見出し画像

経済制裁は本当に「戦争の代替手段」か?――イランが証明した「経済戦争の逆説」

私は44歳の女性で、人生の41年間を様々な程度の経済制裁の下で生きてきた。制裁は天気のように私の生活の一部だった

— ハビベ・ジャファリアン(Habibe Jafarian)、イラン人作家・編集者

制裁は機能する。ただし、ほとんどの人が考えるような形ではない

— 本書著者(序文より)

ウクライナの空を飛んだイラン製ドローン。その技術開発を実質的に後押ししたのは、皮肉にも制裁を課した米国だった。「戦争をしない平和的手段」と信じられてきた経済制裁が、実は最も残酷な戦争形態の一つだったとしたら、多くの人は戸惑うだろう。

イランの作家ハビベ・ジャファリアンは、人生の41年間を制裁の下で過ごしてきた。彼女にとって制裁は「天気のようなもの」だ。止められず、逃げられず、日常に染み込んでいる。2018年以降、食料価格は186%上昇し、医療費は125%跳ね上がった。中産階級は人口の45%から30%へ急縮小した。

だがこの「見えない戦争」の最大の逆説はこうだ。制裁は敵を弱体化させるどころか、最も極端な部分を選択的に強化した。革命防衛隊は制裁破りで巨富を蓄え、穏健派は壊滅し、イランはより軍事的で好戦的な国家へと変貌した。日本のガソリン価格、電力代、円安。これらすべての背後に、制裁という「見えない歯車」が噛み合っていることを、本書は鮮やかに証明する。

著者・書籍紹介

『制裁はいかに機能するか――イランと経済戦争の衝撃』(How Sanctions Work: Iran and the Impact of Economic Warfare、2024年)は、スタンフォード大学出版から刊行された、対イラン制裁の包括的分析書だ。

著者は4名。人類学者のナルゲス・バジョグリ(Narges Bajoghli、ジョンズ・ホプキンス大学)、外交政策アナリストのヴァリ・ナスル(Vali Nasr、元米国務省顧問)、イラン経済学の第一人者ジャヴァード・サレヒ=エスファハニ(Djavad Salehi-Isfahani、バージニア工科大学)、核不拡散専門家のアリ・ヴァエズ(Ali Vaez、国際危機グループ)。人類学、外交、経済学、核問題という異なる専門領域の超一流研究者による共著であり、ジョンズ・ホプキンス大学の「制裁下のイラン」プロジェクトの集大成である。

本書はイラン国内80名への長期インタビュー、ペルシャ語メディアの多年度にわたる言説分析、そして公開統計データの精密な経済分析を統合している。体制批判者から革命防衛隊OBまで、幅広い政治的立場の声を拾った点が他に類を見ない。「制裁を受けた側から書かれた数少ない学術書」という位置づけだ。

2026年現在、イスラエルとイランの直接的軍事衝突が現実化するなかで、40年以上にわたる制裁の帰結を包括的に検証した本書の重要性は、刊行時よりもさらに増している。


1. 財務省の暗い部屋で決まる戦争:制裁は爆弾より優れた兵器か

経済的で、平和的で、静かな、致死的な救済策を適用せよ。そうすれば武力は不要だ

— ウッドロー・ウィルソン

経済制裁は「戦争の代替手段」として生まれた。第一次世界大戦の惨禍のあと、西洋の指導者たちは軍事力に代わる圧力装置を求めた。「経済的窒息」によって国家を屈服させれば、兵士の命は失われない。ウィルソンが1919年に語ったこの構想は、一世紀にわたって生き延び、今やアメリカ外交の最も多用される道具となっている。

米財務省外国資産管理局

問題は、その使用が制御不能なまでに膨張していることだ。21世紀に入って以降、米国の制裁件数は900%以上増加した。この数字は単なる統計ではない。制裁が「最後の手段」から「最初の選択肢」に変質したことを示している。

制裁の構造を見てみよう。初期の制裁は一次制裁、つまり「直接取引の禁止」に限られていた。アメリカがイランから石油を買わない。それだけだ。だが1990年代以降、二次制裁(第三国の企業がイランと取引すれば、その企業もアメリカ市場から排除する)という仕組みが登場した。たとえるなら、ある店を出入り禁止にするだけでなく、その店に出入りした人も全員出入り禁止にするようなものだ。

