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薮椿

 noteを書くのが好きだったが、noteを読むのも好きになった。
 大好きな俳人岡田耕氏のnoteなのに最近あまり見かけないなと思っていたら、フォローするのを忘れていたようだ。
 今回は探し当てて久々に読んだ。
 岡田先生が紹介してくださる句は鮮やかな句が多くてその場に居合わせたように色々な事を発見させてくれる。
 更に、岡田先生の一葉が真愛の記憶のそれと共鳴して泣いたり、笑ったり、納得したりと心を揺らして溜まった埃を払ってくれる。
 ー 百幹の竹を灯して紅椿 ー
           磯村 光生氏
           (平成三十年作、『花』)

 江戸時代、寛永年間(一六二四~)を中心に空前の椿愛好ブームが起こったそうだ。
 狩野山楽の作とされる『百椿図』は、百種類以上の椿が、さまざまな器物を花器に見立てて描かれているという。
 また、皇族や公家、大名、歌人や連歌師、俳人など四十九人もの人が和歌や俳句、漢詩の賛を寄せ、巻頭は水戸光圀の歌。
ー きみもいざはやゆきて見よこせやまの
   つらつらつばきはるすぎぬまに ー
 万葉集の
ー 巨勢山のつらつら椿つらつらに
   見つつ偲はな巨勢の春野を ー
を下敷きにしているのだそうだ。
「巨勢(こせ)」は、現在の奈良県御所市古瀬の辺りという。
 ー 百幹の竹を灯して紅椿 ー
 この句は、椿の花が竹林の竹を灯すという。
 それも紅の色が映るまでに…。
 (俳句雑誌『風友』令和八年三月号
     「風の軌跡ー重次俳句の系譜ー」)

 素敵だったのは、光圀君が本歌取した万葉歌
ー 巨勢山のつらつら椿つらつらに
   見つつ偲はな巨勢の春野を ー
の「つらつら椿つらつらに…」である。
 「つらつら」という擬態語は何を表現しているのかという素朴な疑問だ。
 以前、日本のオノマトペについて考えた事があって、日本語教室で教える時に苦労する話を書いたが、日本人の真愛がつらつらが分からない。
 知っていたのは「つらつら慮るに…。」と使われている文を読んだ事があるぐらいで、“つらつら椿”なんて初めて出会った。
 こうなると手っ取り早くチョロメをタップするのが早い。

乙女椿
蜂も来る
藪椿


「つらつら」は、物事を深く、念入りに考えたり、じっと見つめたりする様子を表す言葉です。
「よくよく」「つくづく」とほぼ同じ意味で、通常「つらつらと考える」「つらつら椿(つばき)」のように使われます。
漢字では「熟々」や「倩ら」と書く場合もあります。
 意味とニュアンス深く考える・熟考する: じっくりと、根拠に基づいて考えること。
「つらつら思うに」「つらつら考えるに」。
 じっと見つめる: 視線を凝らして、念入りに眺めること。
「つれづれ」との違いは、「退屈」を意味する「つれづれ」と混同されがちですが、意味は異なります。
 使い方・例文
「この問題についてつらつらと案じていた」
「将来のことをつらつら考える」
「つらつら椿(つばき)の…」(万葉集などで使われる古風な表現)
 類語・つくづくよくよくじっくり熟々と(つくづくと)この言葉は、単に「なんとなく」考えるのではなく、「深く、丁寧に考える」という前向きな姿勢や慎重な思考を示す際によく用いられます。
だそうだ。
「つらつら椿…」が例文に使われていた。
 巨勢山の椿ではないが我が家の藪椿が美しい。
 椿の木の下に行くと不思議とつらつらと、ない頭でつらつらとである。
 昨夜も春の嵐の中で首をゆさゆさと振ってはいるが、街頭に照らし出されてつやつやと灯っていたのを2階の窓からじっと見てしまった。
 しかし、時が来ると風がないのにバサっと大きな音を立てて落ちる。
 紅の命の鮮やかな音である。

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maa ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります