慢性疼痛に苦しむ2300万人の日本人が知らない痛みの本質──薬では治らない疼痛を理解し、脳を再訓練する理由と方法
慢性疼痛は身体だけの問題でもなく、脳だけの問題でもない──すべてなのだ。すべてを標的にせよ。人生を取り戻せ。
はじめに
あなたは医師から「検査結果に異常はありません。良いニュースですよ」と告げられたことがあるだろうか。しかし、その瞬間、あなたの身体は依然として激しい痛みに苛まれている。画像診断は何も示さず、血液検査も正常値。それなのに、なぜこれほどまでに痛むのか。「では、この痛みは私の頭の中にあるとでも言うのか?」──こう問いたくなるのは当然だ。
実は、あなただけではない。世界中で5人に1人が慢性疼痛に苦しんでいる。つまり16億人だ。日本人に限っても2315万人 (Pain in Japan 2010)。そして、その大多数は「組織に損傷がないのに痛みがある」という矛盾に直面している。現代医学は長らく「痛み=組織損傷の検出器」という誤った前提のもとで治療を続けてきた。しかし、最新の神経科学は、痛みが組織の損傷を測定するのではなく、脳が身体を保護するために創り出す主観的な経験であることを明らかにしている。
この記事では、デカルト以来400年間信じられてきた「痛みの真実」がいかに誤りであったかを検証し、痛みの本質──それは「保護者」であって「検出器」ではない──を明らかにする。そして、慢性疼痛がどのようにして脳の神経可塑性の暴走によって引き起こされるのか、そしてその理解がいかに革命的な治療法への道を開くのかを探る。痛みに苦しむ人々、そして彼らをケアする人々にとって、この知識は希望への第一歩となるだろう。
本書の短い要約(紹介)はこちら↓
書籍『痛みの真実:なぜ我々は痛みを感じ、どのように治癒できるのか―その新しい科学』Monty Lyman (医師、オックスフォード大学研究員) 2021年
— Alzhacker (@Alzhacker) December 9, 2025
「痛みの慢性化は、脳が治癒後の組織を守り続ける『過保護』の結果である」著者
「痛みは生物の健康状態についての意見であって、… pic.twitter.com/BN7WhaDdIm
書籍・著者紹介
本記事は、モンティ・ライマン(Monty Lyman)著『The Painful Truth: The New Science of Why We Hurt and How We Can Heal』(2021年)に基づいている。ライマンはオックスフォード大学の医師・研究員であり、前著『The Remarkable Life of the Skin』(2019年)は王立協会科学書籍賞にノミネートされ、BBC Radio 4の「今週の本」に選ばれた。皮膚科学に続き、本書で彼は疼痛科学という複雑で誤解されやすい領域に挑んだ。

本書は、疼痛に関する最新の神経科学的知見を、臨床経験と患者の物語を織り交ぜながら一般読者にも理解しやすく解説している。ライマンは医学教育の現場で慢性疼痛がほとんど教えられていない現状に疑問を抱き、疼痛が「症状」ではなく「疾患」そのものであることを強調する。本書は、疼痛に苦しむ人々、医療従事者、そして疼痛の本質を理解したいすべての人に向けて書かれた、科学的厳密さと人間味を兼ね備えた一冊である。特に、パンデミック後の医療不信が高まる中で、エビデンスに基づいた理解と自己管理の重要性を説く本書の意義は大きい。
400年間の誤解──デカルトの「痛みの経路」という幻想
死への恐怖は、未知への恐怖である。そして未知への恐怖こそが、人類最古にして最強の感情なのだ。
ウェールズの海岸で、私(著者)は友人たちとクリケットをしていた。運動音痴の私が奇跡的にボールをキャッチした直後、砂浜を走っていると右足に一瞬の鋭い痛みが走った。しかし、すぐに消えた。それから10分後、足元に奇妙なものが見えた。血まみれの砂に覆われた足の裏から、錆びた釣り針が深く突き刺さっていた。針が刺さった瞬間、私は何も感じなかった。しかし、それを「発見」した途端、激痛が襲ってきた。痛みは状況によって変動した──友人たちが集まって傷を見ていると痛みは和らぎ、一人で座って感染の心配をし始めると痛みは増した。

この経験は、私に痛みの奇妙さを教えた。組織の損傷は同じなのに、痛みの強さは文脈によって劇的に変化する。これは痛みが単なる損傷の測定器ではないことを示している。しかし、17世紀のルネ・デカルト以来、西洋医学は「痛みは組織損傷を脳に伝える信号である」という考えに支配されてきた。デカルトは、痛みを「釣り鐘を鳴らすロープ」に喩えた──足が火に触れると、神経という「ロープ」が引っ張られ、脳という「鐘」が鳴る、という単純なモデルだ。
19世紀には、イギリスの神経科学者チャールズ・スコット・シェリントン(Charles Scott Sherrington)が「侵害受容器」(nociceptors──組織損傷を検出する神経終末)を発見した。侵害受容器は、機械的刺激(釣り針)、熱刺激(火傷)、化学的刺激(唐辛子のカプサイシン)に反応する。しかし、ここで重要なのは、これらは「痛み受容器」ではなく「危険検出器」であるということだ。侵害受容器が活性化しても、必ずしも痛みが生じるわけではない。
20世紀後半、パトリック・ウォール(Patrick Wall)とロナルド・メルザック(Ronald Melzack)が1965年に発表した「ゲートコントロール理論」は、疼痛科学に革命をもたらした。彼らは、脊髄には「ゲート」があり、危険信号が脳に到達するかどうかを調節していることを示した。例えば、膝をぶつけた後に無意識にその部分を擦るのは、触覚刺激が脊髄のゲートを閉じ、危険信号の伝達を抑制するからだ。この発見は、痛みが単純な一方通行の信号ではなく、複雑に調節されるプロセスであることを示した。
さらに、現代の神経画像研究は、痛みを感じるときに活性化する「痛み中枢」は存在しないことを明らかにした。
代わりに、感覚、感情、認知を司る脳の複数の領域が同時に活性化し、個人ごとに異なる「神経信号」(neurosignature)を形成する。つまり、痛みは脳が創り出す統合的な経験であり、身体からの信号はその一部に過ぎない。
この理解は、なぜ同じ怪我でも痛みの程度が人によって、あるいは状況によって異なるのかを説明する。そして、慢性疼痛の多くが「組織損傷がないのに痛みがある」理由を明らかにする。痛みは、身体の損傷を測定するのではなく、脳が「この身体部位は危険にさらされている」と判断したときに発せられる保護命令なのだ。
痛みを感じない人々──保護システムとしての痛みの必要性
私はすべてを感じたい。恥辱の苦痛を感じるよりも。
痛みは生存に不可欠である。このことを最も鮮明に示すのは、生まれつき痛みを感じない人々──先天性無痛症(congenital analgesia)の患者たちである。
パキスタン北部の村で、13歳の少年ナヴィード(Naveed)は「痛みを感じない少年」として有名だった。彼は観客の前で熱い石炭の上を裸足で歩き、ナイフで自分の腕を刺して見せた。しかし、14歳の誕生日直後、彼は家の屋根から飛び降り、頭を強打した。彼は痛みを感じなかったため、脳内出血に気づかず、意識を失い死亡した。

