンから「伝統を売金したマーケティングのバケモノ」と蛇蠍(だかつ)のごとく嫌われながらも、この街の新しい世代に空前絶後の歓喜をもたらした「RBライプツィヒ」。冷戦の記憶と最先端のスポーツビジネスが激突する街で起きた、壮絶なカルチャーショックの全貌を紐解きます。

Origin(誕生):1900年の聖地と、2009年のバイパス手術

ライプツィヒは本来、ドイツサッカー史において最も神聖な地の一つです。

1900年、この街のレストランでドイツサッカー連盟(DFB)が創設され、1903年にはライプツィヒのクラブ(VfBライプツィヒ)が第1回全ドイツ選手権で初代王者に輝きました。

しかし、第二次世界大戦後の東ドイツ体制下での政治的翻弄、そして1989年のベルリンの壁崩壊を経ると、旧東ドイツのクラブたちは深刻な資本不足に陥ります。西側の潤沢な資金を持つクラブに有望選手を乱獲され、名門と呼ばれたクラブ群は破綻や下部リーグへの低迷を余儀なくされました。

【ドイツフットボール史におけるライプツィヒの座標軸】

1900年:ライプツィヒにてドイツサッカー連盟(DFB)設立
1903年:VfBライプツィヒが第1回全ドイツ選手権で初代王者に輝く
1990年:東西ドイツ再統合。東側のクラブが過酷な資本主義の波に呑まれる 2006年:ドイツW杯開催にあわせ旧中央スタジアム跡地に
   「ツェントラール・シュタディオン」完成
2009年:レッドブル社が5部SSVマルクランシュテットのライセンス
    を買収、「RBライプツィヒ」誕生

「旧東ドイツの大都市に、欧州屈指の巨大クラブを作りたい」

オーストリアのエナジードリンク大手・レッドブル社が目をつけたのが、2006年ドイツW杯のために建設されながら、使用するトップクラブが存在しなかったライプツィヒの近代スタジアムでした。

しかし、ドイツフットボールには高い壁が立ちはだかります。クラブの過半数の議決権を会員(サポーター)が保有しなければならない「50+1ルール」、そして企業名をクラブ名に入れることの原則禁止規定です。

レッドブル社は知略を巡らせました。クラブ名を「Red Bull」ではなく、ドイツ語で「芝生スポーツ」を意味する「RasenBallsport(ラーゼンバルシュポルト)」の略称であるとし、頭文字「RB」を確保。会員の年会費を他クラブの10倍以上に高額化して実質的に一般参入を制限することで規律をクリアしました。

2009年、5部リーグのSSVマルクランシュテットの選手・ライセンスをベースに「RBライプツィヒ」が産声をあげた瞬間です。

People & Class:過激派の影と、平和を望んだ「新しい市民」

なぜ、商業主義の極みとも叩かれたこのクラブが、短期間で地元民の心を掴むことができたのでしょうか。その答えは、旧東ドイツ都市が抱えていた「ファンカルチャーの病」にありました。

かつてライプツィヒのフットボールシーンを二分していたのは、1.FCロコモティヴェ・ライプツィヒとBSG化学ライプツィヒ(現BSGケミー・ライプツィヒ)という2つの伝統クラブでした。

しかし、これらのクラブの対立は過激化し、スタジアムはネオナチやフーリガン、極左・極右の政治的闘争の場へと変質。週末に安心して家族を連れて行ける場所ではなくなっていたのです。

【ライプツィヒにおけるサポーター層の対比】
・伝統派(ロコモティヴェ / ケミー)
  └ 労働者階級、旧体制からのアイデンティティ、政治的イデオロギー、ウルトラス主導
・新興派(RBライプツィヒ)
  └ 中級階級、IT・再開発エリアの若年層、ファミリー層、政治色を排除した純粋エンタメ志向

東西再統合後、製造業の衰退によって若者の流出に悩まされたライプツィヒですが、2010年代以降は「新ベルリン(Hypezig)」と呼ばれるほどIT企業やアート産業が隆盛し、若いファミリー層が激増します。

彼らが求めていたのは、過激なイデオロギーの衝突ではなく、「週末に子供と一緒に安全に世界最高峰のフットボールを楽しめる場所」でした。

RBライプツィヒは、スタジアム内での政治的横断幕を厳格に禁止し、徹底したファミリーフレンドリー施策を徹底。旧伝統クラブから弾き出されていた中級階級や子供たち、そして新しい移住者層を総取りすることに成功したのです。

