査読も大学も機能しない——アミロイド仮説が18年間止まらなかった理由
「これはゾンビ科学だ」
2021年の暮れ、アメリカの神経学者マシュー・シュラグ(Matthew Schrag)は、パソコンの画面を拡大しては縮小する作業を、来る日も来る日も続けていた。見ていたのはウェスタンブロットと呼ばれる実験画像である。ゲル上に現れた黒い帯の位置と濃さで、目的のタンパク質が存在するかどうかを示す、生物学ではごくありふれた図だ。
その黒い帯が、おかしかった。別の論文の別の実験のはずなのに、帯の輪郭が寸分違わず一致する。1本だけ角の丸みが違う。背景のノイズの粒までそっくり同じものがある。切り貼りである。しかも、隠す努力すらほとんど払われていない。
シュラグの研究室マネージャーは呆れて言った。「もし嘘をつくなら、プロフェッショナルに嘘をつけ。これはあまりにも適当すぎる」
彼が調べていたのは無名の研究者の論文ではない。アルツハイマー病の原因をめぐる「アミロイド仮説」を支えてきた、その分野の中心にある論文群だった。死んだ脳組織を実験に使い、あたかも生きているかのように扱った手法について、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経学者ロジャー・ニコル(Roger Nicoll)は吐き捨てるように言った。
「これはゾンビ科学だ」
本書は、この告発が始まりから現在に至るまで何を掘り当てたかを追った、科学ジャーナリストによる長期取材の記録である。そして読み終えたときに残るのは、「悪い研究者がいた」という話ではない。なぜ、誰も止めなかったのかという、もっと重い問いのほうだ。
700万人が待っていた「奇跡の薬」
アメリカだけで患者は約700万人。65歳以上の9人に1人がアルツハイマー病を抱えている。家族を含めれば1,100万人以上が、記憶が少しずつ剥がれ落ちていく現実と日々向き合っている。2023年の1年間だけで、家族が担った介護を金銭換算すると3,500億ドル(約52兆円)に達した。
有効な治療がない領域には、必ず期待が集まる。テキサス州の小さな製薬企業カサバ・サイエンシズ(Cassava Sciences)が開発した「シムフィラム」は、その期待を一身に集めた薬だった。CEOのレミ・バルビエ(Remi Barbier)は、記憶が改善し、日常生活の質が上がると語った。株価は跳ね上がり、患者団体は歓迎し、臨床試験には参加希望者が並んだ。
ところがシュラグが調べると、この薬の科学的な土台となっていた研究データにも、同じ切り貼りの痕跡があった。共同研究者だったニューヨーク市立大学のホウ・ヤン・ワン(Hoau-Yan Wang)の論文である。2024年6月、司法省はワンを詐欺罪で起訴した。それまでにシムフィラムの臨床試験に参加した患者は、約1,900人にのぼっていた。
ここで多くの人が思うだろう。専門家が見れば一目でわかる程度の改ざんなら、なぜ査読でも、規制当局でも、誰も気づかなかったのか。

2006年、『ネイチャー』に載った「真犯人」
話はもっと根が深い。
2006年、科学誌『ネイチャー』に、この分野の歴史を変える論文が載った。ミネソタ大学のシルヴァン・レスネ(Sylvain Lesné)とカレン・アッシュ(Karen Ashe)が、「Aβ*56(アミロイドベータ・スター56)」という特殊なタンパク質を発見したと報告したのである。これこそが記憶障害を引き起こす真犯人だ、と。
「これは本当に大きな発見で、この分野をひっくり返すようなものだった」と、医学誌『アルツハイマーズ・アンド・ディメンシア』の編集者ドナ・ウィルコック(Donna Wilcock)は当時を振り返る。
論文は世界中で引用され、若い研究者たちがこのタンパク質を追いかけ、研究費がその方向へ流れた。ところが、Aβ*56を再現できたという報告はほとんど出てこなかった。それでも仮説は疑われなかった。再現できないのは手技が悪いからだ、と説明された。
シュラグの解析が示したのは、その論文の重要な画像が加工されていたという事実である。2024年6月、この論文は撤回された。掲載から18年が経っていた。
