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耕さない菜園が、肥料危機の答えになるか——ダウディング『No Dig』を読む

土壌には、植物に必要なすべての養分を提供できない土地など、地球上に存在しない。

— エレイン・イングハム(Elaine Ingham)、土壌生物学者・土壌食物連鎖研究の第一人者

単純さこそが最善だ。より少ない労力でより多くを達成するアプローチは、怠惰ではなく賢明さの証だ。

— チャールズ・ダウディング(Charles Dowding)、不耕起農法家・『No Dig』著者

耕す鋤が通るたびに、土の中で眠っていた雑草の種が目覚め、土の命が傷つく。農家はそれを「準備」と呼んでいるが、自然はそれを「攪乱」と呼ぶ。

— 福岡正信、農哲学者・『わら一本の革命』著者

前稿「肥料も電力もない世界で家族を養う方法——サバイバル園芸の実践教本『Grow or Die』」で「今すぐ種を蒔くこと」と結んだ。だが、問いはそこで終わらない。その種を蒔くべき土は、いったいどんな状態にあるのか。

日本の多くの畑は、戦後の高度経済成長とともに化学肥料に全面的に切り替わった。収量は安定し、手間が省けた。だがその代わりに何かを失ったとすれば、それは「土が自律的に植物を養う能力」だ。化学肥料が養分を届け続けることで、土の中の菌類のネットワークは徐々に必要とされなくなり、退化してきた。

「化学肥料なしで、本当に育つのか」——前稿を読んだ方からこの問いが届いた。答えは本書にある。英国の独立系園芸家が40年かけて積み上げた実験データが、その問いに科学的な根拠をもって回答する。

問題は、間に合うかどうかだ。土壌生態系の回復には数年を要する。今日始める人と5年後に始める人の差は、5年分の土壌蓄積の差になる。ホルムズ封鎖が肥料供給の脆弱性を白日の下にさらした今、「いつかやろう」は選択肢ではない。

ダウディングのホームエーカーズ菜園の写真

著者と書籍

チャールズ・ダウディングは、1956年に英国農家の家庭に生まれた独立系の市場園芸家だ。1982年に菜園経営を始め、1984年には耕耘をすべてやめた。現在は英国サマセット州のホームエーカーズ(Homeacres)で1,300㎡の菜園を運営し、地元のレストランや小売店に野菜を供給する。YouTubeチャンネルの登録者は100万人を超え、その実験動画は農業従事者から家庭菜園の初心者まで幅広く参照されている。

本書『不耕起菜園——土を育て、楽な農法で野菜を豊かに(No Dig: Nurture Your Soil to Grow Better Veg with Less Effort, DK Publishing, 2022年、352ページ)』は、40年の実践と実験の集大成だ。耕起区と不耕起区を隣接させた長期比較実験から得られたデータを軸に、なぜ土を耕さない方が収量が多く、手間が少なく、土壌が豊かになるのかを体系的に示す。

前稿で紹介したデヴィッド・ザ・グッドの『Grow or Die』(2015年)が「危機下でどの作物をどう育てるか」という緊急の問いに答えるなら、本書は「その食料が育つ土をいかに作り維持するか」という長期の問いに答える。二冊は論理的な階梯をなす。緊急対応と長期戦略は矛盾しない——その順序は「種より先に土」だ。

1. 耕すたびに土が死ぬ——菌根菌ネットワークが崩壊するメカニズム

土壌には、植物に必要なすべての養分を提供できない土地など、地球上に存在しない。

— エレイン・イングハム、土壌生物学者・土壌食物連鎖研究の第一人者

土の中には、目に見えない宇宙がある。

土壌生物学者のエレイン・イングハムが「土壌食物連鎖(Soil Food Web)」と呼ぶ生態系は、菌類、バクテリア、線虫、ミミズが織りなす複雑なネットワークだ。その中核に位置するのが「菌根菌(Mycorrhizal Fungi)」——植物の根と共生し、養分と水を届ける菌類の一種だ。

土壌食物連鎖のダイアグラム(訳)

菌根菌の働きを日常的なイメージで説明するなら、植物の「外注営業部門」に近い。植物は自分の根が届かない場所の栄養素を、菌糸(Hyphae:極めて細い糸状の菌類の構造体)という地下ネットワーク経由で調達する。代わりに植物は光合成で作った糖を菌根菌に支払う——完全な等価交換だ。この共生関係が確立されると、植物は化学肥料がなくても、土壌の潜在的な養分に自力でアクセスできる。

ところが、耕耘がこのネットワークを物理的に断ち切る。トラクターが1回転するたびに、長年かけて張り巡らされた菌糸の網が切断される。さらに深刻なのが化学肥料の影響だ。化学肥料は植物の根元に直接、即効性の養分を届ける。植物は「菌根菌に頼る必要がない」と学習し、やがて共生関係そのものを解消する。耕耘と化学肥料の組み合わせは、二重の意味で土壌生態系を破壊する構造を持つ。

