一人旅の予定でした|私小説
高校ニ年の夏、私は初めて一人旅をした。
と言っても、中学の時に県外へ引っ越してしまった幼なじみに会いに行くのだが。
私は、真っ白いTシャツに黒いパンツ。
お気に入りの服で電車に乗り込んだ。
平日だからだろうか。
カラカラと音がするような空席が目立ち、電車の中はひんやりとして静かだった。
私は、服とコーディネートしたカラフルなリュックを膝の上に乗せた。
新しいチャックの金具がキラキラ揺れていた。
早速開けて、中からウォークマンを取り出した。銀色のヘッドフォンを耳につけ、再生ボタンを押した。
お気に入りの曲が私の耳の中を渡り歩いてくるのが心地良い。
窓から見える青いガラスのような海の色と重なって、私はうっとりしながら頬杖をつき、地平線の遠くまで続く景色を絵画を見るような気持ちで眺めていた。
十七年間。
海というものをしっかり見たことがない私。そして、砂浜を歩き、波が押し寄せる海に入ったことがない私。
海の中って、どんな感じなの?
本当に塩辛いの?
砂浜を歩くってどんな気分?
波って生き物みたいに呼吸してるのかな?
私の想像の袋は期待で大きく膨らんでいた。青と青の境界線にあこがれの視線を送り続けていた。
しばらくすると、リュックを背負った小さい二人の姉弟が現れた。
ホームまで見送りに来ていた両親と窓越しに話していた。
「ちゃんとおじいちゃん、おばあちゃんの言う事聞くのよ」
「分かってるって!大丈夫」
お姉ちゃんが窓から身を乗り出して母親を説得するように見えた。
――こんな小さい子二人だけで電車の旅?
すごいと言うか、私この年でドキドキしてるんだけど……
プシューと音がして電車がゆっくりと動き始めた。
小さい姉弟は、最後に両親に大きく手を振り終えると、反対側の座席に移動した。私とはちょうど対角線にあたる位置だった。
私は頬杖をつきながら思った。
一つは、初めての一人旅。少し大人に近づいた自分は、窓からの景色を見ながら、長旅をゆっくり優雅に過ごしたい。
もう一つは、先ほど乗り込んできた二人の姉弟が気になって音楽がちっとも耳から入ってこなくなったのと、私自身、少し退屈になってきてしまった。
だが、私には心に決めていたことがあった。
この小さな二人の旅人には、関わらない。絶対、一人旅を遂行するんだ。
私がこんな思いを持つのも無理はなかった。
なぜかわからないが、どこに行っても、私は小さい子に囲まれることが異常に多かったからだ。一人でいようが、彼氏とデートしていようが、そんな事お構いなしに子どもたちが寄ってくる。
ハッと気づけば、ハハハハハ!と一緒に遊んでいるのだ。
いつも思った。私からは小さい子どもを引き寄せる特殊なフェロモンが出ているんじゃないかと。
だから、今回の一人旅は必ず成功させるつもりでいた。
だが、フェロモンのせいなのか知らないが、二人がチラチラとこちらを見ている。知らないふりしよう。見ないでおこう。そう思っていても、私の視線のギリギリのラインに小さな二人の姿が入り込む。
――集中できん。そもそも旅行に集中は必要なのか?誰か教えてよ。
無情にも私のこの質問に答えてくれるのは、電車からのガタンゴトンというリズムだけだった。
私はリュックの中からガサゴソと手のひらサイズの小説本を取り出した。
栞が挟んであったページを広げると、目を落とし読み始めた。
読んでは見たものの、頭に入ってこない。
小さい姉弟が気になってしょうがない。
小説の文字が、アラビア文字に見えてきた。うーんと悩んでいた時だった。
「あっ」
という二人の声が聞こえた。
と同時に、私の足元へ一個のみかんがコロコロと、転がってきた。
――えっ……
私はそのみかんを拾った。そして二人の方を向いた。
「はい、これ」
手を伸ばして渡そうとしたら、二人は生き生きとした表情で
「ありがとう」
とお礼を言ってきた。
――かあー!もう!可愛いじゃないのー!