米財務省のOFAC(外国資産管理局)は、この制裁体制の司令塔である。大統領令26本、議会立法6本、州レベルの投資禁止法32本。著者たちはOFACを「暗い部屋のスーツ姿の戦士たち」と形容する。ペンタゴンの爆撃機のパイロットではなく、財務省の法律家と銀行家が戦争を遂行する時代が来た。

イランに対する制裁は、トランプ政権の「最大圧力」期に750件から1500件以上へと倍増した。SWIFT(国際銀行間の送金メッセージシステム)からの排除は、事実上、イランを国際金融システムから追放する行為だった。これはドル覇権という「見えないインフラ」を武器化した瞬間である。

日本もこの構造の当事者だ。日本企業はイラン原油の主要輸入者だったが、二次制裁の圧力で撤退を余儀なくされた。東レ、JXTG、大手商社――いずれもアメリカの制裁体制に逆らえば、自社がドル決済システムから排除されるリスクを負う。制裁とは、課す側にとってはコストゼロに見える武器だ。だがそれは本当だろうか。この問いが、本書全体を貫いている。

「制裁は確かにイランをJCPOA(包括的共同行動計画、いわゆるイラン核合意)の交渉テーブルに着かせたではないか」。こう反論する向きもあるだろう。著者たちはこれを否定しない。ただし重要な留保を付ける。オバマ期の制裁が「成功」したのは、制裁の「解除」という見返りが明確に提示されていたからだ。制裁の威力は、課すことにではなく、解除する能力にある。トランプ政権はこの教訓を無視した。同じ道具でも使い方を誤れば、結果はまったく逆になる。

2. 圧力をかけるほど強くなる:制裁がイランの軍事力を育てたメカニズム

私たちは同時に二人の相手とボクシングをしている。米国と、私たち自身の強硬派だ

— アリレザ(イラン改革派活動家・元政治囚)

制裁は敵を弱体化させるための道具だ。少なくとも、そう設計された。だがイランで起きたことは、設計者の想定とは正反対だった。最大圧力制裁は、イランの穏健派と市民社会を壊滅させる一方で、革命防衛隊(IRGC)を史上かつてないほど肥大化させた。

イラン革命防衛隊(IRGC)は、イランにおける主要な軍事的、政治的、経済的勢力である。BBC

このメカニズムは直感に反するが、論理的には明快だ。制裁は正規の国際取引を遮断する。すると経済活動はブラックマーケットへ移行する。ブラックマーケットを運営できるのは、国家権力と軍事力を背景に持つ組織だけだ。イランではそれが革命防衛隊にあたる。制裁が厳しくなるほど、正規の民間企業は西側のパートナーを失い、代わってIRGC系企業が市場を支配する。

ある裕福なイラン人実業家マスウード(Massoud)は、こう証言している。「制裁はイスラム共和国に、革命以来できなかったことを可能にした。体制に忠実な者たちを、富の圧倒的な支配者にすることだ」。制裁前、独立系の民間資本家はイラン国内で相当な影響力を持っていた。西側との取引ネットワークが彼らの力の源泉だった。制裁がそのネットワークを断ち切ったとき、彼らの経済的・政治的影響力は急速に失われた。

数字で見ると事態の深刻さが際立つ。2018年から2021年にかけて、800万人以上が中産階級から脱落した。貧困層は400万人増加した。だが革命防衛隊とその関連企業は「桁違いの富」を蓄積した。正確な数字は不明だ。制裁破りはその性質上、ブラックマーケットと賄賂を経由するため、透明性が構造的に欠落するからだ。

ここに制裁の根本的な逆説がある。制裁は「標的」として指定したまさにその組織――革命防衛隊、最高指導者の周辺――を、経済的に最も強化した。「制裁は革命防衛隊への補助金プログラムとして機能した」という本書の指摘は、誇張ではなく構造分析の帰結である。

この構図は、日本の読者にも馴染みがないわけではない。この構図は、ある種の政策が意図せざる結果をもたらすという点で、日本の事例とも通底する。 アベノミクスの量的緩和が大企業と金融市場を潤す一方で、中小企業や個人の実質賃金は停滞し続けた。政策が意図せざる富の再分配を引き起こすという構造的パターンは、制裁と金融政策という道具の違いを超えて共通している。