ケンブリッジ大学の遺伝学者ジェフ・ウッズ(Geoff Woods)は、ナヴィードの家族を調査し、彼らが共通してSCN9A遺伝子に変異を持つことを発見した。この遺伝子は「Nav1.7」というナトリウムチャネルをコードしており、Nav1.7は侵害受容器の「音量調節つまみ」として機能する。ナヴィードのような患者では、このつまみが完全にゼロに固定されており、いかなる危険信号も脳に伝わらない。
逆に、Nav1.7が過剰に活性化する変異を持つ人々もいる。一次性紅痛症(primary erythromelalgia)の患者は、手足に激しい灼熱痛を感じ、わずかな圧力でも激痛に襲われる。また、発作性極度疼痛症候群(paroxysmal extreme pain disorder)の患者は、食事や排便のたびに耐え難い痛みを経験する。
これらの稀な疾患は、痛みが単なる「不快な副作用」ではなく、生存に必須の保護システムであることを示している。痛みがなければ、私たちは気づかぬうちに身体を破壊し、若くして死ぬ。ナヴィードの親戚の誰も、10代を超えて生きることはできなかった。
しかし、痛みを感じないことが必ずしも悲惨とは限らない。2019年、スコットランドの70代女性ジョー(Jo)が、世界で唯一の症例として報告された。彼女はFAAH-OUT遺伝子の変異により、痛みも不安も恐怖も感じない。彼女の体内では、内因性カンナビノイドであるアナンダミド(anandamide──サンスクリット語で「至福」)が分解されず、常に高濃度で循環している。彼女は骨折や火傷に気づかず、65歳で重度の変形性関節症が発見されるまで自分が「普通ではない」ことに気づかなかった。

ジョーがナヴィードと決定的に異なるのは、彼女の傷が驚異的に速く治癒することだ。マウス実験でも、FAAH遺伝子の変異は創傷治癒を促進することが示されている。さらに、ジョーは不安を感じないため、慢性的な警戒状態に陥ることがない。彼女の長寿と幸福は、痛みと不安の欠如が、適切な生理学的補償メカニズムと組み合わさったとき、必ずしも不利ではないことを示している。
痛みを感じない人々は、痛みが「身体の警報システム」であり、生存に不可欠であることを教えてくれる。しかし同時に、痛みが過剰になったとき──慢性疼痛──それは生活を破壊する。痛みは保護者であるが、時に過保護になりすぎる。そのバランスを理解することが、疼痛治療の鍵なのだ。
注意と想像力──痛みを変容させる脳の力
音楽が魂を打つとき、痛みは感じない。
ティーンエイジャーだった私(著者)は、ビデオゲーム『大脱走』に没頭していた。ナチス親衛隊を撃ちながら列車の屋根を這い進む間、左足に奇妙な感覚があったが、気にも留めなかった。ゲームをクリアして椅子から立ち上がったとき、初めて痛みが始まった。足を見ると、ビーチサンダルと一緒に子猫が宙を舞った。子猫は少なくとも30分間、私の足を噛み続けていたが、ゲームへの没入が完全に痛みを遮断していた。

この「注意の転換による鎮痛効果」は、科学的に実証されている。ワシントン大学のヒューマン・インターフェース・テクノロジー研究所は、火傷患者のために「スノーワールド」という仮想現実(VR)環境を開発した。患者はVRゴーグルを装着し、雪景色の中で雪玉を投げるゲームに没頭する。このVR体験は、火傷治療中の痛みを35〜50%軽減することが示された。脳画像研究は、VR使用時に疼痛関連脳領域の活動が減少することを確認している。
注意の力は、歴史的にも認識されてきた。1815年のワーテルローの戦いで、イギリス貴族アクスブリッジ卿(Lord Uxbridge)は、激戦の最中に砲弾で右脚を粉砕されたが、痛みを感じなかった。戦闘への集中が、痛みを完全に遮断したのだ。古代ローマの哲学者ルクレティウスも、戦士が「心の熱意」によって痛みを感じないことを記録している。

しかし、注意の転換だけが痛みを変えるわけではない。想像力も同様に強力である。私は過敏性腸症候群(IBS)に長年苦しんでいたが、催眠療法によって完全に治癒した。催眠療法士ポール(Paul)は、私を深いリラックス状態に導き、視覚的イメージを用いて腸の痛みを再解釈させた。「腸を川として想像してください。急流ではなく、穏やかに流れるテムズ川のように」──この単純なイメージが、私の痛みを変容させた。

催眠の神経科学的基盤は、近年急速に解明されている。スタンフォード大学のデイヴィッド・シュピーゲル(David Spiegel)らの2016年の研究は、催眠状態の脳に3つの特徴的な変化を発見した。第一に、顕著性ネットワーク(salience network──重要な刺激に注意を向ける領域)の活動が低下し、一つの対象に深く集中できる。第二に、前頭前皮質と内側前頭葉の接続が減少し、行動と意識の解離が起こる。第三に、前頭前皮質と島皮質の接続が増強し、心身のコントロールが向上する。
催眠が疼痛を軽減するメカニズムは、プラセボ効果とは異なる。1969年のペンシルベニア大学の研究は、催眠による鎮痛効果がプラセボを大きく上回ることを示した。また、1973年のスタンフォード大学の研究では、催眠下の女性が氷水に手を入れても痛みを報告しなかったが、もう一方の手は自動的に「痛い」と書き続けた。これは、催眠が意識を解離させ、痛みの感覚は存在するが意識的な苦痛は生じない状態を作り出すことを示している。