18年である。その間に費やされた研究費と、その方向に人生を賭けた若手研究者たちのキャリアと、待たされた患者の時間は、撤回通知1本では戻らない。

数日で承認される査読、200日かかる査読
なぜ18年も持ったのか。本書は学術界の内側の仕組みを、実名と数字で開いてみせる。
論文が雑誌に載る前には、査読という審査がある。同じ分野の専門家が原稿を読み、妥当性を判定する制度だ。建前としては、これが不正の防波堤になっている。
現実はどうか。『アルツハイマー病予防ジャーナル』の編集委員を務めるジェフリー・カミングス(Jeffrey Cummings)は、製薬企業43社から資金提供を受けながら、それらの企業に有利な論文をわずか数日で承認していた。通常、査読には200日前後かかる。数日というのは、読んでいないか、読んでもいないふりすらしていないかのどちらかである。
インディアナ大学教授となったウィルコックは、はっきりこう言っている。
「受理から1週間以内に承認された論文は、査読されていないと断言できる」
つまり防波堤は、有力な研究者に対しては最初から開いていた。無名の研究者が投稿すれば厳しく突き返される同じ雑誌が、権威ある名前が並んだ原稿は素通りさせる。査読は不正を止める装置ではなく、すでに力を持っている者を通し、持たない者を止める装置として働いていた。
大学は不正を調べない。評判を守る
では、不正が発覚したあとはどうか。ここが本書でいちばん胃の重くなる部分である。
ニューヨーク市立大学は、ワンに関する調査報告書を2年間も外に出さなかった。そのうえ、内部告発者が誰かを特定するために125万ドル(約1.8億円)の予算を計上した。不正を調べる金より、告発した人間を探す金のほうが厚い。
ミネソタ大学は、レスネの不正を認定しながら、処分内容を公表していない。レスネは教授職を維持し、研究を続けている。調査は2年以上続いており、結論は出ていない。
『ネイチャー』誌は、シュラグから問題の指摘を受けてから6か月間、何もしなかった。記者が取材の連絡を入れた途端、「調査中」という注記が論文に付いた。
ある元研究室メンバーは、こう証言している。「私たちは皆、沈黙していた」。指導教官の不正を指摘することは、その研究室にいる大学院生にとって、キャリアの終わりを意味する。推薦状を書くのも、次のポストを紹介するのも、その教授だからだ。
科学には自己修正機能がある、とよく言われる。間違いはいずれ正される、と。だが実際に作動していたのは、別の機能だった。組織が自分の評判を守るという機能である。そしてそれは、故障などしていない。きわめて正常に動いている。
この本のいちばん怖いところ
ここまでは「不正が見つかった」話である。本書を読み終えて背筋が寒くなるのは、その先だ。
シュラグはなぜ、この不正を見つけられたのか。画像が公開されていたからである。
論文に印刷されたウェスタンブロットの図は、誰でも拡大できる。ピクセルは読者の手元に届いている。だから、パソコンと粘り強さがあれば、専門機関の許可なしに検査できた。

では、公開されていないものはどうか。
新薬の承認を左右する臨床試験のデータは、患者一人ひとりの記録が製薬企業と規制当局の手元にある。外部に出てくるのは、集計された数字と、企業が書いた要約だけだ。誰がいつ脱落したのか、有害事象をどの基準で「関連なし」と判定したのか、途中で薬とプラセボの区別がついてしまった参加者が何人いたのか——外からは検査できない。シュラグが画像に対して行ったことを、ここでは誰も行えない。
夜道で鍵を落とした人が、街灯の下だけを探している。そういう光景を思い浮かべるといい。街灯の下から571本の不正論文が出てきた。それは、街灯の外が安全だという意味ではまったくない。むしろ、明るい場所ですらこの密度だった、という事実だけが確定した。
本書が突きつけているのは、不正の総量ではない。検証できる範囲が、こんなにも狭いという構造のほうである。
不正がなくても、たぶん同じことが起きた
もうひとつ、読み違えやすい点がある。改ざんが30年の停滞の「原因」だと考えると、犯人を処分すれば話は終わる。だが順序は逆に見える。