「IRGCが強くなったのは制裁ではなく、もともとの体制設計のせいではないか」。この反論には一理ある。だが本書のデータは2011年以前と以後の比較を明示しており、制裁が既存の傾向を指数関数的に加速させた事実は数値で裏付けられている。制裁前と後では、富の集中構造が質的に変容しているのだ。

3. 社会が制裁される時:中産階級の消滅と「諦めの日常」がもたらすもの

私の患者たちが感じた絶望の深さは、2019年冬から2020年初頭にかけて突出していた

— リーダ(テヘラン大学精神科教授)

制裁は「国家」に課されるものだと、多くの人は考えている。だが実際に制裁の重圧を背負うのは、市場で果物を買い、子どもの学費を工面し、家賃を払う普通の人々だ。

2025年3月3日、テヘランの大バザールで、男性が両替所を通り過ぎる。(クレジット:アッタ・ケナレ/AFP)

本書が提示するデータは衝撃的だ。2018年から2021年にかけて、イラン経済は12%縮小した。一人当たり所得は14%減少。食料価格は186%上昇し、医療費は125%跳ね上がった。教育費は30%削減され、娯楽費は32%減った。中産階級の比率は2017年の45%から2020年の30%へ急落した。2022年時点で、イラン人口の75%が政府の経済支援なしには生活できない状態にある。

テヘランの精神科教授リーダ(Leeda)は、こう述べる。制裁と感染症の複合的打撃が「国全体の精神的健康危機」を引き起こした、と。彼女のもとには患者が殺到し、同僚たちと月例会議を開いて対応を協議している。

著者たちは、制裁が社会に及ぼす4つの構造的変容を整理している。
第一に、大量の苦境(disaster swarms=災害の群発)。制裁、COVID-19、干ばつ、政治的混乱が同時多発的に重なり、人々は「主要な出来事」を識別できない反復的トラウマのなかに置かれる。
第二に、社会的な「敵」認定。制裁はイランとイラン人を国際社会の「敵」として制度的に定義する。学術出版社はイラン人研究者の論文掲載を自主規制し、大学はイラン人学者の招聘を法務部門の指示で中止する。
第三に、自給自足的な制度と企業の成長。インスタグラムやテレグラムを通じた小規模ホームビジネスの急増がその象徴だ。
第四に、市民空間からの撤退

最後の点が最も深刻である。環境活動家のアヴァ(Ava)は、こう語る。「SNSをすべて閉じた。国家が友人たちを逮捕した。活動を監視されていることも知っていた。今は読書をし、音楽を弾き、ゆっくり過ごしている」。これは個人の選択に見える。だが構造的に見れば、制裁による経済疲弊が体制変革の担い手から「革命のための余力」を奪う「受動的弾圧」として機能している。

失われた30年の日本と重なる部分がある。デフレと賃金停滞の長期化が「諦めの政治文化」を生み出した構図は、成因こそ異なるものの、社会的帰結は類似している。制裁によるイランの「強制的な失われた時代」と、日本の「自発的な失われた時代」。どちらも、社会変革の担い手となるべき中間層から、変革へのエネルギーを静かに吸い取っている。

「2022年のマフサ・アミニ抗議運動は、制裁下でも起きたではないか」。確かにそうだ。だが著者たちが指摘するように、あの抗議の主因は女性のヴェール強制という社会的制限への反発であり、経済不満は背景要因にとどまる。そして制裁による貧困化は、むしろ抗議運動の拡大を制約した。生活を失うリスクが、人々を路上から遠ざけたのだ。

4. 制裁は解除できない:ワシントンが自ら作った罠と永続する敵意の構造

制裁は地平線の向こうまで続く一方通行の道だ。出口は存在しない

— アリ・ヴァエズ(本書著者、国際危機グループ イラン・プロジェクト・ディレクター)

なぜ制裁は課すのは容易なのに、解除するのはほぼ不可能なのか。この問いこそ、本書が突きつける最も不穏な発見である。

2015年のイラン核交渉 2015年3月18日、スイス・ローザンヌにて行われたイラン核合意交渉の様子。左端に座っているのはジョン・ケリー米国務長官、その隣に立っているのはアーネスト・モニズ米国エネルギー長官、右から2人目はイラン原子力庁のアリ・アクバル・サレヒ長官、右端はジャバド・ザリフ・イラン外相。