Turning Point:“教授”ラングニックの革命と、敵意を力に変えた躍進

クラブの運命を決定づけたのは、2012年のラルフ・ラングニックのスポーツディレクター就任です。

“教授”と呼ばれたラングニックは、莫大な資金力だけに頼る補強を全否定しました。「24歳以下の経験浅く伸びしろのある若手しか獲得しない」「ボールを奪って10秒以内にシュートまで持ち込む」という徹底したハイプレッシング戦術とスカウティングシステムを構築。

【RBライプツィヒの奇跡的なステップアップ】

2009-10 : NOFVノーバー・オーバーリーガ(5部) 優勝
2012-13 : レギオナルリーガ北東部(4部) 無敗優勝
2013-14 : 3. リーガ(3部) 2位(ストレート昇格)
2015-16 : 2. ブンデスリーガ(2部) 2位(史上初の1部昇格)
2016-17 : ブンデスリーガ(1部) 準優勝(欧州CL出場権獲得)
2021-22 : DFBポカール 優勝(クラブ初の主要タイトル)

2016年、クラブ史上初めてブンデスリーガ(1部)に昇格すると、アウェーのスタジアムでは壮絶なアウェー洗礼が待っていました。

ドルトムントのファンからは「伝統の敵」と罵られ、他クラブのスタンドには牛の生首が投げ込まれるほどの激しいヘイトを向けられました。

しかし、RBライプツィヒの若きイレブンは、その敵意すらも超絶的なハイテンポ・フットボールのエネルギーに変換。

昇格初年度にして王者バイエルン・ミュンヘンに肉薄する2位に食い込み、欧州中にその存在を解き放ちました。

2022年にはDFBポカール(ドイツ杯)を制覇。創設からわずか13年で、伝統の聖地に「本物のタイトル」を持ち帰ったのです。

Culture & Stadium Gourmet:伝統の洋菓子と、新旧が交差する地ビール

試合当日の雰囲気を味わうなら、ライプツィヒ中央駅から路面電車(トラム)に乗ってスタジアムを目指すのが王道ルートです。スタジアムへ向かう道中、サポーターが手にするグルメには、この街ならではの深い歴史が隠されています。

1. 観戦のお供「カリーヴルスト(Currywurst)」

ドイツのスタジアムグルメの王様。香ばしく焼いたソーセージに、特製カリーケチャップとカレーパウダーをたっぷりかけた一品。外側のパリッとした食感とスパイシーなソースは、肌寒いサクソニー州の気候の中で冷えた身体を身体の芯から温めてくれます。

2. 伝統の銘菓「ラープラ・ラープセン(Leipziger Lerche)」

スタジアムへ向かう前に街の旧市街でぜひ手に入れたいのが、ライプツィヒ名物の焼き菓子「ラープラ・ラープセン(ライプツィヒのヒバリ)」。

19世紀、ヒバリの乱獲が禁止された際、職人たちがヒバリの形を模して作ったラム酒とアーモンド(マジパン)香るサクサクのパイ菓子です。十字の生地はヒバリを縛る紐を表現しています。これをポケットに忍ばせ、観戦中の糖分補給にするのが地元通の楽しみ方です。

3. 地元が誇るピルスナー「ウル・クロスティツァー(Ur-Krostitzer)」

スタジアム周辺のパブで圧倒的なシェアを誇るのが、1534年創業の地元の老舗ブルワリーが作るピルスナー「ウル・クロスティツァー」です。

スウェーデン国王グスタフ2世アドルフの横顔が描かれた緑のラベルが目印。ホップの程よい苦味とキレのある味わいは、脂の乗ったソーセージと最高の相性を誇ります。新興クラブを応援しながら、500年以上の歴史を持つ地ビールを煽る——これぞライプツィヒならではのカルチャーの交差点です。

Epilogue:未来のフットボールがここにある

「お金で買ったクラブに魂はない」

西側の伝統クラブのサポーターたちは、いまもそう吐き捨てることがあります。しかし、実際にレッドブル・アレーナの熱気に包まれ、子供たちが歓声をあげる姿を見れば、その論理が一方的なものであることに気づくはずです。

RBライプツィヒは、単なる企業の宣伝ツールではありません。失われていた東ドイツのフットボールの誇りを取り戻し、誰もが安心してサッカーを愛せる場所を街に提供した「現代の地域再生プロジェクト」なのです。

古き良き伝統の文脈だけでは生き残れない現代フットボールにおいて、この異端児が提示したモデルは、フットボールクラブと街の新しい関係性を問い続けています。


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