アミロイド仮説を中心に、次のような循環ができあがっていた。
研究費:国立衛生研究所(NIH)のアルツハイマー予算は、この仮説の関連研究に集中した。審査する委員会の顔ぶれも、その仮説の支持者が占めた。
査読:その分野の中心にいる研究者の論文は速く通る。異論を唱える論文は、審査で止まる。
特許:論文が特許の根拠になり、特許が企業の価値になり、その企業が寄付や共同研究として資金を還流させる。
人事:この流れに乗った者が終身在職権と自分の研究室を得て、やがて審査する側に回る。
一つひとつの判断は、その場では合理的に聞こえる。有望な仮説に資源を集中させるのは、科学政策として正しい。問題は、その仮説が本当に有望かを検査する役目を、その仮説で生きている人々が担っていた点にある。
テキサス大学サンアントニオ校のジョージ・ペリー(George Perry)は、この集団を「アミロイド・マフィア」と呼ぶ。だがこれは、秘密の会合で悪事を相談する集団ではない。誰も陰謀を企てなくても、金と評価と人事が同じ方向を向いていれば、閉じた輪は勝手に回り続ける。
改ざんは、この輪ができていたからこそ、18年間検出されずに済んだ。輪をつくったのが改ざんなのではない。

締め出された側を数える
閉じた輪の外に、何があったか。
マンチェスター大学のルース・イツハキ(Ruth Itzhaki)は、1991年から、口唇ヘルペスの原因となる単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)とアルツハイマー病の関連を報告し続けてきた。主要な学術誌には、何度も何度も拒否された。研究費も細った。
「研究はそれ自体の価値で判断されるべきだと思っていた」と彼女は語る。
30年後、風向きが変わりつつある。抗ヘルペスウイルス薬を使っていた人の認知症発症率が低いという大規模データの解析が出て、帯状疱疹ワクチンの接種者で認知症リスクが下がるという報告も相次いだ。安価な既存薬である。特許はとうに切れている。
総説『単純ヘルペスウイルス1型のアルツハイマー病における役割に関する機構的洞察』2023年 https://t.co/1ph1BGBRWg
— 並行図書 / Parallel Library | Alzhacker (@Alzhacker) July 9, 2025
~安価な抗ウイルス薬で認知症進行を止められる可能性
口唇ヘルペスの原因ウイルスHSV-1が、アルツハイマー病を直接引き起こすことが最新研究で判明。…
同じことが、他の方向でも起きていた。脳のインスリン抵抗性に注目する代謝の視点。細い血管の障害に注目する血管の視点。歯周病菌や腸内細菌を経路と見る視点。いずれも30年間、細々とした資金でつながれてきた。
論文の数は、正しさの証拠ではない。その方向に金が流れた量の証拠である。アミロイド仮説を支持する論文が圧倒的に多いという事実は、その仮説の強さではなく、そこに投じられた資源の量を測っている。
だから本当に数えるべきなのは、行われた研究ではない。行われなかった研究のほうだ。30年、数百億ドル規模の公的資金、そしてその間に毎年新しく診断を受けた人々。この費用は、どの論文を撤回しても戻ってこない。
30年の果てに出てきた薬
その30年が生んだ承認薬を、数字で見てみる。
レカネマブ(商品名レケンビ)は、脳からアミロイドを取り除く抗体薬である。日本でも2023年に承認された。

試験で使われた指標はCDR-SBという尺度で、18点満点、点数が高いほど症状が重い。18か月後、偽薬を使った群は1.66点悪化し、実薬の群は1.21点悪化した。差は0.45点である。
この0.45点が大きいのか小さいのかは、比較する物差しがなければ判断できない。軽度のアルツハイマー病で、患者や家族が「変わった」と体感できる最小の差は、この尺度でおよそ1点から1.6点と推定されている。0.45点は、その下限のさらに半分以下だ。統計的には差が出た。だが、それは参加者が多ければ小さな差でも検出できるという話であって、日常生活で気づけるという話ではない。