戦争には停戦がある。だが制裁には停戦メカニズムが構造的に欠けている。これが本書の核心的な洞察の一つだ。

制裁解除が困難な理由は複合的である。
第一に、法的構造の問題。大統領令による制裁は行政府が撤回できるが、議会が立法化した制裁は大統領の権限を超える。米国では制裁の多くが議会立法で固定されており、解除には議会の同意が必要だ。
第二に、政治的コスト。イランの「テロ支援国家」指定を解除すれば、議員は選挙で攻撃材料を与えることになる。親イスラエル・ロビーの政治資金も、対イラン強硬姿勢の維持に強いインセンティブを与えている。制裁を課すことは政治的資本を生むが、解除することは政治的資本を消費する。この非対称性が「制裁の一方通行性」を生む構造的要因である。

JCPOAの経緯がこの構造を鮮明に示している。2015年の核合意は「成功」した。イランは核プログラムの大部分を解体し、濃縮ウランの備蓄をロシアに移送し、遠心分離機のカスケードを撤去した。だが米国側の制裁解除は遅々として進まなかった。合意前に存在した600件の制裁のうち、200件以上(革命防衛隊関連を含む)はJCPOA後も維持された。大手銀行はイランとの取引再開を見送った。制裁違反のリスクとコストが、取引の利益を上回ったからだ。

そしてトランプが2018年にJCPOAを離脱した。「数か月でイランはひざまずく」と豪語したが、実際に起きたのは核プログラムの加速だった。イランの核兵器製造までの推定所要時間(ブレイクアウト・タイム)は、JCPOAで2年に設定されていたものが、最大圧力後にはわずか2週間にまで短縮された。「制裁で核を止める」という命題を、最大圧力が自ら反証したことになる。

バイデン政権はトランプ期の制裁をほぼそのまま引き継いだ。ここに「超党派の制裁教」が成立した。共和党も民主党も、制裁の強化には賛成するが、解除には消極的だ。制裁は党派を超えた「信仰」になった。

日本にとってこの構造は他人事ではない。日本は対中・対ロ制裁に参加している。一度制裁に加わると、それを解除するためにも政治コストが発生する。制裁は入り口は広いが出口がない構造物だ。日本の外交的自律性と制裁参加の関係を、今こそ冷静に問い直す必要がある。

5. イランへの制裁がロシア・中国に送ったメッセージ:生き残るには金融自律性が必要だ

制裁の武器を振るいすぎた国は、その武器の有効性を自ら損なっていく

— 本書著者(第6章より)

制裁が最も効果的なのは、対象国が国際金融システムに深く統合されているときだ。逆に言えば、制裁を受けた国は、そのシステムから離脱するインセンティブを持つ。イランに対する制裁の過剰使用は、ドル覇権の長期的な侵食という、制裁設計者が意図しなかった帰結を生み出しつつある。

SWIFT代替案:中国は金融の「核オプション」からの救済を提供できる

本書が詳述するチャバハル港のケースは象徴的だ。インドはイラン南東部のチャバハル港に80億ドル(約1兆2000億円)を投資し、アフガニスタン・中央アジアへの貿易回廊を構築しようとしていた。パキスタンを迂回し、中国のグワダル港に対抗する地政学的プロジェクトである。しかし米国の二次制裁がインドにこの投資からの撤退を強制した。結果、イランは中国にこのプロジェクトを持ちかけた。米国が同盟国インドの戦略的利益を犠牲にして、対抗すべき中国の影響力をかえって拡大させたことになる。

イランの対中依存は急速に深まった。2022年の非石油輸出は480億ドル(約7兆2000億円)に達し、原油輸出の約2倍に上る。25年間の中イラン戦略的パートナーシップ協定も締結された。制裁がイランを中国の経済圏に押しやった形だ。

より広い視野で見れば、イランへの制裁は「教科書」として機能した。ロシアと中国は、SWIFTからの排除がどれほど破壊的かをイランの事例で学び、代替決済システムの開発を加速させた。中国のCIPS(人民元国際決済システム)、ロシアのSPFS、さらに暗号通貨を活用した取引ネットワーク。これらはすべて、ドルの武器化に対する「免疫反応」である。

