冷笑系は社会人になる前に直そう
1. 私も昔は冷笑系だった
長い時間をかけて作られた思想や人格というものは中々変えられないですが、これで非常に痛い目を見たので記事にしてみたいと思います。
そもそも、この記事でいう冷笑系とは、他人の努力や熱意を斜に構えて見たり、自分は周囲とは違う視点を持っていると考えたりする人のことです。
もちろん、こうした考え方そのものが常に間違っているとは思いません。
ですが、このような考え方を持ったまま社会人になるとかなり苦労します。そしてそんな考え方の根底には高いプライドがあります。自分は周囲より物事を分かっている、自分は流されていないという意識です。しかし、そのプライドを持っていると社会人でじわじわと苦しむことになります。
そこで本記事では、過去に冷笑系だった私の経験をもとに、冷笑系が社会人になると発生するリスクについてお伝えして、普段の仕事のヒントとしてもらえればと思います。
ここまでで、「仕事なんてものにそもそも力を入れるなんてばかばかしい」と思っている方もいると思いますが、よほどの才能や運がなければ仕事はある程度続けるものですから、仕事が継続できるメンタリティーを作ることは重要です。『冷笑』せずに読んでもらえると幸いです。
2. 冷笑系は無知な自分を認められない
わたしが社会人1年目の頃、一番苦手だったのは『頼る』という行為でした。なぜなら、『頼る』というのは、自分一人では解決できないことを認める行為だからです。自分は周囲とは違う視点を持っている、自分は物事を冷静に見られている。そうした意識があるからこそ、自分の無知や未熟さを認めるのが苦手です。
実際、わたしも先輩に質問のチャットを送るだけで30分以上悩むことがありました。「こんなことを聞いて無能と思われないか」と考えてしまっていたのです。
しかし、社会人1年目は分からないことだらけで当たり前です。多くの先輩社員もそれを理解していますし、新人に求められているのは完璧さではなく学ぶ姿勢です。ところが冷笑系の人間は、自分が知らないことを認めるのが苦手です。その結果、人を頼る機会を逃し、経験を積む機会まで失ってしまいます。
そして、その影響は2年目以降になって少しずつ表面化していきます。
3. 2年目以降でさらに苦しくなる
人に頼れなかった影響は、単に経験不足だけではありませんでした。
2年目になると、新人という免罪符は少しずつなくなっていきます。当然、周囲から求められることも増えていきます。
しかし、私は1年目のうちに十分な経験も積めず、それに加えて、人に頼ることを避け続けた結果、職場での人間関係も十分に築けていませんでした。
仕事は基本的に一人ではできません。しかし冷笑系の人間は、自分の弱さや未熟さを認めることが苦手です。そのため、困ったときに助けを求めることもできず、「自分一人で何とかしなければならない」という発想に陥りがちです。
実際、私も2年目になってから毎日のように不安を抱えていました。
「これからは一人で何とかしなければならない」
そんなことばかり考えていました。そして不安から逃げるように飲酒量も増えていきました。さらに職場では、
「自分は仕事ができないと思われているのではないか」
という考えが頭から離れませんでした。
仕事に集中できない。
ミスが増える。
さらに自信を失う。
そして次第に、「会社に行くこと」そのものが苦しくなっていきました。朝起きるだけで強い不安を感じ、休日も仕事のことが頭から離れませんでした。
最終的に、私は2~3年という長い期間、休職と復職を繰り返すことになってしまいました。もちろん、休職の原因がすべて冷笑的な考え方にあったとは思いません。しかし今振り返ると、自分の未熟さを認められず、人に頼ることもできなかったことが状況を悪化させたのは間違いありません。
4. 社会人になる前に直したほうがいい
というわけで、私の例は極端ではありますが、多かれ少なかれ仕事を続けるうえでリスクになると考えています。ですので、学生の方は社会人になる前に、社会人の方はできるだけ早いうちに向き合った方がよいでしょう。
私自身、休職期間中にかなり苦労しながらこの問題と向き合いました。その中で特に効果があったと感じることが二つあります。
自分が何に不安や恐怖を感じているのか言語化する
冷笑的な人間は、自分の弱さを認めることが苦手です。不安や恐怖というのは、自分が守ろうとしているものを教えてくれます。そして私の場合、それは高すぎるプライドでした。
言語化の方法として、私は日記形式で考えたことや感じたことをすべて書き出すようにしていました。そうすることで、ようやく自分が何に不安や恐怖を感じているのかを理解できるようになり、「自分は思ったよりも気楽に構えていてもいいのだ」と気づくことができました。今考えれば、これは自分のプライドと向き合う作業だったのだと思います。
不安や恐怖を誰かに話す
もう一つは、自分の不安や恐怖を他人に話すことです。これは本当に勇気が要りました。プライドが高い人間にとって、自分の弱さをさらけ出すのは苦痛だからです。わたしは、精神病院に入院していたこともありますが、そこにいた患者さんと意気投合して、そこで初めて人に話せました。初めて話し終わったその日はとても心が晴れやかで、その日食べた病院の夕食は、誇張抜きで「人生で一番おいしい夕食」だったことをよく覚えています。
そして、徐々にほかの人にも自分の不安や恐怖を話せるようになり、その中で人と自然と話したり、ときには頼ることができるようになりました。
5. まとめ
今振り返ると、問題だったのは冷笑そのものではありませんでした。
問題だったのは、その裏にあった高すぎるプライドです。
自分は周囲とは違う。
自分は物事を冷静に見られている。
自分は流されていない。
そう思うことで自分を守っていたのだと思います。しかし、そのプライドは無知な自分を認めることや、人に頼ることを難しくしました。
社会人になると、知らないことやできないことに向き合う場面が何度もあります。そのたびに必要になるのは、自分の正しさを証明することではなく、自分の未熟さを受け入れることでした。
もちろん、冷笑的な視点そのものが悪いわけではありません。世の中には疑った方がよいこともありますし、組織や常識に流されない姿勢が必要な場面もあります。ただ、それが自分を守るためのプライドになってしまうと、いつか自分自身を苦しめることになります。
もしこれから社会人になる方や、昔の私と同じような考え方をしている方がいるなら、一度でよいので自分の考えと向き合ってほしいと思います。
最後になりますが、この記事が少しでも皆様の参考になれば幸いです。
ご覧いただきありがとうございました。