費用の側は、はっきりしている。アメリカでの薬剤費は年間約26,500ドル(約400万円)。日本でも体重により変動するが年間300万円前後になる。ここに2週間ごとの点滴、定期的なMRI撮影、専門施設への通院が加わる。
副作用では、ARIAと呼ばれる脳の画像異常が高頻度で現れた。脳のむくみが約13%、微小な出血が約17%。試験中および投与継続中に、脳出血による死亡例も報告されている。
そして本書には、国立老化研究所の神経学者による、こんな観察が引かれている。
「アミロイド除去薬は実際には脳を萎縮させる。これは通常アルツハイマーの進行を示す兆候だ」
標的を取り除くと、進行の指標が悪化する。普通ならこれは仮説そのものへの反証として扱われるはずの所見だ。ところが実際には、「除去に成功した証拠」として読み替えられた。
得をしたのは誰で、払ったのは誰か
こういう話を整理するときは、単純に二つの列を書けばいい。便益を受け取った者と、費用を負担した者である。
受け取った側は特定しやすい。論文を出した研究者は終身在職権と研究室を得た。大学は間接経費を得た。企業は株価を得た。承認を出した当局は「治療法のない病気に選択肢を提供した」という実績を得た。
払った側は、散らばっていて見えにくい。
ニュージャージー州の元建設業者スティーブン・プライス(Stephen Price、74歳)は、シムフィラムの臨床試験に参加した1人だった。息子のマット(Matt)はハーバード大学で訓練を受けた疫学者で、父の治療選択を慎重に検討した。それでも選択肢はほとんどなかった。もっと信頼できる試験は、症状の軽い患者しか受け入れなかったからだ。中等度のスティーブンにとって、シムフィラムは残された道だった。
「他に選択肢がなかった」とマットは言う。
18か月後、スティーブンの症状は悪化していた。円を描いてくださいと言われて、幼児が描くような歪んだ形しか描けなくなっていた。
「試験の帰り道、父は自分の能力の低下を痛いほど自覚していると話した」とマットは振り返る。「彼にとって可能なことが、どんどん小さくなっていく」
この18か月は、誰の帳簿にも載らない。
そして、費用がどこへ落ちるかには規則性がある。後から文句を言えない相手のところへ落ちる。
認知機能が下がりつつある患者は、自分の試験参加が妥当だったかを争えない。
まだ発症していない将来の患者は、いま研究費が配られない領域について発言できない。
研究費を出している納税者は、自分が何を買わなかったのかを知らされない。

この本にも限界がある
ピラーの仕事は、調査報道として非常に精緻である。証言を集め、文書を突き合わせ、実名を出し、相手に反論の機会を与えたうえで書いている。
同時に、本書には明確な立ち位置がある。科学には自己修正機能があるはずで、それが壊れたのだから直せばよい、という構えだ。だから提案も、査読の厳格化、利益相反の開示強化、研究公正を扱う機関の権限拡大、といった方向へ向かう。
だがこの提案は、ひとつの事実を扱えない。修正する側の人員は、修正される側と同じ集団から供給される。
査読を厳しくするのは誰か。利益相反を審査するのは誰か。大学の調査委員会を構成するのは誰か。125万ドルを告発者の捜索に使った大学と、同じ組織である。
壊れた機能として扱うかぎり、修理は同じ組織に委ねられる。本書が届いた地点の先にある問いは、「どうすればもっと良い査読ができるか」ではない。どうすれば、検証する権限を、検証される側の外に移せるかである。
明日からできること—診察室で使える、たった2つの質問
前の節までを読むと、なんだか自分で論文を読まないといけないような気になるかもしれない。そんな必要はない。というより、素人が論文を読んでも、いちばん大事な部分はそもそも公開されていない。この記事で見てきたとおりだ。
だから、ここで挙げるのは調べ方ではなく、聞き方である。医師に嫌がられるような詰問ではなく、まともな医師なら喜んで答えてくれる種類の質問だ。
質問1「その効果は、家族が見ていてわかるくらいですか」
これだけでいい。薬の説明を受けたときに、この一言を挟む。
「統計的に有意な差が出ています」という答えが返ってきたら、もう一度同じことを聞く。統計的な差と、家族が気づける変化は、別のものだからだ。レカネマブの0.45点は、統計的には差があったが、家族が気づける水準ではない。この2つを区別する質問が、この一言である。