催眠療法は、IBSの痛みを50〜75%軽減することが複数の研究で示されている。イギリスの国立医療技術評価機構(NICE)は、従来の医学的治療が失敗したIBS患者に対して催眠療法を推奨している。2020年の研究は、催眠と認知行動療法を組み合わせた「催眠認知療法」が、単独療法よりも慢性疼痛に効果的であることを示した。
催眠療法の最大の問題は、そのイメージである。医学界の多くは依然として催眠を「疑似科学」と見なしている。しかし、エビデンスは明確だ──催眠は、高感受性の人々において、脳の疼痛ネットワークを再編成し、痛みを軽減する。そして、この効果は「思い込み」ではなく、測定可能な神経学的変化によるものなのだ。
プラセボとノセボ──期待が創り出す痛みと鎮痛
人々が最も信頼を寄せる医師が、最も効果的に治癒する。
電気刺激装置を購入したポール・エヴァンス(Paul Evans)は、線維筋痛症の痛みに苦しんでいた。装置を使い始めると、「まるでマリファナを吸ったかのように」痛みが消えた。しかし、3ヶ月後、彼は装置の電源を一度も入れていなかったことに気づいた。電気刺激はゼロだったが、痛みは軽減していた。
これがプラセボ効果(placebo effect)である。プラセボとは「不活性な治療」を指し、プラセボ効果とは「治療の文脈そのものが生み出す反応」である。プラセボという言葉はラテン語の「私は喜ばせるだろう」に由来し、中世ヨーロッパでは葬儀に便乗する詐欺師を指す軽蔑的な言葉だった。現代医学でも、プラセボは「偽物」「精神的な慰め」と見なされがちだ。
しかし、2004年のコロンビア大学トー・ウェイガー(Tor Wager)らの研究は、プラセボが脳の疼痛ネットワークを実際に変化させることを示した。被験者に「鎮痛クリーム」(実際はプラセボ)を塗布してから電気ショックを与えると、前帯状皮質、島皮質、視床などの疼痛関連領域の活動が減少した。さらに、2009年の研究は、プラセボが脳内のオピオイド(内因性モルヒネ)放出を増加させることを明らかにした。プラセボ効果は、オピオイド遮断薬ナロキソンによって部分的に消失する──これは、プラセボが脳の「薬物庫」を開き、自前の鎮痛物質を放出させることを意味する。

プラセボの効果は、治療の「劇的さ」に比例する。生理食塩水注射は錠剤よりも効果が高く、偽手術は両者を上回る。2002年のヒューストンの整形外科医らは、変形性膝関節症患者に対して「関節鏡視下デブリドマン手術」と「偽手術」(皮膚を切開するだけ)を比較した。驚くべきことに、偽手術は本物の手術と同等か、場合によってはそれ以上の鎮痛効果を示した。この研究は、手術が組織を修復したのではなく、期待と儀式によって脳を変化させたことを示唆している。
プラセボ効果の強さは、文化によっても異なる。マギル大学のジェフリー・モギル(Jeffrey Mogil)らの研究は、1990年から2013年の間に、アメリカではプラセボ効果が増大したが、ヨーロッパやアジアでは変化がなかったことを発見した。この原因は不明だが、アメリカの大規模で豪華な臨床試験が患者の期待を高めた可能性、あるいは消費者向け医薬品広告が信念を強化した可能性が考えられる。
プラセボの鍵は「期待」である。オックスフォード大学のアイリーン・トレイシー(Irene Tracey)らの2011年の研究は、この原理を鮮明に示した。被験者は、知らないうちに強力なオピオイド鎮痛薬レミフェンタニルの点滴を受けていた。しかし、鎮痛効果はわずかだった。次に、「これから鎮痛薬の点滴を開始します」と告げられると、実際には既に投与されていたにもかかわらず、鎮痛効果が2倍になった。そして「点滴を中止します」と告げられると、実際には継続していたにもかかわらず、鎮痛効果は消失した。脳画像は、「プラセボ」の段階で下行性疼痛抑制系が活性化したことを示した。

プラセボには邪悪な双子、ノセボ効果(nocebo effect──「私は害を与えるだろう」)が存在する。ノセボは、否定的な期待が症状を悪化させる現象である。1954年のハーバード大学の研究は、「痛み」という言葉を含む指示を与えられた被験者が、同じ電気ショックをはるかに痛く感じることを示した。
ノセボは、医師の何気ない言葉によって簡単に引き起こされる。「これは痛いですよ」「あなたはハイリスク患者です」「腰がボロボロですね」──こうした否定的な言葉は、疼痛ネットワークを活性化し、実際に痛みを増幅させる。逆に、肯定的な言葉は鎮痛効果を持つ。ハーバード大学の研究は、出産前の脊椎麻酔注射について、「局所麻酔をします。快適ですよ」と告げられた女性が、「大きなハチに刺されたような痛みがあります。これが最悪の部分です」と告げられた女性よりも痛みが少なかったことを示した。

プラセボとノセボは、疼痛が「組織損傷の検出」ではなく「脳の意見」であることを示す最も強力な証拠である。そして、この理解は治療に革命をもたらす。医師の自信、丁寧な説明、肯定的な言葉遣いは、それ自体が強力な鎮痛薬なのだ。逆に、否定的な言葉、不安を煽る説明、冷淡な態度は、痛みを悪化させる毒である。
感情の解剖学──痛みはなぜ「痛い」のか
生理学が落ち着き、癒され、成長するためには、私たちは内臓レベルで安全を感じる必要がある。
2006年、オーストラリア特殊空挺連隊(SASR)の若き兵士エヴァン(Evan)は、過酷な「尋問への抵抗」訓練を受けていた。目隠しをされ、爆音の音楽に晒され、冷たいコンクリート床に数時間も苦痛な姿勢で座らされた。尋問官は「名前、番号、階級、生年月日」を繰り返し叫んだ。トイレを求めると、代わりに暴行を受け、肛門が裂傷した。エヴァンは約100時間にわたって拷問され、最も軽い接触でさえ激痛を引き起こすようになった。意識を失って訓練は終了したが、その後数ヶ月間、彼は全身性の慢性疼痛と心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんだ。