歴史家ポール・ケネディ(Paul Kennedy)が論じた「帝国の過剰伸張」(imperial overstretch)の金融版がここにある。ドルを武器として使いすぎると、ドルへの信認そのものが毀損される。軍事的覇権の過剰使用が帝国を疲弊させるのと同じ構造だ。

日本の立場はとりわけ微妙だ。米国の制裁体制に追随することで、ドル覇権の恩恵(安価な資本調達、安定した決済インフラ)を享受できる。しかし同時に、ドル覇権が揺らいだときの下振れリスクも負っている。円安の構造的背景の一つとして、米国の金融覇権とその動揺を理解する視点は、もはや地政学の専門家だけのものではない。

6. 制裁下のイランが教える抵抗経済学:並行社会構築の国家規模実験

私たちがUberのイラン版で仕事をし、家族を養っている時、それが彼らの言う「制裁効果」だ

— レイリ(テヘラン、シングルマザー)

制裁は破壊するだけでなく、意図せず創造もする。最高指導者ハメネイが提唱した「抵抗経済」(eghtesad-e moqavemat)は、制裁下での経済的生存戦略として体系化された概念だ。だがその実態は、上からの号令だけでなく、下からの適応の集積でもある。

あなたを奮い立たせるイランのインスタグラム6選

データが示す姿は、「経済崩壊」という単純な物語とは異なる。非石油GDPは制裁下でも年2.3%の成長を維持した。石油GDPは大幅に縮小したが、非石油部門は相対的に健闘している。製造業の雇用は2015年から2020年にかけて11.6%増加し、2011年から2015年の16%減少を逆転させた。第4章で触れたように、非石油輸出は2022年に480億ドルに達し、原油輸出の約2倍となった。

この「抵抗」は多層的だ。
マクロレベルでは、輸入代替と東方シフト(中国・ロシアとの経済圏強化)。
ミクロレベルでは、インスタグラムやテレグラムを通じた小規模起業家の爆発的増加。テヘランでは、手作り菓子のケータリング、国産テキスタイルを使ったファッションブランド、デジタルコンテンツ制作といったホームビジネスが急成長している。

イランの女性インスタグラマー:ドンヤ・ジョシャニ | @donnnya

32歳の起業家ヴィダ(Vida)は、土木工学の学位を持ちながらパティシエへ転身した。今ではインスタグラム経由で顧客を獲得している。「外国製品との競合が減った。政府がインターネットを遅くしたり、インスタグラムが使えなくなるリスクはある。でも何とかする方法を見つける。毎日がハッスルだ」。

女性主導の相互扶助ネットワークも注目に値する。上流家庭の女性たちがコンピュータ、携帯電話、靴などを集めて必要な家庭に届ける非公式の慈善ネットワーク。正式な登録団体もあれば、完全に非公式なものもある。イラン・イラク戦争時代から続くこうした相互扶助の伝統が、制裁下で再活性化している。

ここで、チェコの反体制思想家ヴァーツラフ・ベンダ(Václav Benda)が提唱した「並行社会」(parallel polis)の概念との接合が可能になる。ベンダは全体主義体制下で、既存システムとの関係を完全に断つのでもなく、正面衝突するのでもなく、「横に」自律的な社会構造を構築する実践を唱えた。段階性、重層性、分散性を特徴とする漸進的な対抗実践だ。

イランの抵抗経済は、その国家規模版として読める。制裁が非公式経済、ブラックマーケット、分散型流通を拡大させた。これは「国家が正常に機能しない空間での自律的秩序形成」というアゴリズム(カウンターエコノミクス、つまり国家の制度外で自発的に形成される経済活動)の大規模な実験場である。

もちろん、この「抵抗経済」には暗い面もある。ブラックマーケットの拡大は腐敗を深化させ、革命防衛隊の経済的支配を強化する。並行社会の構築が、権威主義体制の強化と表裏一体で進行するという逆説。この緊張は、あらゆる並行社会論が直面する根本的な問いだ。

コロナ禍の日本でも、農業参入、地産地消、ローカル経済圏の構築への関心が高まった。外部からの圧力(制裁であれ感染症であれ)が社会を内向きに再組織化する力学は、文脈を超えて普遍的なパターンを示している。

永続する包囲:制裁という名の見えない戦争が問うもの

爆弾は投下されない。しかし長期的包括的制裁は、戦争と同等の社会的現実と世代的影響を作り出す

— 本書著者(序章)