質問2「100人が使ったら、何人に何が起きますか」
副作用を聞くときは、この形にする。「まれに脳の腫れが起きることがあります」と言われたら、「100人だと何人ですか」と返す。レカネマブの場合、脳のむくみは100人中およそ13人、微小な出血は17人である。「まれ」という言葉と、この数字の印象はかなり違う。
効果についても同じ形が使える。「リスクが30%下がります」と言われたら、「もともと何%が、何%になりますか」と聞く。10%が7%になるのと、0.1%が0.07%になるのとでは、まるで違う話だ。割合だけを言われて分母を言われないときは、たいてい実数のほうが小さい。
この2つの質問は、専門知識をまったく必要としない。中学生でもできる。それでいて、宣伝と実態を分けるにはこれで足りる。

家に帰ってから、5分だけ
もう少しやってみたいという人向けに、費用ゼロで、5分で終わることを2つだけ挙げる。
薬の名前で検索するとき、「添付文書」という言葉を一緒に入れる。「レカネマブ 添付文書」のように。企業のパンフレットや、うまくまとまった解説記事ではなく、承認のときに国に提出された正式な文書が出てくる。副作用の項目に、実際の人数と割合が並んでいる。専門用語は多いが、数字だけ拾えばいい。読み通す必要はない。
もう1つは、Retraction Watchである。撤回された論文を集めたデータベースで、無料で誰でも検索できる。「この研究によれば」と紹介されている論文が、実は撤回済みだった、ということが時々ある。この記事に出てきた2006年の『ネイチャー』論文も、いまはここに載っている。
ただし、正直に言っておく。この2つでわかるのは、公開されている範囲だけだ。
添付文書に載っているのは、企業が提出し、当局が承認した集計値である。試験の途中で何人が脱落したのか、その人たちに何が起きたのか、ある症状を「薬とは無関係」と判定したのは誰でどんな基準だったのか——それは載っていない。患者一人ひとりの生の記録は、企業と規制当局の手元にあり、外には出ない。
シュラグが画像に対してやったことを、私たちは臨床試験のデータに対してはできない。やる気の問題でも、能力の問題でもない。渡されていないのである。
だから「ちゃんと調べれば防げたはずだ」という言い方は、事実として間違っている。調べられる範囲の外に、いちばん重要なものが置かれている。この記事でできるのは、その境界がどこにあるかをはっきりさせることまでだ。
決めるのは、たぶん深夜の台所である
現実には、こういう場面で冷静に質問できる人は多くない。親が診断を受けた日に、診察室で数字の話をする余裕がある人のほうが珍しい。
だから実際に何かを決めるのは、たぶん診察室ではない。何日か経った夜、台所で、きょうだいと電話しながら、というような場面だろう。そのときに手元にあるといいのは、次の3つだけである。
その治療で期待できる変化は、見てわかる大きさか
100人中何人に、どんな害が出るか
やめたくなったら、やめられるか
3つめが意外に大事だ。点滴に通い、MRIを撮り、いくらか支払った後で「思ったほどではない」と感じたとき、引き返せる設計になっているか。引き返せない選択肢は、それだけで慎重に扱う理由がある。
そして、この3つを聞いたうえで、それでも試してみたいと思うなら、それはそれで構わない。この記事は、選ぶなと言っているのではない。宣伝された大きさと、実際の大きさがまったく違う、そして、その違いが生じる舞台裏を患者は知らされていないと言っているだけである。それらを本当に理解したうえで選んだのであれば、残酷ではあるが、本人と家族の選択を尊重するしかない。

生物学は嘘をつかない
シュラグは代償を払った。カサバの支持者からの嫌がらせを受け、ネット上で個人攻撃にさらされた。そして調査の途中で、彼はもっとつらいものに行き当たる。自分の指導教官だったオスマン・グリビ(Othman Ghribi)自身が、改ざんに関与していたのである。