エヴァンの事例は、心理的・感情的要因が疼痛を劇的に増幅させることを示している。拷問者は、物理的損傷よりも心理的操作──予測不可能性、無力感、屈辱──によって痛みを増幅させることを熟知している。そして、拷問後の慢性疼痛は、組織損傷の程度ではなく、心理的・感情的トラウマの深刻さに比例する。
痛みは感覚であると同時に感情である。国際疼痛学会(IASP)の定義は、痛みを「不快な感覚的および感情的経験」と明記している。痛みの感情的要素を司る中心的な脳領域が、前帯状皮質(anterior cingulate cortex, ACC)である。ACCは、感情を司る大脳辺縁系と、認知を司る前頭前皮質の間に位置し、感覚入力に「意味」を付与する。ACCは、身体からの危険信号を監視するだけでなく、社会的排除、不安、抑うつといった感情的・社会的痛みも処理する。
驚くべきことに、社会的拒絶は物理的痛みと同じ脳領域を活性化する。2003年のUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の研究は、オンラインボール投げゲーム「サイバーボール」で他のプレイヤー(実際はコンピュータ)に無視された被験者のACCが活性化することを示した。さらに、鎮痛薬アセトアミノフェン(パラセタモール)は、物理的痛みだけでなく社会的拒絶の痛みも軽減する。
感情は痛みを増幅させる。オックスフォード大学のアイリーン・トレイシーらの2008年の研究は、悲しい音楽を聴き、否定的な文章を読んだ被験者が、同じ熱刺激をより不快に感じることを示した。脳画像は、悲しい気分がACC、島皮質、扁桃体(恐怖・不安を司る)の活動を増大させることを確認した。逆に、ポジティブな気分は痛みを軽減する。

不安と恐怖は、痛みの最も強力な増幅因子である。トレイシーらの2001年の研究は、痛みの予測が不確実な場合(「次は強い刺激が来るかもしれない」)、同じ強度の刺激がより痛く感じられることを示した。脳画像は、不安が嗅内皮質を活性化し、ACCと島皮質の活動を増大させることを確認した。この「恐怖−痛み」サイクルは自己実現的予言となる──痛みを恐れると、実際に痛みが増す。
慢性痛の決め手は「感情」だった。「慢性痛は単なる体の異常ではない」――このことを脳の変化から明らかにしたのが、ノースウェスタン大学の研究(2013年)である。研究では、急性的な腰痛の患者を1年間追跡し、痛みが慢性化した人と治った人の脳を比較した。結果は驚くべきものだった。
慢性痛になった人たちの脳では、痛みを処理する領域が変化していたのである。従来の「感覚を司る領域」から、「感情や恐怖を司る領域」(扁桃体、前頭前皮質、大脳基底核など)へと、その活動の中心が移行していたのである。
この理解は、治療の方向性を示す。
感情を健全に処理し、恐怖を減らし、安全感を育むことが、慢性疼痛治療の核心である。認知行動療法(CBT)、マインドフルネス、受容・コミットメント療法(ACT)、トラウマ治療(EMDR──眼球運動による脱感作と再処理)は、すべてこの原理に基づいている。
エヴァンの全身性慢性疼痛は、最終的にEMDRによってほぼ完全に消失した。薬物ではなく、トラウマの再処理が彼を癒したのだ。

痛みと快楽の弁証法──なぜ人は痛みを求めるのか
痛みなど気にしない、傷つかない限りは。
10代の頃、私(著者)は雪合戦に参加した。敵チームの雪玉が背中に当たったが、痛みではなく目的に満ちた高揚感を感じた──「チームのために犠牲になっている」という誇りが痛みを凌駕した。しかし、翌日、弟が茂みから飛び出して不意に雪玉を投げつけたとき、同じ強度の衝撃がはるかに痛く感じられた。文脈が変われば、痛みも変わる。

オックスフォード大学のアイリーン・トレイシーらの2012年の研究は、この「快楽的反転」(hedonic flipping)を実験的に実証した。被験者に中強度の熱刺激と高強度の熱刺激を与える。中強度刺激は、単独では痛いと感じられる。しかし、高強度刺激の後に中強度刺激を受けると、それは「心地よい」と感じられた。脳画像は、この「快楽的痛み」の際に、島皮質とACCの活動が減少し、前頭前皮質と眼窩前頭皮質(報酬系)の活動が増加することを示した。
この現象は、痛みが「絶対的な悪」ではなく、文脈に依存する相対的な経験であることを示す。痛みは保護者であり、「最悪の選択肢」を避けるために、「よりましな痛み」を報酬として提示することができる。これは進化的に理にかなっている──飢餓状態では、古いパンは御馳走である。

人間は、安全な文脈では積極的に痛みを求める。激辛料理、マラソン、サウナ、性的サドマゾヒズムは、すべて「良性マゾヒズム」(benign masochism)の例である。ペンシルベニア大学のポール・ロジン(Paul Rozin)は、良性マゾヒズムを「身体(脳)が誤って脅威と解釈するが、実際には安全であることを知っているため、『心が身体に勝つ』喜びを得る経験」と定義した。唐辛子のカプサイシンは、熱受容体TRPV1を活性化し、「火傷」のシグナルを送る。しかし、実際には組織損傷がないことを知っている脳は、この「安全な脅威」を快楽に変換する。
痛みと快楽の神経基盤は重複している。ボストン大学のカレッジのジョセフ・フランクリン(Joseph Franklin)らの研究は、自傷行為者が痛み刺激を受けると、その終了後に通常よりも強い多幸感を経験することを示した。これは「痛み終了による安堵感」(pain-offset relief)と呼ばれ、慢性疼痛患者だけでなく健常者にも見られる。自傷行為者は、この安堵感を求めて繰り返し自分を傷つける。また、自傷行為者は高い痛み耐性を持ち、自己批判が強いほど痛みを長く耐えることができる。
さらに、2019年のハーバード大学の研究は、自傷行為者の脳では、カミソリや傷ついた手首の画像を見ると、恐怖を司る扁桃体の活動が減少し、報酬系の活動が増加することを示した。時間の経過とともに、脳は痛みを「嫌悪すべきもの」から「報酬」へと再解釈する。
痛みと快楽は、報酬の追求と罰の回避という共通の目的に奉仕する。カリフォルニア大学サンフランシスコ校のハワード・フィールズ(Howard Fields)の「動機−意思決定モデル」は、疼痛の強度は、組織損傷の程度ではなく、脳が「痛みを感じることが生存にとって最も重要か」を決定した結果であると主張する。戦場で負傷した兵士が痛みを感じないのは、戦うことが痛みを感じることよりも重要だと脳が判断したからである。