本書が示した結論は、不穏なまでに明快だ。制裁は機能する。ただし、設計者の意図とは正反対に。

40年以上の制裁はイランを屈服させなかった。代わりに、穏健派を壊滅させ、革命防衛隊を肥大化させ、中産階級を破壊し、社会を軍事化し、国家をより好戦的にした。ウクライナの空をイラン製ドローンが飛んだとき、その技術開発を実質的に可能にしたのは、制裁が生み出した軍事偏重の経済構造だった。

ここで立ち止まって、因果関係の転倒に目を向ける必要がある。イランに対する批判として繰り返されるフレーズがある。「核兵器を開発しようとしている」「人権を弾圧している」「地域を不安定化させている」。これらはいずれも事実の一面を捉えている。だが本書が突きつけるのは、それらの多くが制裁の「原因」ではなく「結果」だという不都合な因果関係である。

核開発の加速がその典型だ。JCPOAのもとで、イランの核兵器製造までの推定所要時間は2年に設定されていた。トランプがJCPOAを離脱し最大圧力を課した結果、イランは核プログラムを急拡大させ、その期間はわずか2週間にまで短縮された。制裁が核開発を「止める」どころか、核開発を加速する最大の動因となった。

制裁によって外交的解決が破壊されたとき、イランの指導部は「核能力の拡大だけが、米国を交渉テーブルに戻す手段だ」と結論した。制裁が核拡散を抑止するという前提は、イランの事例によって明確に反証されている。

人権状況の悪化にも同じ因果の転倒がある。米国は「人権侵害」を制裁の理由に挙げる。だが制裁こそが人権侵害の構造的条件を作り出している。食料価格186%上昇、医療費125%上昇、人口の75%が政府支援に依存する状態。これは民間人に対する集団的懲罰であり、その規模と持続性において、爆撃とは異なる形態の人権侵害そのものだ。

現在、イラン人の約30%が貧困ライン以下の生活を送っている

著者たちが指摘するように、制裁の設計思想は最初から明白だった。1919年にウィルソンが語ったのは「市民に恐怖を植え付ける」ことであり、100年後の今もその本質は変わっていない。変わったのは、この暴力を覆い隠す言葉遣いだけだ。

抗議運動についても因果の逆転がある。2022年のマフサ・アミニ抗議運動を、西側メディアは「体制への反発」として報じた。それは間違いではない。だが抗議の背景には、制裁が生み出した経済的絶望がある。

同時に、制裁による貧困化は抗議運動の拡大をむしろ制約した。もし経済的余裕があれば、より多くの人々が連帯して街頭に立ったかもしれない。生活を失うリスクが、人々を路上から遠ざけたのだ。日々の生存に追われる人々には、街頭に出て逮捕されるリスクを取る余裕がない。2022年時点で75%の国民が政府の経済支援なしには生活できない。制裁は「体制変革を促す」どころか、体制変革を不可能にする条件を作り出している。

ここに米国の制裁政策の最も欺瞞的な構造がある。制裁で社会を破壊し、破壊の結果として生じた人権弾圧・軍事化・核開発を指さして、「だから制裁が必要だ」と主張する。自ら作り出した問題を、追加制裁の正当化に使う循環論法。本書が「制裁は敵を生産する道具だ」と述べるとき、それは比喩ではなく、40年間のデータに裏付けられた構造分析である。

さらに見過ごせないのは、制裁が「体制転換」の下地として機能している疑いだ。ポンペオ国務長官が提示した12項目の要求は、核問題をはるかに超え、事実上の体制変革を求めるものだった。CIAとモサドは大規模な心理戦・情報戦・破壊工作をイラン国内で展開し、その目的は「イラン国民の政府への信頼を損ない、体制の安定感を揺るがすこと」だったと元国防省高官が証言している。

制裁で経済を破壊し、情報戦で社会を分断し、サイバー攻撃でインフラを攻撃する。この「ハイブリッド戦」の全体像を見れば、制裁は「戦争の代替手段」ではなく、戦争の一構成要素に過ぎない。

