(r)adius
2017年 カナダ
監督 脚本 キャロライン・ラブレシュ / スティーヴ・レナード
交通事故を起こし記憶を失くしたまま目覚めたリアム。助けを求め近くの町に入るが目にするのは住民の死体ばかり。謎のウイルスか何かが大気中に広がっているのではと疑い不安になる。ようやく生存者を見つけたものの近寄ろうとした途端、突如目の前で死んでしまう。何が起きたかわからないまま、リアムに近寄ったことで続々と増える死者。分かったことはリアムの半径15メートル以内に近寄った者は皆死んでしまうということ。誰の助けも借りられず困惑するリアム。 しかし、半径15メートル以内でも死なずにいる女性ジェーンと出会い、同じく記憶喪失の彼女と共にこの謎を解き明かそうとするが…
いつにも増してぐだぐだなレビュー!だがしかしこのまま投稿してやるぜ!!どうせ誰も見てない
察しの悪い私は最後すっかりそっちかぁ〜!となりました。笑 2人の信頼関係が築かれる様子がすごく上手に描かれていたので、感情がぐちゃぐちゃ。。
自分が誰かわからない状況で、事故が起きる直前まで一緒にいたであろう人、かつその人も記憶喪失で同じ状況だったら自然と信頼するしかないよな、、
人間は多面的だ。良い人の定義は判断する人の立場によって変わる。
リアムはどうなのだろうか。快楽的に殺人を起こしていた彼と、関係性もわからないお互い自分自身がわからない他人(ジェーン)のために危険を冒して行動し、大勢の人を殺してしまうことに心からの罪の意識を感じているように見えた彼は、多面的という言葉では言い表せないだろう。
どちらのリアムに本質があったのだろうか。
ジェーンが見えなくなった瞬間に自決をした最後がすごく切なく感じた。
きっと病院までの道でこのことを決めていたのだろう。そこにはおそらく葛藤などなく、ただジェーンと病院にいる大勢のために全てを終わらせたのだ。それほどまでの決意ができるのに、こちらが(仮)のリアムというには難しい。
しかし、事故以前のリアムの殺人毎の丁寧な手記を見ると、本当に殺人という行為をある意味自身のアイデンティティレベルに行っていたように思う。まさかこれを不本意だが仕方なくやっていた、とは言えない。
ジェーンはどうだろうか。事故以前と以後では、大きく何かが変わったようには見えなかった。嫌いな食べ物がピザだったことには自分で驚いていたようだが。
それは、ジェーンには入れ替わる面がなかったから、もしくは今回は偶然入れ替わらなかったからのどちらじゃないかな、と思う。
リアムは元々2つの素質を持っていて、偶然最初に殺人鬼の素質が芽生え、偶然宇宙のエネルギーと衝突し偶然慈悲深い人間になったのだ。
どちらがリアムではなく、どちらもリアムなのだ。
人生は偶然の連続で、人間は多面的で、可能性は無限大なのだ。
だってリアムは、一切の躊躇もなく自分より他人の命を優先したのだから。