この判断には、ドーパミンとオピオイドという2つの神経伝達物質が関与する。ドーパミンは「欲求」を生み出し、報酬を得るための行動を促す。オピオイドは「好み」を生み出し、快楽を感じさせる。マラソンランナーが20マイル地点で筋肉に乳酸が蓄積し、侵害受容器が発火しても痛みを感じないのは、ゴールという報酬の期待がドーパミンを放出し、それが脳のオピオイド放出を引き起こし、危険信号を遮断するからである。

痛みと快楽の弁証法は、疼痛が「組織損傷の測定器」ではなく、「生存のための意思決定システム」であることを示している。そして、この理解は慢性疼痛治療にも応用できる。意味、目的、報酬を見出すことができれば、痛みは耐えられるものになる。逆に、意味を失い、孤立し、無力感に苛まれると、痛みは耐え難いものになる。
共感の神経基盤──痛みはなぜ伝染するのか
他者を本当に理解するには、その人の視点から物事を考える必要がある……その人の皮膚に入り込み、その中を歩き回る必要がある。
私(著者)は、ビデオ通話でジョエル・サリナス(Joel Salinas)と会話していた。ハーバード大学で訓練を受けた神経内科医である彼は、鏡像−接触共感覚(mirror-touch synaesthesia)を持つ。私が自分の頬を撫でると、ジョエルは「あなたが私の顔に触れているのを感じる」と言った。彼が他者の痛みを見ると、自分の身体の対応する部位に痛みを感じる。
共感覚は、複数の感覚が混線する現象である。文字に色を感じる人、音に味を感じる人など、約70種類の共感覚が知られている。鏡像−接触共感覚は、視覚と触覚が混線し、他者への接触を自分の身体で感じる。ジョエルは、赤ちゃんの頭を撫でる光景を見ると柔らかな撫でを感じ、針が腕に刺さるのを見ると鋭い痛みを感じる。

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のジェイミー・ウォード(Jamie Ward)とマイケル・バニッシー(Michael Banissy)の2018年の研究は、鏡像−接触共感覚者は、平均よりも高い共感能力を持つことを示した。彼らは顔の表情から感情を読み取る能力が優れており、他者の感情に対する反応性が高い。しかし、「認知的共感」(他者の視点を想像する能力)は正常範囲である。彼らの特異性は、自己と他者の境界が曖昧になる「感情的共感」にある。
鏡像−接触共感覚は稀(人口の約2%)だが、すべての人間は程度の差こそあれ、他者の痛みを「ミラーリング」する。私たちは、誰かが転ぶのを見ると顔をしかめ、拷問シーンを見ると身をよじる。この神経共鳴(neural resonance)は、脳画像研究で確認されている。他者の痛みを見ると、自分が痛みを経験するときと同じ脳領域(ACC、島皮質、体性感覚皮質)が活性化する。
しかし、神経共鳴は共感と同じではない。2015年のUCLAの研究は、興味深い発見を示した。被験者にプラセボ鎮痛薬(実際には本物の鎮痛薬)を投与すると、被験者自身の痛みが軽減されただけでなく、他者が痛みを受けているのを見たときの共感反応も減少した。つまり、自分が痛みを感じにくくなると、他者の痛みにも共感しにくくなったのだ。
さらに決定的だったのは、次の段階である。オピオイド遮断薬ナロキソンを投与してプラセボ効果を打ち消すと、被験者自身の痛み感覚が戻っただけでなく、他者の痛みへの共感も回復した。
この研究が示すのは、「他者の痛みへの共感は、自己の痛み経験に基づいている」という重要な原理である──私たち自身が痛みを感じる能力がなければ、他者の痛みを真に理解することはできないのだ。

神経共鳴は、幼少期に発達する。シカゴ大学の2008年の研究は、7歳児が他者の痛みを見ると、中脳水道周囲灰白質(PAG──痛み知覚に重要)と運動皮質が活性化することを示した。しかし、この段階では感情的理解は未発達である。思春期に、PAGが前頭前皮質や感情領域(ACC、扁桃体、島皮質)と結合し、他者の痛みを感情的に理解し、意図を推測する能力が発達する。
興味深いことに、ソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)の青年は、他者の痛みを見ても感情領域の活性化が著しく低い。そして、この低活性化の程度は、ソシオパス的特性の重症度と相関する。
神経共鳴は、必ずしも利他的ではない。2010年の韓国の研究は、他者の痛みを観察することで、自分が同じ刺激を避けることを学習できることを示した。ACCの活性化は、この学習に不可欠である。スタンフォード大学のロバート・サポルスキー(Robert Sapolsky)は、「他者の痛みを感じることは、単に知るよりも効果的な学習方法である」と結論づけた。神経共鳴は、利他主義だけでなく、自己利益のための学習メカニズムでもある。
さらに、神経共鳴は普遍的ではない。2010年の研究は、被験者は、不公正に感染したエイズ患者(輸血による感染)の痛みに対してより強いACC活性化を示し、薬物使用による感染者には低かった。また、人種的内集団の痛みに対する共感は、外集団よりも強い。この内集団バイアスは、人種的偏見が強い人ほど顕著である。しかし、異なる人種の人々と時間を過ごすことで、このバイアスは減少する。