制裁を「見えない戦争」と定義する本書の視座は、より広い射程を持つ。戦争には停戦がある。だが制裁には構造的な終了メカニズムがない。課すのは容易だが解除は極めて困難。議会立法で固定された制裁、政治的コストを恐れる政権、ロビー団体の圧力。これらが「永続的包囲」(permanent siege)という新たな戦争形態を生み出している。物理的暴力には終わりがありうるが、経済的暴力には原理的な終わりがない。

米国がイランに施したことを、ロシアに、次いで中国に試みるならば、ドル覇権の崩壊と多極化世界の加速という帰結が待っている。制裁対象国が増えるほど、制裁を迂回するインセンティブと手段が拡散する。制裁の過剰使用は、制裁そのものの有効性を自壊させる。

問われているのは、私たちの認識の枠組みそのものだ。「イランが危険だから制裁する」のか、「制裁がイランを危険にした」のか。この因果の方向性を問い直さない限り、同じ失敗は繰り返される。イラクでは制裁が中産階級を消滅させ、その後に訪れたのは民主主義ではなく、過激主義と内戦だった。本書の著者たちは、イランで同じ過程がすでに進行していると警告している。

この因果の転倒は、イランから遠く離れた日本のメディア空間でも、無邪気に、あるいは意図的に反復されている。日本の読者にとってイランとは何か。それは「中東の脅威」「核開発を続ける不安定要因」「女性の人権を抑圧する国」として報道される存在だ。毎日のようにテロップを流れる「イラン情勢緊迫」「イスラエルとイランの応酬」。その背後で、なぜイランがそのような「脅威」へと変貌せざるを得なかったのか、誰がその構造を作り出したのかという問いは、ほとんど顧みられることがない。

人権侵害と女性抑圧の強調もまた、奇妙なまでに文脈を欠いている。マフサ・アミニの死に世界が震撼したとき、日本のメディアは連日のようにヴェール強制への抗議を報じた。だが、その抗議の背景にある経済的絶望──2018年以降の食料価格186%上昇、医療費125%高騰──が、対イラン制裁による直接的帰結であることに言及する報道は、皆無だったと言ってよい。「抑圧するイラン政府」という構図だけが切り取られ、その抑圧的な性質を40年以上にわたって強化し続けてきた米国の「最大圧力」政策は、報道の枠外に追いやられている。

国連「一方的な強制措置が人権の享受に及ぼす悪影響」特別報告者 アレナ・ドウハン — アッタ・ケナレ

問うべきは、この報道の枠組みを誰が作り出しているのか、である。

ワシントンのシンクタンクが発表するイラン分析。米国務省の公式見解。イスラエル・ロビーの影響下にある欧米メディアの論調。日本の外務省は「米国との協調」を当然の前提とし、主要メディアの海外支局は削減され、中東専門の記者は少数派だ。結果として、日本のイラン報道は、知らず知らずのうちに「制裁を課す側」の視点を内面化している。

二次情報を垂れ流し、現地の複雑な声を拾い上げるコストをかけず、「テロ支援国家」「核の脅威」という紋切り型を反復する。その報道を見て育った市民の認識は、「イラン=危険な国」で固定され、制裁の継続は「やむを得ない」ものとして了解される。

この情報の非対称性は、それ自体が一種の制裁として機能している。見えない戦争の影響を「見えない」ままにし、経済戦争の惨禍を「イラン政府の失敗」に転嫁する。イランの人々が日常的に直面している死活的現実──それは「天気のような制裁」のもとで中産階級が消滅し、子どもたちの教育費が削られ、精神科医が患者の絶望と向き合い続ける現実──が、日本の読者の視野からは制度的に排除されている。

2026年現在、イスラエルとイランの直接的軍事衝突が現実化するなかで、この問いはもはや学術的ではない。実存的である。「制裁=平和的手段」という信仰を維持するのか、それとも「制裁=見えない戦争」という現実を直視するのか。

その選択の帰結を引き受けるのは、制裁を設計するワシントンの官僚ではなく、天気のように制裁のもとで生きるイランの人々であり、そのリスクを知らぬまま共有している私たちである。


いいなと思ったら応援しよう!

並行図書 | Alzhacker この投稿が役に立った、面白かった、応援したいと思っていただけましたら、チップでのサポートをいただけると大変励みになります。いただいたチップは今後のコンテンツ制作の糧とさせていただきます。金額に関わらず、あなたの温かいお気持ちが何より嬉しいです。