この破壊を実測したデータがある。土壌科学者のジェーン・サッチャー(Jane Thatcher)が9年間にわたって行った実験では、不耕起区の「土壌有機炭素量(SOC:Soil Organic Carbon)」が耕耘区より「高度に有意な水準」で多いと確認された。差は表層の数センチだけでなく、深さ40cmの土壌全体に渡って観測された。耕さない土は、炭素を蓄積し、豊かになっていく。

〈石油備蓄8ヶ月 vs 肥料備蓄ゼロ:ホルムズ封鎖が暴いた食料安全保障の致命的断層〉で詳述したように、日本の化学肥料原料はほぼすべてホルムズ海峡を経由して届く。その供給が途絶えるとき、化学肥料依存で育てられた土は「補助装置を突然取り外された患者」の状態に陥る。菌根菌はすでに失われ、土自身の自律能力は退化している。だからこそ今から「土の自律性を取り戻す実践」を始めることに、緊急の意味がある。

日本の化学農業への転換は1950〜60年代のことだ。それ以前の農業は耕耘自体を否定していたわけではないが、堆肥・緑肥・人糞肥料を主体として土壌微生物との共存を前提としていた。福岡正信の「不耕起・無肥料」哲学はその系譜の極北にある。ダウディングは科学的データで同じ結論に辿り着いた。

2. コンポストが化学肥料の代わりになるメカニズム——土壌微生物の代謝回路を活かす

堆肥を表面に施すことは、土に深い充足を与えることだ——よく養われた土は、新たな雑草さえ生えなくなる。

— チャールズ・ダウディング、本書より

「有機肥料は化学肥料の代わりにならない」という反論は正確ではない。正確には「即効性の点で異なる」であり、長期的な生産性という点では逆の結果が出る。

化学肥料の本質は「水溶性の即効栄養素」だ。植物の根が直接吸収できる形で届くが、大雨が降れば土から流れ出す。土に蓄積しない。次の作付けには、また同じ量が必要になる。いわば「食べた傍から消えるエネルギー補給」であり、供給が止まれば即座に問題が表面化する。

堆肥(コンポスト)のメカニズムはまったく異なる。分解した有機物を表面に施すと、土壌微生物がさらに分解を進め、その代謝産物が複雑な炭素分子として土に蓄積される。植物が栄養素を必要とするとき、根周辺の菌根菌がその有機物にアクセスし、必要なタイミングに必要な量だけ供給する。「オンデマンド内部製造」とでも呼ぶべき仕組みだ。流れ出ない、蓄積する、自律的に調節する——この三点が化学肥料との根本的な違いだ。

ダウディングはホームエーカーズで、年間約2.5cmの堆肥施用だけで10年以上にわたって土壌肥沃度を維持してきた。比較実験では、不耕起区の収量が耕耘区を5〜10%安定的に上回っている。1年目に差が出にくくとも、3〜5年後には不耕起区の優位が明確になる。

ロデール研究所による長期農業システム試験:右側の土壌は有機農法と菌根菌を用いて栽培され、左側は従来の農法で栽培されたものである。

前稿「Grow or Die」で示した「尿・堆肥・緑肥の三本柱」を土壌科学の観点から深掘りするなら、今回の議論が補完的な回答になる。尿が即効的な窒素を補給し、堆肥が長期的な土壌生態系を構築し、緑肥(草木を鋤き込む代わりに表面に敷く方法)が有機物を補給する。化学肥料依存から離脱する道は、段階的に構築できる。

一点、購入堆肥に関する警告がある。市販の堆肥には「ピラリド系除草剤(Pyralid herbicide)」が残留しているリスクがある。この除草剤は牧草地に散布され、牛が食べても分解されず、糞堆肥にそのまま残存する。特にマメ科やナス科の作物に被害が出やすく、ダウディングはインゲン豆のポット試験による事前確認を推奨している。自家製堆肥の優位点の一つは、この汚染リスクを排除できることだ。

堆肥製造の内部温度管理

3. ガソリンもトラクターも不要——不耕起農法が燃料途絶に強い理由

共愉的な道具(コンヴィヴィアルな道具)とは、使う者それぞれに、自らのビジョンの果実で環境を豊かにする最大の機会を与えるものだ。

— イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)、社会哲学者・『コンヴィヴィアリティのための道具』(Tools for Conviviality, 1973)著者

「耕してから植える」という農業の常識は、重機が普及した20世紀に形成された習慣だ。人類の農業史の大半は、比較的浅い作業で食料を生産してきた。耕耘という行為そのものが、燃料と機械と交換部品への依存を前提とする。