共感は、必ずしも行動につながらない。むしろ、他者の痛みを強く感じすぎると、自分の苦痛に対処するために逃避する可能性がある。効果的な共感には、「感情的共感」(相手の痛みを感じる)と「認知的共感」(相手の視点を理解する)の両方が必要であり、さらに「慈悲」(相手を助けたいという動機)が行動につながる。
慢性疼痛患者にとって、神経共鳴は諸刃の剣である。他者の動きを見るだけで痛みが誘発される患者もいる。しかし、この神経共鳴を逆手に取った治療法が「段階的運動イメージ訓練」(graded motor imagery, GMI)である。GMIは、(1)左右の身体部位を識別する訓練、(2)動きを想像する訓練、(3)鏡療法、の3段階で構成され、神経共鳴を利用して脳を「痛みのレーダーの下」で再訓練する。
痛みは伝染する。それは、私たちが社会的動物であり、他者から学び、他者と共に生きるために進化したからだ。そして、この共感の神経基盤を理解することは、痛みに苦しむ人々を支援し、孤立を防ぐための鍵なのである。
社会的痛み──孤立と不正義が身体を蝕む
いかに不幸で、いかに完全に孤独か、彼は誰にも世話されることなく、自らの病の残虐性に苦しむ。
2003年、UCLAの研究者ナオミ・アイゼンバーガー(Naomi Eisenberger)とマシュー・リーバーマン(Matthew Lieberman)は、社会的排除が物理的痛みと同じ脳領域を活性化することを発見した。彼らは「サイバーボール」というオンラインボール投げゲームを開発した。被験者がfMRIスキャナーに横たわり、他の2人のプレイヤー(実際はコンピュータ)とボールを投げ合う。途中で、2人のプレイヤーは被験者を無視し、互いにだけボールを投げ始める。この瞬間、被験者のACC(前帯状皮質)が活性化した──まさに物理的痛みを感じるときと同じ領域である。

社会的痛みは「比喩」ではない。それは神経学的に実在する。そして、社会的孤立は身体的健康を破壊する。孤独は喫煙と同程度に健康に有害である(1日15本のタバコに相当)。孤独は自殺のリスク因子であり、うつ病、免疫機能低下、心血管疾患を引き起こす。そして、孤独は慢性疼痛を悪化させ、慢性疼痛は孤独を悪化させる。
逆に、社会的結びつきは強力な鎮痛薬である。オックスフォード大学の2010年の研究は、ボート競技選手がチームで漕ぐと、一人で漕ぐときの2倍の痛み耐性を持つことを示した。この効果は、おそらく同期運動が内因性オピオイド(エンドルフィン)の放出を促進するためである。

音楽も強力な社会的鎮痛薬である。ランカスター大学の研究は、コミュニティ「疼痛コーラス」に参加した慢性疼痛患者の多くが、「世界中の錠剤よりも効果がある」と報告したことを示している。歌唱は、(1)注意を痛みから逸らし、(2)エンドルフィンを放出し、(3)目的と喜びを提供し、(4)社会的つながりを育む。
笑いも鎮痛作用を持つ。オックスフォード大学の2012年の研究は、コメディを観て笑った被験者が、ドキュメンタリーを観た被験者よりも高い痛み閾値を示すことを発見した。重要なのは、ポジティブな気分ではなく、笑うという身体的行為そのものが鎮痛効果を持つことである。2017年のフィンランドの研究は、笑いが脳のオピオイド受容体を活性化することを確認した。

社会的ネットワークの大きさも重要である。オックスフォード大学の研究は、社会的ネットワークが大きいほど痛み耐性が高いことを示した。社会的結びつきは、脳のオピオイドシステムを活性化し、痛みを和らげる。
暴走する脳──中枢性感作と神経可塑性の闇
いかなる人間も、望みさえすれば、自らの脳の彫刻家になれる。
スーパーマーケットの出口には、過敏な万引き防止ゲートがある。かつて高価なシャンパンが盗まれたため、店は感度を最大に上げた。しかし、泥棒はとうに去り、今ではあらゆる無実の買い物客が誤ってアラームを鳴らす。慢性疼痛も同じである。かつて腰の筋肉に小さな損傷があったが、それは完全に治癒した。しかし、脳は脊椎への損傷を恐れるあまり、腰のあらゆる動きを「危険」と解釈し、痛みを発生させる。損傷は治ったが、痛みは残った。

この過程を中枢性感作(central sensitization)と呼ぶ。南アフリカの神経科学者クリフォード・ウルフ(Clifford Woolf)が1980年代に発見したこの現象は、中枢神経系(脳と脊髄)が過敏になり、少ない刺激で強い痛みを生じる状態である。例えば、日焼けした皮膚は、軽い接触でも激痛を引き起こす(異痛症、allodynia)。あるいは、同じ刺激が以前よりはるかに痛く感じられる(痛覚過敏、hyperalgesia)。
中枢性感作の鍵は神経可塑性(neuroplasticity)である。脳は生涯を通じて変化し続ける。学習、記憶、習慣はすべて、シナプス(神経間の接続)の強化または弱化によって形成される。「一緒に発火するニューロンは、一緒に結線する」(neurons that fire together, wire together)──これが神経可塑性の原理である。
慢性疼痛は、神経可塑性が間違った方向に進んだ結果である。腰の筋肉損傷が治癒した後も、脊髄と脳のシナプスは「痛み回路」を強化し続ける。痛みを感じるたびに、脳はその痛みをより効率的に認識し、生成するようになる──これが「痛みのワインドアップ」(pain wind-up)である。やがて、通常は無害な筋肉の動きが痛みを引き起こすようになる。そして、恐怖、不安、ストレス、睡眠不足がこの悪循環を加速させる。下向きの螺旋を転げ落ちるように、痛みの神経信号が脳に深く刻み込まれる。
2018年、コロラド大学ボルダー校のトー・ウェイガーらの研究は、痛みが「学習される」過程を明らかにした。被験者は、「高」または「低」という視覚的手がかりの後に熱刺激を受ける。実際には手がかりと刺激の強度は無関係だが、「高」を見ると被験者はより強い痛みを感じる。さらに、期待通りの強い痛みを経験すると、次回も同じ刺激をより痛く感じる。しかし、期待に反して弱い刺激を受けても、痛みは減少しない。これは、痛みは増幅されやすいが、減衰しにくいことを示している──脳は悲観主義者なのだ。
慢性疼痛は、実際に脳を変化させる。2019年のオックスフォード大学の研究は、膝関節置換術後も痛みが残る患者は、痛みが消失した患者とは異なる「慢性疼痛」の神経信号を持つことを示した。2004年の研究は、5年以上続く慢性疼痛が脳の灰白質を5〜11%減少させることを発見した──これは10〜20年分の正常な加齢に相当する。

