承認欲求ってそんなに悪いもんですかね?
僕はこのnoteをかつてツイッターだったXの代替物としてだけではなく、自分語り中心のブログ的な使い方をしていくと前に書きました。おそらくそんなものに需要は無いでしょうし、そんなことは百も承知です。
よくSNSは承認欲求の捌け口的な扱いをされ、そのスタンスは非難されがちですが、承認欲求ってそんなに悪いことですかね。人として生きてる以上、承認欲求を持ってしまうのは仕方ない事だと思うんだけどな。自分含めて現実社会で満たされない感情がある以上、そこを穴埋めする存在が精神安定のためにあることは否定すべきじゃないと思うんだよな、実際。
ただね、それが露悪的になるのは良くないと思う。そこはユーザが節度を持って表現の仕方を考えないといけないと思うし、読み手との関わり方も適切な距離を保たないといけないと思う。おそらくそこの距離感を見誤る、または全く距離感が分からない人が批判されたり、犯罪的な行為に走ってしまうんじゃないかな。そしてそれが結果としてSNS全体に対する負のイメージを与えてしまうんじゃなかろうか。
アレですよ。強要するのは良くないし、モラルに反する事をしてまで目立とうとする、いわゆる炎上系みたいなのは言語道断だけど、そこを踏み越えないもの(社会のルールやモラルの範疇にある表現)まで一緒くたに「承認欲求キモい」みたいに非難されるのはおかしくないか?って思う訳。そういう括り方をする人もいるからさ。ついイラッとしてしまう。
自己表現なんて人それぞれなんだから、それこそ毎日食ってるものを画像や動画で上げるだけでも自己表現だし、他人がそれを「つまんね」って書くのは、表現の自由がある以上仕方ないけど、「そんな表現やめちまえ」っていう手前勝手な提案に乗る必要はないよね。干渉される筋合いなんか無いんです。
・・・まあ、こんな奥歯にモノの挟まったような書き方をして申し訳ないんですが、何が言いたいかというと、他人と考え方が違うからと言って、僕の方から攻撃することはありませんよということ。逆は今までたびたびありましたけど、恨み節を言うつもりもねえよってことです。もちろん度を超えたら法的措置だけどねw