そして二人は、私からの次の一言を待つかのように、目をキラキラ輝かせている。
――はーい。負けましたー。私の負けです。
私は二人の方に体を向けて聞いた。
「二人だけで、旅行してるの?」
二人は元気よくうん!うん!と頷いた。
「私たち、おじいちゃんとおばあちゃんの家いくんだよ!」
「そうなんだ、すごいね、まだ小さいのに」
「大丈夫だよ!毎年行ってるから」
「そうなんだ」
「これで、もう3回ぐらいやってる!それに、向こうに着くと、おじいちゃんとおばあちゃんが、ホームで待っててくれてるよ」
「そっか、それは安心だね」
それを聞いて、なぜかすごく安心してしまった。知らないうちに心配していた自分に、その時初めて気づいた。
「ねえ、これあげる」
そう言ってお姉ちゃんは私にお菓子をくれた。
「あ、ありがとう」
私が笑顔で受け取ると、それを見たお姉ちゃんが言った。
「そっちに座ってもいい?」
来たな!と思った。と同時に私も同じ気持ちでいた。
「いいよ、こっちくる?」
「うん!」
「あっ、でも、シートの向き変えないとだめだね」
私はシートのレバーを探した。
――えっ?どこ?分からん……
焦ってる私を見てお姉ちゃんが言った。
「私、やり方知ってるよ!やらせて!」
「あ、じゃあお願い」
お姉ちゃんは、サッと背もたれを少しお辞儀させたかと思うと、シートをくるんと鮮やかに反転させた。まるで、マジックショーを見ているようだった。
――おお、すごい。七歳位年下の子にやってもらう十七歳。ちょっと恥ずかしい……
「いつもやってるから。へへへ」
「ありがとう」
得意気な姿がとても可愛かった。
向かい合って、まずはお互い自己紹介をした。
名前や年齢。どこに行くのか。お互い興味津々で話した。
自己紹介が終わると、お姉ちゃんは早々にリュックからトランプを取り出した。
「ねえ、一緒にやろう!」
――わあ、電車でトランプするなんて、旅っぽいわあ。
「うん、やろう、やろう!」
三人でトランプゲームが始まった。ゲームをしながらも、お姉ちゃんは、私に
「これたべる?」
「あっ、ありがとう」
「これもあげる」
「ああ、ありがとう」
「みかんまだたくさん持ってるよ、はい」
――きっかけのみかんだ……
旅慣れた小さい少女から、たくさん食べ物をもらった女子高生だった。
――ごめんね。お姉さん、お菓子何も持ってないわ……
一人から三人になった電車の旅は、あっという間だった。
まるで、時計の針が追いかけっこを始めたみたいだった。
お別れの時間が近づいてきた。
電車がどんどんホームに向かってスピードを落としていく。
少しずつホームが見えてくると、優しそうなおじいさんとおばあさんが立っているのが見えた。
プシュー、ガゴン。電車が止まった。
「お姉さん、遊んでくれてありがとう!」
「ううん、私も楽しかったよ、とっても」
弟が「バイバイ」と手を振った。
二人は、ホームに降り立っておじいさんおばあさんに抱きついた。
私は、窓越しに挨拶をした。
「この子達と遊んでくださってありがとうございました」
「いいえ、私の方こそ楽しく過ごせて良かったです。ありがとうございました」
「じゃあね」
元気よく手を振る姉弟と、おじいさんおばあさんに見送られ、私はさっきまで賑やかだった目の前の座席が、急に無機質なただの座席になったのを見つめた。
三人で過ごした時間があまりにも楽しくて、私はその後の自分が降りる駅までの出来事を、今では全く思い出せないでいる。