2019年のUKバイオバンク研究は、76の遺伝子が慢性疼痛のリスク因子であり、その多くが神経可塑性に関与することを明らかにした。別の2019年の研究は、セロトニンレベルを調節する遺伝子の変異が「身体感覚への過剰な気づき」を引き起こし、不安と痛みを増幅させることを示した──この変異は人口の約10%に存在する。
神経可塑性は、慢性疼痛の原因であると同時に、治療の鍵でもある。脳が痛みを学習できるなら、痛みを忘れることもできる。そして、その道は、次の章で探る。
疼痛革命──脳を再訓練し、人生を取り戻す
正しく恐れるべきはなにもない、理解すべきことがあるだけだ。
バースを拠点とするウェルビーイング・コーチ、ベトサン・コークヒル(Betsan Corkhill)は、ある隠れた宝──編み物(knitting)──を発見した。理学療法士として訓練を受けた彼女は、1970年代のイギリス医療の構造主義的アプローチ(身体部位を治療し、全人的ケアを無視する)に幻滅していた。スイスのリハビリテーションクリニックで働いた経験から、「人々が自分自身を肯定的に感じ、活動的で興味を持ち、社会的であれば、彼らは治癒する」ことを学んだ。
イギリスに戻った彼女は、クラフト雑誌の編集者として働き始めた。読者からの手紙の98%が、編み物の治療効果について語っていた。「14歳の少女からの最初の手紙には、『編み物をしているとき、鎮痛薬を飲む必要がない』と書かれていた。」コークヒルは、3,500人以上の編み物愛好者を対象とした調査を実施し、慢性疼痛患者の90%が編み物を効果的な対処法と感じていることを発見した。

なぜ編み物が効くのか? コークヒルは「編み物の方程式」を提案する。
編み物 = 動き + 豊かな環境 + 社会的関与。
動きは、最も強力な鎮痛薬の一つである。運動は、内因性鎮痛物質を放出し、炎症を減少させ、睡眠を改善し、気分を高揚させ、疲労を軽減する。そして、運動は脳を「ボトムアップ」で再訓練する──身体が強く健康であるという信号を脳に送り、脳の警戒を緩める。編み物の両側性リズミック動作は、セロトニン(気分を高揚させ、痛みを和らげる神経伝達物質)の放出を促進する。また、手が身体の正中線を越えると、脳の身体定位能力が妨げられ、痛みが軽減される。
豊かな環境とは、リラクゼーション、瞑想、創造性、目的である。編み物は、催眠やVRと同様に、集中と視覚・触覚刺激を組み合わせ、注意を痛みから逸らす。2019年のメイヨークリニックの研究は、編み物中の脳がシータ波(瞑想状態に関連する脳波)を示すことを発見した。また、何かを創造することは、報酬、自尊心、目的を提供し、慢性疼痛によって失われた喜びを取り戻す。
社会的関与も重要である。孤立と孤独は痛みを悪化させるが、コミュニケーション、友情、笑いは強力な鎮痛薬である。編み物グループは、孤立した疼痛患者に「仲間」と「目的」を提供する。ある編み物愛好者は語った──「編み物が私の脳をリセットしたと確信している。反復的、瞑想的、創造的な側面が、私をより充実した人生へと導いた。」
編み物は万能薬ではない。しかし、それが象徴するもの──複数の痛み要因に同時に取り組む統合的アプローチ──は、疼痛革命の核心である。慢性疼痛は複雑な結び目であり、ストレス、人間関係、不安、健康状態、過去の経験という複数の糸が絡み合っている。この結び目をほどくには、複数の糸を同時に引く必要がある。
疼痛治療の3つの柱は、変更、視覚化、教育である。
変更(Alteration)──脳の文脈を安全にする
動きは、最も過小評価されている鎮痛薬である。座りっぱなしの生活は、イギリスだけで年間7万人の死亡に関与している。すべての証拠は、不動のリスクが活動のリスクを上回ることを示している。動きは、身体を強化し、関節を潤滑し、組織の老廃物を除去し、脳の薬物庫を開く。動きは抗炎症性であり、睡眠を改善し、精神的健康を育む。そして、動きは脳をボトムアップで再訓練する。身体が強く健康であると感じれば、脳はリラックスし、警戒を緩める──「動きは潤滑油である」(motion is lotion)。
しかし、「それは痛い」という反論は当然だ。その通り──最初は痛い。しかし、慢性疼痛の大半では、痛いが安全である。脳が過保護になっているだけで、組織は治癒している。この理解が第一歩である。次に、段階的曝露(graded exposure)──ごく穏やかな動きから始め、ゆっくりと強度を上げる──が鍵となる。動きを楽しく、創造的、意味のあるものにすることも重要だ──森を歩く、チームスポーツ、ピラティス、ヨガ、太極拳、水中運動。

呼吸も過小評価されている。現代のストレス社会では、ほとんどの人が浅く速く呼吸している。解決策は単純だ──ゆっくり深く呼吸する。5秒間鼻から吸い、7秒間吐く。これを1日3〜5回、各10〜15呼吸行う。深呼吸は迷走神経を刺激し、副交感神経系を活性化し、リラクゼーション反応を引き起こす。研究は、深呼吸がストレス、炎症、慢性疼痛を減少させることを示している。
睡眠も重要である。不眠症は痛みを悪化させ、不眠症が痛みを引き起こす程度は、痛みが不眠症を引き起こす程度よりも大きい。睡眠衛生(暗く静かな寝室、定期的な就寝ルーチン、夜のカフェイン回避)と認知行動療法(CBT-I)は、70〜80%の患者で不眠症を改善し、慢性疼痛も軽減する。
ライフスタイル変更も不可欠である。喫煙、肥満、過度のアルコール摂取は、すべて炎症を増大させ、慢性疼痛を悪化させる。健康的な食事(植物と食物繊維を多く含み、オメガ3脂肪酸が豊富)、禁煙、節酒は、炎症と痛みを減少させる。
視覚化(Visualization)──脳を奪還する
カリフォルニアの疼痛専門医マイケル・モスコウィッツ(Michael Moskowitz)は、1994年のチュービング事故で首に激しい慢性疼痛を負った。10年間、あらゆる治療が失敗した。2007年、彼は神経可塑性を利用して脳を再訓練することを決意した。彼は自分の脳の3つの絵を描いた──急性疼痛の脳、慢性疼痛の脳、無痛の脳。痛みを感じるたびに、彼は目を閉じ、慢性疼痛の脳を視覚化し、活性化された領域が縮小するのを想像した。最初の3週間は変化がなかった。しかし、6週間後、背中の痛みが消え、1年後、首の痛みも完全に消失した。

