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cassetteboy
手水舎で流しているのは、水じゃない
神社の手水舎は
手を洗う場所だと思われています。
でも本来は
汚れを落とす場所ではありません。
流しているのは
ここに来るまでに
まとっていた時間です。
仕事のこと
人間関係のこと
さっきまでいた場所の空気
それを一度
区切るための動作。
水に触れた瞬間
自分の中の
“前の流れ”が終わります。
だから
参道の空気が変わる。
清めているのは
身体ではなく
状態。
この切り替えができる人ほど
神社の時間を
深く通ります。
御朱印も
願いが叶った証ではなく
その流れを
通った記録です。
どんな状態で訪れたか
その一瞬を
形に残したもの。