不耕起農法の利点の一つは、燃料に依存しないことだ。トラクターはディーゼルなしには動かない。ロータリー耕耘機は消耗刃の供給なしには機能しない。いずれもグローバルなサプライチェーンの末端にある。石油供給が途絶えたとき、この依存性は一気に表面化する。

ダウディングが提案する「ノーディグ・ベッド(No Dig Bed:不耕起菜園床)」の作成プロセスは、道具の点で驚くほど単純だ。雑草が生い茂る場所でも、刈り込んで整地し、段ボール数枚を重ねて光を遮断し、その上に15cm程度の堆肥を盛るだけだ。段ボールは8〜12週間で分解され、その間に雑草は暗闇の中で枯れる。翌日から植付けが可能だ。必要な道具は鍬、一輪車、熊手、そして植付け穴を作る長柄ディブル(dibble:尖った棒状の穴掘り道具)の4点だけだ。

「耕さないと植物の根が育たないのでは」という疑念をよく聞く。だが根の成長に必要なのは「柔らかい土」ではなく「安定した構造の土」だとダウディングは強調する。耕して柔らかくした土は、雨が降るたびに沈下して「毛細管境界(capillary boundary)」——水が表層から下層に流れにくくなる境界——を形成し、排水と保水の両方を損なう。不耕起の土はこの問題を起こさない。

イリイチが「コンヴィヴィアルな道具」と呼んだものは、使用者が主体として制御できる道具だ。はその典型だ。燃料も部品も専門の整備士も不要で、使い方に資格もいらない。道具が人間の自律的な行動を拡張する。トラクターはその対極にある——燃料、部品、整備、操作訓練というサプライチェーンなしには、単なる鉄の塊だ。

日本の打刃物(鍛造の鍬・鎌)は、現在もホームセンターで入手できる。ただし品質に大きな差がある。安価なプレス鋼の製品は数年で切れ味が落ち、刃が変形する。ダウディングが「プラスチック部品を避け、鍛造製品を選べ」と繰り返し述べるように、良質な農具への投資は長期的な自律性への投資でもある。今のうちに良い鍬を一本確保しておくことには、意味がある。

4. 3坪の市民農園から年間2作——継続栽培と間作で収穫量を倍にする

自然はすでにそこにある。人間が行うべきことは、それを妨げないことだ。

— 福岡正信、農哲学者

「3坪の市民農園で、意味のある食料生産ができるのか」——この疑念は理解できる。しかし数字は意外な答えを示す。

ダウディングはホームエーカーズで、5×5m(25㎡、約8坪)の試験区から年間100kg以上の野菜を継続的に収穫している。3坪の場合でも、面積あたりの収量を換算すれば年間約37kg以上に相当する。これは日本の一人当たりの年間野菜消費量(約100kg、1日あたり約280g)の3分の1強にあたる。

完全な自給には不足するが、週に2〜3回は自家製の野菜を食べられる水準であり、他の食材やより広い面積と組み合わせれば自給率を大きく高められる。 一期作の農業的発想なら、この面積の収量は数十kgにとどまる。

差を生むのは「継続栽培(Succession Planting)」と「間作(Interplanting)」の組み合わせだ。

継続栽培の発想はシンプルだ。先作の収穫予定日の3〜4週前に後作の苗を育て始める。先作を収穫した翌日、すでに育った苗を即座に植え付ける。空白期間がほぼゼロになる。農地は常に稼働し、太陽光を無駄にしない。

間作はさらに積極的な発想だ。収穫中の作物の列の間に、次の作物の苗を植え込む。たとえばレタスの列の間にブロッコリーの苗を植え、数週間後にレタスを収穫するとき、ブロッコリーはすでに根を張り始めている。「一つの農地を100%以上使う」という感覚は、制度的農業のスケジュール感覚とは根本的に異なる。

前稿「Grow or Die」で示した「日本型サバイバル作物リスト」に当てはめると、具体的なイメージが湧く。春にジャガイモを植えて6月に収穫し、その後にサツマイモの蔓を植えて10月に収穫する。大根の列が育つ間、その脇にカブの種を蒔く。春の葉物(小松菜・ほうれん草)が終わったところに、秋冬の根菜を滑り込ませる。こうして面積の小さな区画が、通年の食料生産装置に変わる。

注目すべきは「自家採種(Seed Saving)」の戦略的意味だ。F1ハイブリッド種子は採種しても次世代に性質が引き継がれない——毎年、必ず種子を購入しなければならない構造だ。これは化学肥料依存と同型の「自律性の剥奪」だ。固定種(Open-Pollinated Seeds)を選び、自分で種子を採り、保存することで、種子購入という依存から抜け出せる。ダウディングはレタス、エンドウ、トマトを初心者に推奨している。日本での固定種・在来種の入手先として野口種苗研究所が広く知られている。