モスコウィッツは、この技法を患者に教え、驚異的な結果を得た。視覚化は簡単ではない──最初の数週間から数ヶ月は報酬がないかもしれない。しかし、持続する者は、強力で持続的な鎮痛を経験する。
鏡箱療法と段階的運動イメージ訓練(GMI)も、視覚化の力を利用している。そして、VR(仮想現実)は、この技法をさらに強力で accessible にする可能性がある。2018年の研究は、VRで膝を小さく見せる視覚触覚錯覚が、変形性膝関節症の痛みを40%減少させることを示した。
教育(Education)──知識は力である
疼痛教育は、最も重要な治療である。私たちは、理解しないシステムを再訓練できない。痛みがどのように機能するかを理解することは、痛みと共に生き、痛みを軽減するための地図である。デイヴィッド・バトラー(David Butler)とロリマー・モーズリーの『Explain Pain』(疼痛を説明する)は、先駆的な疼痛教育プログラムである。そのランダム化比較試験は、疼痛教育が疼痛知識を改善し、活動関連恐怖を減少させ、積極的なリハビリテーションへの関与を増加させ、実際に痛みを軽減することを示した。重要なことに、疼痛生物学の知識向上は、痛みの強度減少と有意に関連していた。

疼痛教育は、患者だけでなく医師にも必要である。ほとんどの医師は、痛みの真の性質を理解していない。医学教育は生物医学的疼痛モデルに焦点を当て、認知的、心理的、社会的要因はせいぜい言及されるだけである。医学生は、6年間の医学教育で慢性疼痛について平均13時間しか学ばない。医師は、測定可能で視覚的で治療可能な原因を持つ疾患を好むが、慢性疼痛は複雑で、測定不可能で、人間的である。
イギリスの疼痛医ディーパック・ラヴィンドラン(Deepak Ravindran)は、疼痛革命の最前線にいる。彼の著書『The Pain-Free Mindset』(無痛のマインドセット)は、7つの領域──MINDSET(薬物、介入、神経科学教育、食事、睡眠、運動、心身療法)──を通じて痛みからの解放を提案する。彼の監査は、患者の40%が小児期に重大な逆境を経験していたことを明らかにした。トラウマに対処しない治療は、表面をなぞるだけである。
スタンフォード大学の疼痛専門医ショーン・C・マッキー(Sean C. Mackey)は、こう要約する──「慢性疼痛は、身体だけの問題でもなく、脳だけの問題でもない──すべてなのだ。すべてを標的にせよ。人生を取り戻せ。」

未来への問いかけ──科学、社会、そして痛みの倫理
苦しみの源が人間性にあるならば、治癒もまた私たちの人間性の中に見出されるかもしれない。
慢性疼痛は、世界的に5人に1人が苦しむ「沈黙のパンデミック」である。しかし、それは単なる医学的問題ではない。疼痛は、科学、倫理、社会正義が交差する場所である。
科学は、痛みが「組織損傷の検出器」の延長にあるのではなく「脳の保護システム」として発達し、機能していることを明らかにした。しかし、この知識は、製薬業界の利益、医療システムの硬直性、文化的偏見によって妨げられている。オピオイド危機は、「痛みは検出器を妨害すれば治る」という誤解の結果でもある。
アメリカでは、2018年にオピオイド過剰摂取による死亡が自動車事故による死亡を上回った。慢性疼痛患者の大半は、オピオイドから何の恩恵も受けないが、依存、副作用、過剰摂取のリスクにさらされる。日本においても、オピオイド危機は無縁ではない。かつての厳格な規制と「忍従」の文化は、痛みの適切な管理を阻害したが、近年の処方基準緩和は、欧米とは異なる経路で乱用と依存のリスクを増大させている。
NEJM:非医療用処方オピオイド使用とヘロイン使用の関係https://t.co/k4NN0r05QQ
— Alzhacker (@Alzhacker) September 12, 2024
処方薬オピオイドに関連した薬物乱用治療プログラムへの入院は、2002~2012年の間に4倍以上に増加した。最も問題なのは、2000~2014年の間に、処方オピオイドの過剰摂取による死亡率が4倍近く増加したことである。 pic.twitter.com/AyzMnfeRoV
希望の神経科学──痛みを超えて
痛みを恐れるべきことは何もない、理解すべきことがあるだけだ。
この痛みの科学の旅が示すのは、痛みは単なる「信号のノイズ」ではなく、心身社会の全体性から生まれる「生きた経験」であるということだ。脳は過去の傷、現在の恐怖、未来への不安を織り交ぜ、身体を守るために痛みを紡ぎ出す。慢性疼痛は、この保護システムが暴走し、過去の傷が治った後も警報が鳴り止まない状態なのである。
しかし、希望はここにある。脳が痛みを「学習」したのであれば、脳は痛みを「忘れる」こともできるからだ。神経可塑性という刃は両刃だ。痛みの悪循環を刻むことも、治癒の回路を築くこともできる。そのカギは、生物医学的な「修理」から、全人的な「再訓練」へと視点を転換することにある。
痛みに苦しむあなたへ。検査に異常がなくとも、あなたの痛みは決して幻想などではない。それは、あなたの脳が、過去の体験、現在のストレス、そして未来への不安をすべて統合し、「生き延びよ」と発している、あまりにも真剣なメッセージなのである。従来の医療がこのメッセージを読み違え、あなたを孤独にしたかもしれない。それでも、あなたは無力ではない。

人生を取り戻す旅は、一つの魔法の治療法を探すことではなく、あなたという生態系全体に目を向けることから始まる。
動きを通じて身体から脳に安全を伝え、呼吸と睡眠で神経システムを鎮め、知識によって痛みの正体を知り恐れを減らす。創造性と社会的つながりによって喜びと目的を見出し、脳の報酬系を活性化させる。これらはすべて、脳に「もう警戒する必要はない」と教え込み、過保護な警報システムの音量をゆっくりと下げていく行為である。
ショーン・マッキー医師の言葉を借りれば、「すべてを標的にせよ」。身体だけでも、心だけでもない、あなたという人間の全体を。痛みは終着点ではなく、あなたがより深く自分自身と向き合い、よりレジリエントな人生を再構築するための、厳しくも尊い出発点なのである。この科学的洞察が、苦しみの中にいるすべての人にとって、一筋の光となり、自らの手で人生を取り戻す勇気の一歩となることを願ってやまない。

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