「年を取るにつれて、長く付き合える本当の友人はそう多くないことに気づく。オスマンはその1人だった」
それでも彼は続ける。なぜかと問われたとき、彼はこう答えている。
「診療所で、この病気と向き合う素晴らしい人々と話をする。不正行為のコストは測定が困難だが、それは現実的で具体的なコストだ。私たちはこの分野で世代的、文化的な変化を構築する必要がある」
そして、本書でおそらく最も強い一文がこれだ。
「生物学は嘘をつかない」
データを改ざんして論文を書くことはできる。学位を取ることもできる。研究費を取ることも、教授になることも、株価を上げることもできる。ただ一つだけできないことがある。病気を治すことである。
18年分の引用と、487件の特許と、数百億ドルが積み上がったあとに残ったのは、この単純な非対称だった。存在しないタンパク質は、何万回引用されても存在しない。
最後に あなたの親を守れるか
親が65歳を超えているなら、9人に1人という数字が視野に入ってくる。そのとき何を頼りに判断するだろうか。主治医の勧めだろうか。承認薬だから安心、だろうか。
この本を読んだあとでは、そのどちらも、そのままでは頼りにならないとわかる。だが、では何もないのかというと、そうではない。むしろ順序を入れ替える必要がある。
30年の到達点は、18か月で0.45点だった。家族が気づける差は1点以上とされている。脳のむくみが100人中13人、微小出血が17人、脳出血による死亡例もある。年間300万から400万円、2週ごとの点滴、定期的なMRI撮影。これが「画期的な治療」として承認され、報道され、専門施設で処方されているものの中身である。
その隣に、こういうものがある。運動、睡眠、血糖の管理、聴力の補正、人との交わり、歯周病の治療。フィンランドのFINGER試験は、こうした介入を組み合わせた2年間で、対照群を明確に上回る結果を出した。重い副作用は、対照群と変わらなかった。

数字を直接比べることはできない。尺度も対象も期間も違う。だが、片方が「治療」と呼ばれ、片方が「生活習慣のアドバイス」と呼ばれていることは指摘できる。その呼び名の差は、効果の大きさの差を反映していない。
生活の側が「証拠が弱い」と言われ続けるのは、効かないからではない。測る道具が薬を測るために作られているからだ。運動している人に盲検はかけられない。対照群にも健康教育が提供されるから差は縮む。守る度合いが人によって連続的だから効果は薄まる。20年かかる予防効果を、18か月の試験は捉えられない。補聴器の大規模試験は、全体では差が出ず「予防効果なし」と報じられたが、高リスク群では認知機能の低下が約48%抑えられていた。歪んでいるのは介入ではなく、物差しのほうである。
そして、薬の枠組みでは表現できない性質がもう一つある。これらは働く仕組みがそれぞれ違う。血流、老廃物の排出、インスリン抵抗性、脳に入る情報量、慢性炎症、予備能力——経路が違うということは、足し合わせられるということだ。1つずつは小さくても、6つ並べれば話が変わりうる。だが臨床試験は1つの分子を1つずつ試すよう設計されているから、組み合わせたときに何が起きるかは、ほとんど測られていない。測られていないことが、効果がない証拠として使われている。
不確実性は生活の側のほうが大きい。それは事実だ。だが、不確実だが害のないものと、確実に小さい効果と確実にある害を並べたとき、どちらを先に試すかという問いに、専門家の許可は要らない。これが真の情報リテラシーというものだ。
たいていの人が持っている順位は、まず薬、余裕があれば生活習慣も、である。この30年が示したのは、その逆である。
診断を受けたあとに本当に効いてくるものは、たいてい薬局の外にある。スティーブン・プライスは症状が進んだいまも、家族の支えのなかで暮らしている。「運がいい。家族のサポートがあるから」と彼は言う。
もっとも、脳のためにいま最も費用対効果の高い介入は、この記事を閉じて知らない場所へ散歩に出ることかもしれない。無料で、副作用がなく、証拠もそこそこある。ただし、特許は取れない。

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