市民農園のイメージ画像

5. 生ごみと段ボールで年間の肥料を賄う——都市型コンポスト実践ガイド

食べることは農業的な行為だ。

— ウェンデル・ベリー(Wendell Berry)、農民詩人・環境倫理家・「食べる喜び」(The Pleasures of Eating, 1989)より

コンポストは菜園の「上流工程」だ。種を蒔き、育て、収穫するのが本工程だとすれば、その土台となる肥料の製造が上流工程にあたる。化学肥料を外から購入し続ける限り、菜園の自律性は上流工程で依存が残る。コンポストを自分で作ることで、その依存を一つ断つことができる。

ダウディングが示すコンポストの基本原則はシンプルだ。「茶色素材(炭素源)」と「緑素材(窒素源)」を60〜75対25〜40の比率で重ねる。茶色素材は段ボール、枯れ葉、木片だ。緑素材は野菜くず、草刈りの屑、コーヒーかす、台所の生ごみだ。適度な水分と空気があれば、微生物が分解を始め、山の内部は55〜60℃に達する。この温度で雑草の種子は死滅する。定期的に切り返すことで分解が加速し、6ヶ月〜12ヶ月で菜園に戻せる堆肥が完成する。

日本の読者にとって重要な補足がある。本書には登場しないが、スペースの限られた日本の居住環境に適した方法として「ぼかし肥料(EMぼかし)」がある。集合住宅のベランダでも実践できる日本固有の手法だ。生ごみを専用の密閉容器に入れ、有効微生物群(EM菌)を振りかけて密閉する。2〜3週間後に土に混ぜると急速に分解されて肥料になる。ダウディングの好気性コンポスト(空気あり・屋外向き)とEMぼかしの嫌気性発酵(空気なし・室内向き)は発酵原理が異なるが、目的は同じだ。庭があればコンポスト、ベランダのみならEMぼかし——状況に応じて使い分けられる。

https://emlabo.co.jp/

コンポストを始めることにはもう一つの意味がある。生ごみを「廃棄物」として行政のゴミ収集に委託するのをやめ、肥料として自律的に循環させることは、制度的サービスへの依存を一つ減らす実践だ。大規模災害、行政機能の停止、電力供給の不安定化——そうした局面において、コンポスト技術を持つ者は廃棄物が溜まる側ではなく、資源が増える側に立つ。ゴミ収集車は電力と燃料がなければ動かないが、微生物は止まらない。

なお、自治体によってはコンポスター購入に対する補助制度を設けているところがある。購入前に地元自治体の窓口に確認することを勧める。

土の下の同盟者——地面の五年後が今日決まる理由

ここまで5つの論点を整理した。耕すことが菌根菌ネットワークを破壊する。堆肥が化学肥料の代わりに機能するメカニズムがある。鍬一本で農地が開ける。3坪から年間2作が可能だ。生ごみが肥料になる。

これらはいずれも「個人が今日から始められる実践」だ。

ダウディングの40年の実験が示す最も重要な事実は、シンプルだ。土壌生態系の回復には時間がかかる。菌根菌のネットワークが再建されるには2〜5年を要する。今日始める人と5年後に始める人の間には、生態系の成熟度という点で5年分の差が生まれる。危機が深刻化した局面で、その差は食料生産の厚みとして現れる。

〈肥料も電力もない世界で家族を養う方法——サバイバル園芸の実践教本『Grow or Die』〉が「今すぐ種を蒔け」という緊急の実践を示したなら、本書は「その種が育つ土をいかに育てるか」という長期の課題に答える。二冊は論理的な階梯をなす。緊急対応と長期戦略は矛盾しない。

「化学肥料がなければ農業は成り立たない」は、戦後の近代農業が形成した物語だ。1950年代以前、日本の農家は化学肥料なしに列島を養ってきた。その技術は消えたのではなく、堆肥の作り方、発酵食品の知恵、種子の保存方法として今もどこかに生きている。チャールズ・ダウディングが英国の裏庭で40年かけて再発見したことを、日本の農家の祖父母たちはすでに知っていた。

「地面の下の同盟者」という言葉が、この実践の核心を言い表す。菌根菌は誰にも独占されていない。特許もなく、購入コストも供給途絶のリスクもない。土を耕さず、堆肥を施し、種子を自分で採る——この三つの実践は、グローバルなサプライチェーンに依存しない、最も根本的な「食料生産の自律性」の回復だ。

並行社会の構築は、大きな制度設計を待つ必要はない。一つのノーディグ・ベッドが、隣の区画への声かけになり、堆肥素材の交換になり、収穫物の融通になる。菜園は小さな共同体の苗床になりうる。そしてその苗床で育つのは、野菜だけではない。

土は今も働いている。それを妨げないことから、すべてが始まる。

干ばつに見舞われた圃場における、菌根菌を接種したトウモロコシ(左)と接種していないトウモロコシ(右)の収量比較


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