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生きる意味

 昨今、若者の間では、苦しみや痛みを経験するなら、むしろ生まれて来なければよかったと悲観する声がSNSなどで見られる。
『その背景には生きる意味に明確な答えをくれる宗教の不在が見える。』
と哲学者の森岡正弘氏は言う。
「生まれてきてよかったと実感できる」生き方こそが、自分の存在価値を肯定することにつながるのだ。
(と読売新聞3月2日の記事である。)
 苦境や逆境に意味を見出し、生きる価値に変えていく。
 人生の羅針盤に巡り会えた感謝を胸に何があっても負けないという悲劇のヒロインではなく、勝利劇の主人公の人生を歩みたいものである。と言う記事を読んだ。

 真愛の教え子の子どもさんは重度の障害を持って生まれた。
 家族みんなに愛されて20歳を迎えることができたが、ここ数日が山という。
 お父さんはついに仕事を休職し、息子の介護に立ち向かっている。
 それまでお母さんが頑張ってくれていたが、心に身体がついていかない。
 疲労困憊でお母さんの命が危うくなる。
 そこでお父さんが介護しているのだ。
 頑張っている彼の話を聞いて何も、声すら掛けてあげられない非力な自分が恨めしかった。

結婚

 生まれてから、沢山の楽しみを経験してこなかった子である。
 毎日のように「痛い」「苦しい」の中でも、賢いその子は「心が真っ直ぐで優しい人間」に育った。
 だからこそ、「痛い思いをして生きていたくない。」なんて少しでも思った自分が愚かしい人間であり、恥ずかしい人間だと思った。

香る

 彼は、お父さんに
「色々してくれて、有難う。」
と言ったそうだ。
 まだ二十歳の子だ。
 これから「死に逝く子」になんと言葉をかければ良いのだろうか。
「貴方が生まれてくれたことで、
父母にとって
最高に幸せな時を過ごせたのだよ。
命をかけてでも、
貴方の痛みを取ろうする思いは本当の「愛」を体感できる幸せなのだよ。
命懸け。
それは「最高の幸せな時間」なのだよ。」
と…。
 やはり、素敵な彼と彼の家族にかける言葉としては足りな過ぎる。

 真愛が厚洋さんの入院中に感じた「苦しみ」の中の「幸せ」なのだとも感じた。

辛いけど幸せな時間

 それは、
 体感しない者にはわからない。
 愛しい者がいなければわからない。

「貴方は今、苦しいかもしれないが、
 貴方が生きていることが「幸せ」なのです。
 貴方が父母達の元に生まれて来てくれたこと
 が「幸せ」な事だったのです。」

 かけがえの無い20年は、絶対に辛い時間だけではなかった。
 幼稚園に行き、養護学校に入り、中学から動けなくなっても高校進学まで果たした。
 貴方が20歳を迎えた時は、考えられないほど嬉しかった。
 頑張ってくれた貴方を誇らしいと思った。
 貴方は父母を祖父母を誇らしさで輝かせる力があったのです。
 しかし、この言葉を彼にも彼の父母にも伝えることができていない。
 彼はまだ元気で過ごしている。
 神様がもう一度、「あなたが生きる意味」を伝えなければならないと思っていらっしゃらのです。
 辛いけど父母のために私たちのために生きてください。
 素晴らしい人の言葉と生き様を聞いたが、感動するだけで何もできない自分がいた。

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maa ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります